訪問診療の求人に「自家用車での往診可・ガソリン代支給」と書かれていることがあります。便利な条件に見えますが、往診の途中で事故を起こしたとき、誰が相手方に賠償し、どの保険が使われ、自分のけがは労災になるのか。ここを説明できる医師や事務長は多くありません。この記事では、病院の車、自分の車の業務使用、タクシーや同乗の3つの場面に分けて、責任と補償の流れを条文で整理します。最後に、往診を始める前に勤務先と確認すべき8項目を載せました。条文はe-Gov法令APIで原文を確認しています。保険会社ごとの約款や個別事案の判断には立ち入りません。
最初の答え:損害を「相手の人身」「相手の物」「自分のけが」の3つに分けます
往診中の交通事故で動く責任と補償は、損害の種類ごとに別の制度が受け持ちます。混ぜて考えると判断を誤ります。
1つ目は、相手方の死傷です。自動車損害賠償保障法(自賠法)3条は「自己のために自動車を運行の用に供する者は、その運行によつて他人の生命又は身体を害したときは、これによつて生じた損害を賠償する責に任ずる。」と定めます。この責任を負う者を運行供用者と呼びます。ただし書で、本人と運転者が注意を怠らなかったこと、被害者か第三者に故意・過失があったこと、車に構造上の欠陥や機能の障害がなかったことの3点をすべて証明しない限り免れません。過失の立証責任が事実上、加害側に移っている点が民法の不法行為との大きな違いです。
2つ目は、相手方の車や塀などの物損です。自賠法3条は「生命又は身体」の損害に限られるため、物損は民法709条(不法行為)と715条(使用者責任)で処理します。709条は「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」という一般規定です。
3つ目は、運転していた医師自身のけがです。勤務医であれば労働者災害補償保険(労災保険)の対象になりえます。往診は業務そのものなので、移動中の事故は通勤災害ではなく業務災害として扱われるのが基本です。この区別は後で詳しく述べます。
訪問診療の働き方そのもの、つまり年収や当直の負担については訪問診療医の年収ときつさで扱っています。本記事は移動中の事故に絞ります。
前提となる3つの条文
自賠法3条:運行供用者と「保有者」
自賠法2条3項は「保有者」を「自動車の所有者その他自動車を使用する権利を有する者で、自己のために自動車を運行の用に供するもの」と定義します。同条4項の「運転者」は「他人のために自動車の運転又は運転の補助に従事する者」です。
この定義から、2つのことが読み取れます。まず、責任を負うのは所有者に限られません。車を使う権利を持ち、自分のために走らせている者も含まれます。次に、「他人のために」運転する者は運転者であって、保有者とは別の立場に置かれています。病院の車を業務で運転する勤務医は、条文の構造上、病院のために運転する運転者として位置づけられやすいということです。
自賠法5条は、自賠責保険か自賠責共済の契約がなければ自動車を「運行の用に供してはならない」と定めています。どの車にも自賠責が付いているのはこのためです。自賠責は車に付く保険なので、事故を起こした車の自賠責が使われます。
民法715条:使用者責任
民法715条1項は「ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。」と定めます。往診は病院や診療所の事業そのものです。勤務医が往診の途中で起こした事故は、事業の執行についての損害として、病院が賠償責任を負う場面になりえます。
同項ただし書には、選任・監督に相当の注意をしたときは責任を負わないという免責がありますが、条文は使用者側の立証を求める形です。
見落とされやすいのが3項です。「前二項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。」病院が被害者に賠償した後、その一部を運転していた医師に請求できる、という意味です。求償がどこまで認められるかは事故の態様や病院側の管理体制で変わり、条文だけでは決まりません。だからこそ、往診前に勤務先の方針を確認しておく意味があります。
労災保険法7条:業務災害と通勤災害
労災保険法7条1項は、保険給付を業務災害(1号)、複数業務要因災害(2号)、通勤災害(3号)などに分けています。同条2項は通勤を「労働者が、就業に関し、次に掲げる移動を、合理的な経路及び方法により行うことをいい、業務の性質を有するものを除くもの」と定義します。
ポイントは末尾の「業務の性質を有するものを除く」です。往診先への移動は業務そのものなので、通勤には当たりません。厚生労働省の解説資料も、出張や社用での外出など事業場施設外で業務に従事している場合について、事業主の支配下にあり、積極的な私的行為を行うなど特段の事情がない限り、一般的に業務災害と認められると説明しています。
一方、自宅から診療所への出勤、診療所から自宅への帰宅は通勤です。自宅から直接最初の往診先へ向かう場合は、その移動が業務の性質を持つかどうかで判断が分かれる可能性があります。勤務先の指示の内容や、出勤扱いの起点がどこかを確認しておくと、事故後に慌てずに済みます。
判定表:移動手段ごとに誰が何を負うか
ここからが本題です。往診の移動手段を3つに分け、相手方への賠償、使う保険、医師本人のけが、医師個人の負担の4点を整理します。
| 項目 | 病院の車 | 自分の車(業務使用) | タクシー・同乗 |
|---|---|---|---|
| 主な保有者 | 病院 | 医師本人。病院も運行供用者とされる可能性 | タクシー事業者・運転者 |
| 相手の人身損害 | 病院の車の自賠責、続いて任意保険 | 医師の車の自賠責、続いて任意保険 | 医師は運転していないため原則関与しない |
| 相手の物損 | 病院の任意保険の対物 | 医師の任意保険の対物 | 同上 |
| 医師のけが | 労災(業務災害) | 労災(業務災害) | 労災(業務災害)。加害車両側への請求も |
| 医師個人に残るもの | 求償の範囲 | 保険でまかなえない部分、等級・保険料への影響 | 小さい |
場面1:病院の車で往診する
最も整理しやすい場面です。車は病院のもので、病院が自賠責と任意保険を契約しています。相手方の人身損害は、まず病院の車の自賠責から支払われます。
自賠責の支払限度額は自賠法施行令2条で決まっています。被害者1人につき、死亡3,000万円、傷害120万円です。介護を要する後遺障害は別表第一で第1級4,000万円、第2級3,000万円とされています。国土交通省の案内では、それ以外の後遺障害は第1級3,000万円から第14級75万円までです。自賠責は人身損害のみが対象で、物損は払われません。
自賠責の上限を超える部分と物損は、病院が契約する任意保険でまかなうことになります。補償額をいくらに設定しているか、運転者の範囲に勤務医が含まれているか、年齢条件があるかは、病院の契約内容次第です。医師が契約を見る機会はほとんどないため、「往診車の任意保険は対人・対物とも十分な額か」「運転者の限定はあるか」を一度聞いておくのが確実です。
医師個人に残るのは、民法715条3項による求償の可能性です。病院の車であっても、求償の方針がゼロとは限りません。
場面2:自分の車を業務で使う
いちばん注意が必要な場面です。車は医師のもので、自賠責も任意保険も医師が契約しています。事故が起きれば、まず医師の車の自賠責と任意保険が使われます。
ここで問題になるのが3点あります。
1点目は、医師本人が保有者として自賠法3条の責任を負う立場になることです。病院の車なら病院が保有者で医師は運転者でしたが、自分の車では医師自身が保有者です。
2点目は、病院も責任を負う可能性があることです。往診は病院の事業なので、民法715条の使用者責任の対象になりえます。また、業務のために私有車を使わせ、ガソリン代を払っている状況では、病院が「自己のために」車を運行の用に供していると評価される余地もあります。どちらに当たるかは、使用の指示や頻度、費用負担の実態で判断が変わります。ただ、被害者から見れば請求先が増えるだけで、医師の責任が消えるわけではありません。
3点目は、医師自身の任意保険がそのまま使えるかです。多くの自動車保険には使用目的の区分があり、業務での使用が想定された区分かどうかで扱いが変わることがあります。区分の名前も、どこまでを業務とみなすかも、保険会社と約款ごとに違います。ここは一般化できないため、自分の契約の約款か代理店で、往診に使う場合の扱いを確認してください。等級が下がって翌年以降の保険料が上がる点も、医師個人の負担として残ります。
病院によっては、私有車の業務使用について規程を設け、許可制にしたり、一定額以上の任意保険加入を条件にしたりしています。規程がないまま「慣行として」自分の車で往診している状態が、最も責任の所在があいまいになります。
場面3:タクシーを使う、看護師や運転手の車に同乗する
医師が運転しない場面です。タクシーで往診する場合、事故の賠償はタクシーの保有者と運転者の問題で、医師が相手方に賠償する場面は通常ありません。
同乗中に医師がけがをしたときは、業務中の移動なので労災(業務災害)の対象になりえます。あわせて、加害側の車の自賠責や任意保険に損害を請求することもできます。この二重取りを調整するのが労災保険法12条の4です。同条1項は、事故が第三者の行為で生じ、政府が保険給付をしたときは、給付の価額の限度で被災者が第三者に持つ損害賠償請求権を政府が取得すると定めます。2項は、被災者が先に第三者から賠償を受けたときは、その価額の限度で保険給付をしないことができるとしています。どちらを先に使うかで手続が変わるため、勤務先の労務担当に相談しながら進めることになります。
看護師や専属の運転手が病院の車を運転し、医師が同乗するチーム往診も増えています。この場合、相手方への責任は病院と運転した職員の側に生じ、医師は同乗者です。医師のけがは労災の対象となり、運転した職員の過失による事故であれば、病院の車の自賠責・任意保険の扱いも関わってきます。
往診車は「緊急自動車」として走れるのか
在宅患者の急変で駆けつけるとき、信号や速度の制限はどうなるのか、という質問をよく受けます。
道路交通法39条1項は、緊急自動車を「消防用自動車、救急用自動車その他の政令で定める自動車で、当該緊急用務のため、政令で定めるところにより、運転中のもの」と定義します。同条2項は、緊急自動車は法令の規定で停止しなければならない場合でも停止を要しないが、他の交通に注意して徐行しなければならない、としています。
政令にあたる道路交通法施行令13条1項は、対象となる自動車を列挙し、使用者の申請に基づき公安委員会が指定したものに限るとしています。その1号の6に、往診に関わる規定があります。医療機関のうち、重度の傷病者で居宅療養中の者について、いつでも必要な往診をすることができる体制を確保しているものとして国家公安委員会が定める基準に該当するものが、必要な緊急の往診を行う医師を居宅まで搬送するために使用する自動車です。
つまり、往診の車が緊急自動車として扱われる道はありますが、条件は「基準に該当する医療機関が使う車であること」と「公安委員会の指定を受けていること」です。同号は「医療機関」が使用する自動車を対象としているため、指定を受けていない車は、病院の車であっても医師の自家用車であっても緊急自動車ではありません。急いでいても、通常の車両と同じ交通規則に従うことになります。勤務先の往診車が指定を受けているかどうかは、確認事項の1つに入れておく価値があります。
事故が起きた直後の動き方
事故直後にやることの順序を決めておくと、判断の負担が減ります。
最初に果たすべきは、道路交通法72条1項の義務です。交通事故があったときは、運転者等は直ちに運転を停止して負傷者を救護し、道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければなりません。あわせて、警察官に事故の日時・場所、死傷者の数と負傷の程度、損壊した物などを報告する義務があります。往診先の患者が待っていても、この義務が先です。
なお同条4項は、緊急自動車や傷病者を運搬中の車両の運転者について、業務のため引き続き運転する必要があるときに別の乗務員に措置を講じさせて運転を続けられる例外を置いています。これは緊急自動車等に限った規定で、指定のない往診車には当てはまりません。
その後、勤務先への報告、契約している保険会社への連絡、労災の請求と進みます。往診先の患者への連絡と代わりの医師の手配は、勤務先と分担しておくとよいでしょう。示談は保険会社を通すのが通常で、その場で個人的に支払いを約束することは避けます。
労災の請求は、医師本人のけがについて行います。受診の際は、健康保険ではなく労災として処理するよう医療機関に申し出ます。勤務先の医療機関で受診する場合も同じです。請求の様式と提出先は勤務先の労務担当か労働基準監督署で確認します。
交通労働災害は運輸業だけの問題ではありません
往診中の事故は、個人の不注意の問題として片づけられがちです。しかし統計を見ると、業務で車を使うあらゆる業種の課題として扱われています。
厚生労働省のリーフレット「交通労働災害を防止するために」(平成27年11月)は、交通労働災害が労働者の死亡災害の約2割を占めると述べています。平成26年の死亡災害報告にもとづく業種内訳は、第三次産業43.5%、運輸交通業等31.5%、建設業19.4%でした。運輸交通業以外で6割以上が発生している、というのが同資料の指摘です。事例として、訪問介護の職員が利用者宅から事務所へ原付で移動中に亡くなったケースも挙げられています。
医療・介護の訪問サービスは第三次産業に含まれます。同資料は、移動や送迎、配達などのために労働者に運転させるすべての事業者が、交通労働災害防止のためのガイドラインに基づく対策を進める必要があるとしています。訪問診療を行う医療機関も、その対象に入ると読むのが自然です。走行計画、休憩、悪天候時の判断といった管理を病院側が担うのは、事故時の責任の問題とも直結します。
開業医・非常勤医・業務委託の場合
ここまでは勤務医を前提にしてきました。立場が違うと前提が変わります。
開業医が自分で往診する場合、労災保険の「労働者」には当たりません。業務中の事故でも、原則として労災の給付は受けられません。事業主が労災に任意で加入する特別加入という仕組みもありますが、対象になるかと手続は労働局等で個別に確認が必要です。相手方への賠償は、自分の車であれば自分が保有者として自賠法3条の責任を負い、物損は自分自身の不法行為(民法709条)として負います。雇っている職員が運転する場合は、開業医が使用者として715条の責任を負う立場になります。
非常勤医として複数の医療機関で往診を担当している場合は、どの医療機関の業務中の事故かで、使用者責任を負う相手も労災を扱う事業場も変わります。労災保険法7条1項2号の複数業務要因災害は、2つ以上の事業の業務を要因とする災害の扱いを定めたものです。掛け持ちの移動の途中であれば、同条2項2号の「厚生労働省令で定める就業の場所から他の就業の場所への移動」として通勤災害になる場合もあります。どこからどこへの移動かを記録しておくと、事故後の整理が楽になります。
業務委託契約で往診を請け負っている場合は、労働者性の有無から整理が始まります。契約書の名目だけでは決まらず、指揮命令の実態で判断されるため、ここは専門家に相談すべき領域です。
医療事故の賠償に備える医師賠償責任保険は、診療行為による損害を対象にしたものです。往診中の交通事故は診療行為ではないため、通常は医師賠償責任保険の対象外と考えて、自動車保険の側で備えるのが筋です。医師賠償責任保険の範囲については勤務医の医師賠償責任保険で整理しています。業務中のけがと労災の関係は、針刺し事故を例にした医師の針刺し事故と労災、病院外での業務という点では災害派遣・DMATの補償も参考になります。
往診を始める前に勤務先と確認する8項目
最後に、往診を担当する前、または訪問診療の求人に応募する段階で確認しておきたい事項をまとめます。口頭で済ませず、規程や雇用契約書、メールなど記録に残る形で確認するのが原則です。
- 業務で私有車を使ってよいか。規程や許可の手続があるか。
- 病院が加入している保険が、職員の私有車による業務中の事故に及ぶか。
- 自分の任意保険の使用目的の区分と補償範囲が、往診での使用に合っているか。
- 病院が対人・対物の補償額について下限を指定しているか。
- 事故時の自分の車の修理費、保険の免責分、等級が下がることによる保険料の上昇を誰が負担するか。
- 民法715条3項の求償について、病院の方針はどうか。故意や重過失の場合とそれ以外を区別しているか。
- 往診に使う病院の車が、道路交通法施行令13条1項1号の6による緊急自動車の指定を受けているか。
- 事故時の連絡先と報告の手順、往診先の患者への連絡を誰が担うか。
この8項目のうち、1と2と5は求人票にはまず書かれていません。「自家用車での往診可・ガソリン代支給」とあれば、面接で規程の有無を聞くのが確実です。規程がないと分かった場合でも、それだけで不利な職場と決まるわけではありません。病院の車やタクシーの利用に切り替えてもらえないか、相談する余地があります。
まとめ:車の持ち主と、損害の種類で分けて考えます
往診中の交通事故の責任は、次の2つの軸で整理すると見通しが立ちます。
1つ目の軸は、誰の車かです。病院の車なら病院が保有者で、医師は運転者の立場に置かれやすく、使う保険も病院の契約です。自分の車なら医師自身が保有者で、まず自分の自賠責と任意保険が使われます。タクシーや同乗であれば、医師が相手方に賠償する場面は通常ありません。
2つ目の軸は、損害の種類です。相手方の人身損害は自賠法3条と自賠責、物損は民法709条・715条と任意保険、医師自身のけがは労災保険法の業務災害が受け持ちます。往診中の移動は業務そのものなので、通勤災害ではなく業務災害として扱うのが基本です。
最も責任があいまいになりやすいのは、規程がないまま自分の車で往診している状態です。求償の方針、保険の使用目的、修理費や保険料の負担といった、事故が起きてから揉める事項を、往診を始める前に記録に残る形で確認しておくことをおすすめします。保険の約款の解釈や個別の事故の判断が必要になったときは、保険会社や弁護士に相談してください。
参考文献
- 自動車損害賠償保障法(昭和30年法律第97号)2条・3条・5条・13条・16条(e-Gov法令検索)
- 自動車損害賠償保障法施行令2条・別表第一(e-Gov法令検索)
- 民法(明治29年法律第89号)709条・715条(e-Gov法令検索)
- 労働者災害補償保険法(昭和22年法律第50号)7条・12条の4(e-Gov法令検索)
- 道路交通法(昭和35年法律第105号)39条・72条、道路交通法施行令13条(e-Gov法令検索)
- 国土交通省「自賠責保険・共済の支払限度額」
- 厚生労働省「業務災害・通勤災害について」(労災保険の解説資料)
- 厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署「交通労働災害を防止するために」(平成27年11月)
