子どもが私立医学部を目指すと決まったとき、祖父母から「学費は出してあげたい」と申し出を受ける医師の家庭は少なくありません。私立医学部の6年間の学費は2,000万円を超える大学もあり、援助の受け取り方を誤ると、数百万円の贈与税がかかることがあります。
この記事では、祖父母が孫の医学部の学費を負担するときの4つの方法、つまり「必要な都度の直接払い」「教育資金の一括贈与の非課税制度」「暦年贈与」「相続時精算課税」を、国税庁の公表資料と法令の条文にもとづいて比べます。私立医学部2校の公表学費を例に、方法ごとの贈与税を試算しました。条文はe-Gov法令API、国税庁タックスアンサーは「令和8年4月1日現在法令等」の版を、2026年10月20日に確認しています。
本記事は制度の一般的な説明です。個別の家庭にどの方法が適するかは、財産の構成や相続の見通しで変わります。実行の前には、税務署の相談窓口や税理士への確認をおすすめします。
先に答え: 学費は「祖父母から大学へ、必要な都度」が基本
結論を先に書きます。祖父母が孫の学費を負担する場合、入学金や各年度の授業料を、納付のタイミングごとに祖父母が直接大学へ振り込む方法であれば、原則として贈与税はかかりません。
根拠は相続税法第21条の3第1項第2号です。同号は贈与税の課税価格に算入しない財産として、「扶養義務者相互間において生活費又は教育費に充てるためにした贈与により取得した財産のうち通常必要と認められるもの」を掲げています。民法第877条第1項は「直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある。」と定めており、祖父母と孫は直系血族です。国税庁の「扶養義務者(父母や祖父母)から『生活費』又は『教育費』の贈与を受けた場合の贈与税に関するQ&A」(平成25年12月)も、扶養義務者の例に直系血族を挙げています。
ただし、この非課税には条件があります。国税庁タックスアンサーNo.4405は、非課税となる財産は「生活費や教育費として必要な都度直接これらに充てるためのものに限られます」と説明しています。前述のQ&AのQ1-3も、非課税となるのは「生活費又は教育費として必要な都度直接これらの用に充てるために贈与を受けた財産」だとしています。6年分をまとめて孫の口座に振り込み、そこから少しずつ払う形にすると、使われずに預金として残っている部分は課税の対象になります。
もう一つ、押さえておきたい変更があります。教育資金を最大1,500万円まで非課税で一括贈与できた「直系尊属から教育資金の一括贈与を受けた場合の贈与税の非課税」(租税特別措置法第70条の2の2)は、令和8年3月31日で適用期限が延長されずに終了しました。国税庁No.4510は、令和8年4月1日以後はこの特例の適用を受けられないと明記しています。これから一括で渡す方法としては、もう使えません。
4つの方法を比べる
4つの方法は、贈与税がかかるか、一度に渡せるか、将来の相続税に影響するか、の3点で違います。
① 必要な都度の直接払い(扶養義務者による教育費の負担)
授業料の納付期限ごとに、祖父母が大学の指定口座へ振り込みます。金額の上限は条文にありませんが、「通常必要と認められるもの」に限られます。前述のQ&A(Q1-2)は、これを「贈与を受けた者(被扶養者)の需要と贈与をした者(扶養者)の資力その他一切の事情を勘案して社会通念上適当と認められる範囲の財産」と説明しています。大学が請求する学費そのものは、需要がはっきりしているため説明がつきやすい支出です。
同じQ&AのQ4-1は、非課税となる教育費を「学資、教材費、文具費、通学のための交通費、学級費、修学旅行参加費等」とし、義務教育に限らないとしています。下宿の家賃についてもQ5-1が、子が自分の資力で負担できないなどの事情を勘案し、社会通念上適当な範囲であれば課税対象にならないと説明しています。
② 教育資金の一括贈与の非課税(終了)
平成25年4月1日から令和8年3月31日までの間に、30歳未満の孫などが金融機関と教育資金管理契約を結び、祖父母などから一括で受け取った資金のうち1,500万円までを非課税にする制度でした。前述のとおり、新たな適用はできません。
ただし、No.4510は「令和8年3月31日までにこの特例の適用を受けた信託受益権または金銭等については、引き続きこの特例が適用されます」としています。すでに契約を結んで口座がある家庭は、その口座から医学部の学費を払い出すことができます。契約期間中に贈与者が亡くなった場合や契約が終了した場合には、相続税または贈与税がかかることがある点も、同じページに注記されています。
③ 暦年贈与
1年間(1月1日から12月31日)に受けた贈与の合計から基礎控除110万円を引き、残りに税率をかけます(No.4408)。贈与を受けた年の1月1日に18歳以上の孫が祖父母から受けた贈与には、税率の低い「特例税率」を使います。学費名目でも、孫の口座に入れて預金として残せば、この暦年課税の対象です。
④ 相続時精算課税
60歳以上の祖父母から、18歳以上の孫への贈与で選べる制度です(No.4103)。令和6年1月1日以後の贈与では、毎年110万円の基礎控除を引いたうえで、累計2,500万円の特別控除までは贈与税がかかりません。超えた部分は一律20%です。その代わり、祖父母が亡くなったときに、基礎控除後の贈与額が相続財産に加算されて相続税の計算に入ります。一度選ぶと、その祖父母からの贈与は暦年課税に戻せません。
私立医学部2校の学費で試算する
具体的な金額で比べます。学費は大学の公式サイトの公表値を使いました。
- 順天堂大学医学部(2026年10月20日時点の公式サイト掲載値): 1年次290万円(入学金200万円、授業料70万円、施設設備費20万円)、2年次以降は毎年358万円(授業料200万円、施設設備費86万円、教育充実費72万円)。6年間総額2,080万円。初年度は全寮制で、寮費・諸会費・教材費は別途必要と記載されています。
- 日本医科大学医学部(平成30年度改定後の額。2026年10月20日時点の公式サイト掲載値): 1年次450万円(入学金150万円、授業料250万円、施設整備費50万円)、2年次以降は毎年350万円(授業料250万円、施設整備費100万円)。6年間合計2,200万円。
試算の前提は次のとおりです。孫は贈与を受けた年の1月1日に18歳以上で、贈与者は祖父1人、ほかの贈与はないものとします。暦年贈与の税率は国税庁No.4408の特例税率の速算表によります。学費の改定や寮費などの別途費用は含めていません。入学年の1月1日にまだ17歳の場合は一般税率になり、金額が変わることがあります。
ケースA: 都度、祖父母が大学へ直接払う
両校とも、贈与税は0円です。各年度の納付額を、納付の都度、大学に直接振り込む形を想定しています。
ケースB: 毎年の学費分を孫の口座へ贈与し、孫が納付する(暦年課税として申告)
学費名目でも、いったん孫に渡して管理させる場合、非課税と言い切れない部分が生じえます。ここでは保守的に、全額を暦年贈与として申告した場合を計算します。
順天堂大学の場合、1年次は290万円から110万円を引いた180万円に10%で18万円です。2年次以降は358万円から110万円を引いた248万円に15%をかけ、10万円を引いて27.2万円となり、これが5年続きます。6年間の合計は18万円と136万円で、154万円です。
日本医科大学の場合、1年次は450万円から110万円を引いた340万円に15%をかけ、10万円を引いて41万円です。2年次以降は350万円から110万円を引いた240万円に15%をかけ、10万円を引いて26万円で、5年間で130万円になります。合計は171万円です。
ケースC: 入学時に6年分をまとめて暦年贈与する
順天堂大学は2,080万円から110万円を引いた1,970万円に45%をかけ、265万円を引いて621.5万円。日本医科大学は2,200万円から110万円を引いた2,090万円に45%をかけ、265万円を引いて675.5万円です。
ケースD: 入学時に6年分をまとめて相続時精算課税で贈与する
2,080万円から基礎控除110万円を引いた1,970万円は特別控除2,500万円の範囲内なので、贈与時の贈与税は0円です。日本医科大学の2,200万円も同様に0円です。ただし、祖父が亡くなったときには、それぞれ1,970万円、2,090万円が相続財産に加算されます。特別控除の枠も大部分を使うことになります。
参考: 相続時精算課税を毎年の学費分に分けて使う場合
ケースDを、一括ではなく毎年の学費分の贈与に分けると、基礎控除110万円を6回使えます。順天堂大学の例では、1年次は290万円から110万円を引いた180万円、2年次以降は358万円から110万円を引いた248万円が毎年特別控除に充てられ、6年間の合計は1,420万円です。贈与税はやはり0円で、祖父が亡くなったときに相続財産へ加算されるのは、この1,420万円になります。一括で渡すケースDの1,970万円と比べると、加算される額は550万円少なくなります。日本医科大学の例でも、340万円と240万円×5年の合計1,540万円で、一括の2,090万円より550万円少なくなります。
ケースAとケースBの差も確認しておきます。どちらも毎年の学費相当額が動く点は同じですが、ケースAは祖父母から大学へ直接、ケースBは孫の口座を経由します。資金の流れが一段違うだけで、試算上は150万円以上の差になりえます。手間を惜しまずに、振込の名義と経路を整えておく意味はここにあります。
試算から読み取れるのは、同じ2,000万円台の学費でも、渡し方によって贈与税が0円から600万円超まで開くということです。一括で渡す暦年贈与(ケースC)は、税率が45%の段階に達するため、最も負担が重くなります。
祖父母が複数いる場合と、学費以外の費用
父方と母方の祖父母がそれぞれ援助を申し出ることもあります。このとき注意したいのは、基礎控除110万円の数え方です。
暦年課税の基礎控除は、贈与を受ける側(孫)が1年間に受けた贈与の合計から引くものです(No.4408)。祖父母4人から各110万円を受け取れば、合計440万円から110万円を引いた330万円が課税価格になります。「1人110万円まで」と誤解して、申告が漏れる例があります。
相続時精算課税の基礎控除110万円も同じ考え方です。No.4103は、同じ年に2人以上の特定贈与者から贈与を受けた場合、110万円を特定贈与者ごとの贈与税の課税価格であん分するとしています。祖父母の人数分の控除が受けられるわけではありません。
一方、都度の直接払いは、扶養義務者相互間の教育費の負担として非課税になるかを判断するもので、110万円の枠とは別の考え方です。たとえば、授業料は父方の祖父母、施設設備費は母方の祖父母と、費目や年度で分けて大学へ直接振り込むこともできます。この場合も、各振込が大学の請求に対応していることを記録で示せるようにしておきます。
学費以外では、寮費、下宿の家賃、教科書や実習で使う物品の費用がかかります。国税庁Q&AのQ4-1が挙げる教材費や通学のための交通費、Q5-1が説明する家賃の負担は、社会通念上適当な範囲であれば課税対象になりません。ここでも基本は、必要になったときに、その支払いに直接充てることです。家賃を祖父母が負担するなら、貸主への振込を祖父母の口座から行う形が分かりやすくなります。
相続税との関係: 7年加算と2割加算
祖父母の相続まで視野に入れると、もう二つ確認しておくべき点があります。
一つ目は、生前贈与の加算期間です。令和6年1月1日以後の暦年贈与については、相続税の課税価格に足し戻す期間が、相続開始前3年以内から7年以内へ段階的に延びています(No.4161)。相続開始日が令和8年12月31日までなら3年以内、令和9年1月1日から令和12年12月31日までなら令和6年1月1日から死亡の日まで、令和13年1月1日以後は7年以内です。相続開始日が令和9年1月2日以後の場合、3年以内より前の贈与分については、総額100万円までは加算されません。
ただし、この加算の対象は、相続や遺贈、相続時精算課税に係る贈与で財産を取得した人です。No.4161は、教育資金の一括贈与の管理残額以外の財産を相続などで取得しなかった人を対象から除いています。遺言などで財産を受け取らない孫への暦年贈与は、原則として足し戻されません。一方、No.4161は、教育資金の一括贈与で非課税の適用を受けた金額を「加算しない贈与財産」に挙げつつ、贈与者死亡時の管理残額は相続税の課税価格に加算される場合があると注記しています。
二つ目は、相続税額の2割加算です。No.4157によれば、相続、遺贈、相続時精算課税に係る贈与で財産を取得した人が、被相続人の一親等の血族(代襲相続人となった孫を含む)と配偶者以外の人である場合、その人の相続税額に2割が加算されます。孫が相続時精算課税を選ぶと、その孫は祖父母の相続のときに相続税の計算の当事者になり、子が健在で代襲相続人でない孫であれば、2割加算の対象になります。
都度の直接払い(ケースA)は、そもそも非課税財産なので、これらの加算の論点が生じにくいという点でも扱いやすい方法です。
どの方法を選ぶかの判断の順番
4つの方法は、次の順番で検討すると整理しやすくなります。
最初に確認するのは、祖父母が6年間、各年度の納付に対応できるかです。祖父母が健康で、毎年の振込を続けられるなら、都度の直接払いが最も単純です。大学からの請求書や納付書を孫や親が受け取り、祖父母の口座から大学の口座へ直接振り込みます。振込の控えと大学の請求書は、年度ごとに保管しておくと説明に困りません。
次に、祖父母の高齢や病気で、6年間の振込が難しくなるおそれがあるかを考えます。祖父母が亡くなると、その後の学費は都度払いで援助できなくなります。早めにまとまった資金を渡したい場合には、暦年贈与や相続時精算課税が候補になります。ここで、教育資金の一括贈与の非課税制度はもう使えないことを前提に置きます。
暦年贈与を使う場合は、毎年の贈与額を抑えるほど税率が下がります。上の試算のとおり、年に300万円台の贈与なら特例税率15%の段階で収まります。相続時精算課税を使う場合は、贈与時の税負担は軽い一方、祖父母の相続時に加算されること、孫が2割加算の対象になりうること、暦年課税に戻せないことを、家族で理解しておく必要があります。
最後に、祖父母の相続財産の規模を確認します。相続税がかからない見込みの家庭と、相続税の対象になる家庭では、精算課税で相続財産に足し戻されることの意味が違います。相続税の見込み額は、祖父母の財産の全体像がないと判断できません。ここは税理士に試算を依頼する価値のある部分です。
医師家庭で起きやすい誤解
医師の家庭ならではの論点も整理しておきます。
親が高収入なら、祖父母の教育費負担は非課税にならないのか
相続税法第21条の3第1項第2号の要件は、扶養義務者相互間であること、生活費または教育費に充てること、通常必要と認められるものであることです。国税庁のQ&Aは、通常必要かどうかを、贈与を受ける人の需要と贈与する人の資力その他一切の事情を勘案して判断するとしています。親の収入が高いことだけで直ちに課税と書かれているわけではありません。ただし、判断は「一切の事情」を勘案して行われるので、事情によっては結論が分かれうる部分です。迷う場合は税務署の相談窓口で確認してください。
入学前に6年分を孫名義の口座へ移しておけば安心か
国税庁Q&AのQ1-3は、数年間分の教育費を一括で受け取り、教育費に充てずに預貯金になっている部分は贈与税の課税対象になるとしています。孫名義の口座に入れておくこと自体が、非課税の根拠にはなりません。
教育資金の一括贈与を、これから契約すればまだ間に合うか
間に合いません。No.4510のとおり、令和8年3月31日で適用期限が延長されずに終了しており、令和8年4月1日以後は適用を受けられません。インターネット上には、制度が続いている前提で書かれた古い解説も残っています。記事の日付と、国税庁ページの「令和8年4月1日現在法令等」の表示を確認してください。
開業医の祖父母の場合は何が違うか
祖父母が医療法人の出資持分や診療所の不動産を持っている場合、相続全体の設計の中で、どの財産を誰がいつ受け取るかを決める必要があります。孫への学費援助も、その全体設計の一部です。開業医の親の相続については、関連記事で整理しています。
実行前のチェックリスト
最後に、援助を受ける前に家族で確認したい項目をまとめます。
- 学費は大学の請求額と納付期限ごとに、祖父母の口座から大学の口座へ直接振り込むか
- 大学の請求書・納付書と振込の控えを、年度ごとに保管する手はずがあるか
- 寮費や家賃、教材費など、学費以外の費用の負担者と払い方を決めたか
- 孫の口座にまとめて資金を移す場合、暦年課税の申告が必要になる額か確認したか
- 相続時精算課税を選ぶなら、相続時の加算、2割加算、暦年課税に戻せない点を家族で理解したか
- すでに教育資金管理契約の口座がある場合、残高と契約終了時の扱いを金融機関に確認したか
子どもの教育費の全体像については医師の子どもの教育費はいくらかかるか、親が開業医の場合の相続は開業医の親の医院と相続で整理しています。医師家庭の家計では、児童手当の所得制限やNISAとiDeCoの優先順位もあわせて確認しておくと、教育資金の準備を立てやすくなります。
まとめ: まず「都度・直接」を基本に、残りを相続の設計で決める
祖父母による医学部の学費援助は、納付の都度、祖父母から大学へ直接振り込むかぎり、原則として贈与税はかかりません。教育資金の一括贈与の非課税制度は令和8年3月31日で終了しており、これから一括で渡すなら暦年贈与か相続時精算課税の比較になります。私立医学部2校の試算では、6年分を一括で暦年贈与すると600万円を超える贈与税になる一方、年ごとに分ければ150万〜170万円台、都度の直接払いなら0円でした。
家族の状況によって最適な方法は変わります。祖父母の年齢と健康、相続財産の規模、孫が相続人になるかどうかを確認したうえで、必要に応じて専門家の試算を受けてください。
参考資料
- 国税庁 タックスアンサーNo.4510「直系尊属から教育資金の一括贈与を受けた場合の非課税」
- 国税庁 タックスアンサーNo.4405「贈与税がかからない場合」
- 国税庁 タックスアンサーNo.4408「贈与税の計算と税率(暦年課税)」
- 国税庁 タックスアンサーNo.4103「相続時精算課税の選択」
- 国税庁 タックスアンサーNo.4161「贈与財産の加算と税額控除(暦年課税)」
- 国税庁 タックスアンサーNo.4157「相続税額の2割加算」
- 国税庁「扶養義務者(父母や祖父母)から『生活費』又は『教育費』の贈与を受けた場合の贈与税に関するQ&A」(平成25年12月)
- 相続税法 第21条の3(e-Gov法令検索)
- 民法 第877条(e-Gov法令検索)
- 順天堂大学「学費・入学検定料・奨学金」(医学部)
- 日本医科大学「学費等納入金」(医学部)
