年度末に業者から「残りは次年度分として預かっておきます」と言われた。学会出張の帰りに私用で一泊した。研究補助の学生に払った謝金の一部を、研究室の共通経費に回してもらった。どれも医局や研究室で耳にしたことがある処理だと思います。この記事では、こうした処理が公的研究費のルール上どの類型に当たるかを判定できるように整理し、発覚した場合に告発から応募資格の制限までがどの順で進むかを、文部科学省・厚生労働省・日本学術振興会(JSPS)の一次資料に沿って示します。
先に答え: 預け金は「架空請求」の典型で、応募制限は最長10年
研究費の不正使用は、文部科学省の「研究機関における公的研究費の管理・監査のガイドライン(実施基準)」(令和3年2月1日改正、以下「管理監査ガイドライン」)で次のように定義されています。
「故意若しくは重大な過失による競争的研究費等の他の用途への使用又は競争的研究費等の交付の決定の内容やこれに付した条件に違反した使用」
ポイントは2つあります。1つは「故意」だけでなく「重大な過失」も含むことです。知らなかった、慣行だった、という事情だけでは外れません。もう1つは、私的に使っていなくても、交付条件に反した使い方なら不正使用になることです。研究のために使ったお金でも、手続が架空なら該当し得ます。
預け金は、この不正使用の代表例として扱われています。文部科学省とJSPSの「科研費ハンドブック(研究者用)2026年度版」は、不正使用の説明で「架空発注により業者に預け金を行ったり、謝金や旅費などで実際に要した金額以上の経費を請求したりするなど」と書いています。管理監査ガイドラインの参考資料3(報告書に盛り込むべき事項)でも、不正の種別の例として「架空請求〔預け金、カラ出張、カラ雇用〕」が挙がっています。
不正と認定された場合の応募制限は、関係府省の申し合わせである「競争的研究費の適正な執行に関する指針」(令和3年12月17日改正、以下「指針」)の別表1で決まります。私的流用なら10年、それ以外は程度に応じて1〜5年、不正に直接関与していなくても善管注意義務に違反した研究者は1〜2年です。数字の詳細は後半で表にします。
なお、捏造・改ざん・盗用といった研究活動上の不正行為は、別のガイドライン(「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」平成26年8月26日 文部科学大臣決定)の対象です。管理監査ガイドラインも用語の定義の中で、研究活動の不正行為はそちらで扱うと明記しています。この記事はお金の不正使用だけを扱います。
よくある経理処理を類型に当てはめる
文部科学省の科研費説明会資料「科学研究費助成事業(科研費)の適正な管理等について」(令和6年7月)は、不正使用の例を3つの系統に分けています。物品・役務に関するもの(架空発注、預け金、品名替え、目的外の物品購入等)、旅費に関するもの(カラ出張、旅費の二重請求等)、給与・謝金に関するもの(カラ給与、カラ謝金、水増しや虚偽の請求等)です。同じ資料の不正種別の内訳には「期ずれ」も物品・役務の系統として挙がっています。
この分類を、判定の順番に並べ替えると図2のようになります。
判定の順番は本記事の整理で、公的な判定基準ではありません。ただ、上から順に「実体があるか」「書類と現物が一致するか」「年度が一致するか」「目的に沿うか」を確かめると、多くの処理はどこかに収まります。
物品・役務: 預け金、品名替え、期ずれ
預け金は、実際には納品されていない物品を発注したことにして代金を支払い、その代金を業者側に残高として持たせておく処理を指して使われる言葉です。上のハンドブックの表現どおり「架空発注」が出発点にあります。業者に残高を持たせた後、その残高で別の物品を買えば研究には使っている、という説明がされることがありますが、支出の根拠書類が架空である以上、不正使用の例示そのものに当たります。
品名替えは、実際に買った物と違う品名で書類を作る処理です。例えば、研究費で買えない、あるいは機関のルールで別手続が必要な物品を、消耗品の名目で請求する場合です。物は届いていても、書類の内容が実態と一致しません。
期ずれは、支出の年度と実際の納品・役務の年度が食い違う処理を指して使われます。年度末に予算を消化するために翌年度分の物品を前倒しで請求する、あるいは前年度に届いた物を当年度の予算で払う、といった形です。
年度末の使い切りは、この種の処理を生む大きな原因です。管理監査ガイドラインは第4節で、繰越制度などルール自体の弾力性を使うよう機関に求めたうえで、「研究費を年度内に使い切れずに返還しても、その後の採択等に悪影響はないことを周知徹底することも必要である」と書いています。科研費ハンドブックも、要件を満たせば繰越申請により翌年度に使えることを説明しています。残りそうなら、業者に預けるのではなく、事務部門に繰越や返還の手続を相談するのが正規のルートです。
旅費: カラ出張、二重請求
カラ出張は、実際には行っていない出張の旅費を請求することです。日程を水増しする、用務のない日を出張日に含める、といった形も実態と異なる請求に当たり得ます。二重請求は、同じ出張について、研究費と学会や招聘元からの旅費支給の両方を受け取る処理です。招待講演で先方が交通費を出しているのに、研究費でも精算する例がこれに当たります。
学会出張に私用を組み合わせること自体を一律に禁じる規定は、今回確認した資料にはありませんでした。ただし、私用部分の費用を研究費に含めれば目的外使用になります。精算時に私用日程を分けて申告する、機関のルールを事前に確認する、という手順を踏んでおくのが安全です。
謝金・給与: カラ雇用、カラ謝金、還流
カラ雇用(カラ給与)とカラ謝金は、勤務や作業の実態がないのに給与や謝金を支払うことです。学生や研究補助者に謝金を支払い、その一部や全部を研究室に戻させる処理は、文科省の公表一覧で「還流」と表記されている形です。戻したお金を研究室の共通経費に使っていても、謝金の支払根拠が実態と異なる点は変わりません。
管理監査ガイドラインの「はじめに」は、平成26年改正後の体制整備によって「取引業者等を介した不正事案は顕著に減少した」一方で、「謝金・給与や旅費等に係る不正事案は増加傾向にある」と書いています。業者との預け金だけでなく、身近な人間関係の中で起きる謝金や旅費の処理に目を向ける必要があるということです。
文科省の公表一覧に見る実際の件数
文部科学省は、平成27年4月以降に研究機関から配分機関に提出された最終報告の概要を「研究機関における不正使用事案」として一覧で公表しています。2026年10月16日に一覧を開き、掲載年度ごとの事案数を数えた結果が図5です。
2015年度から2025年度までの11年度分で、合計85件でした。年度ごとに4件から12件の間で推移しています。注意点が2つあります。1つは、年度は一覧の掲載区分で、不正が行われた年度とは異なることです。一覧には、不正が行われた年度から10年以上たって最終報告が出され、掲載された事案もあります。もう1つは、件数は文部科学省所管の制度などガイドライン対象経費に関するもので、全ての研究費の不正を網羅したものではないことです。なお、前述の令和6年7月の文科省資料は2016〜2023年度の8年度分を60件と集計しており、2016〜2022年度については本記事の集計と一致します(2023年度は資料作成後に掲載が追加されています)。
不正の内容の欄を見ると、2015〜2017年度ごろは預け金を含む事案が目立ち、2020年度以降はカラ出張、カラ謝金、旅費の不正な支出などが中心になっています。上で引用した「はじめに」の記述と同じ傾向です。
発覚から措置までを時系列で追う
不正の疑いが持ち上がった後の流れは、管理監査ガイドラインの第2節4(告発等の取扱い、調査及び懲戒に関する規程の整備及び運用の透明化)と第8節(配分機関による不正への対応)に書かれています。厚生労働科学研究費補助金等については、厚生労働省大臣官房厚生科学課の同名のガイドライン(最終改正 令和5年12月22日)が同じ構造をとっており、30日・210日という期限も同じです。
1. 告発等の受付
機関は、機関内外からの告発等を受け付ける窓口を設けることが求められています。告発には、不正の疑いの指摘のほか本人からの申出も含まれます。報道や会計検査院等の外部機関からの指摘も同様に扱うとされています。取引業者が窓口に通報する場合もあり、ガイドラインは取引業者等の外部者にも窓口の仕組みを公表するよう求めています。
2. 30日以内に調査の要否を判断
機関は、告発等の受付から30日以内に、告発の内容の合理性を確認して調査の要否を判断し、配分機関に報告します。
3. 調査委員会と一時的な執行停止
調査が必要とされた場合、調査委員会が設置されます。ガイドラインは、機関に属さない第三者(弁護士、公認会計士等)を含めることが必要だとしています。調査中、機関は必要に応じて、調査対象者に対し調査対象制度の研究費の使用停止を命じます。研究計画が途中で止まり得るということです。
4. 認定と210日以内の最終報告
調査委員会は、不正の有無と内容、関与した者と関与の程度、不正使用の相当額などを認定します。機関は、告発等の受付から210日以内に、調査結果、不正発生要因、再発防止計画などを含む最終報告書を配分機関に提出します。間に合わない場合も中間報告の提出が求められます。調査の途中でも不正の事実が一部確認されれば、速やかに認定して報告するとされています。
5. 配分機関の措置
最終報告書を受けた配分機関の措置は、第8節(4)で3つに分かれています。機関・研究者に対しては、交付決定の取消し等と、研究費の一部または全部の返還です。研究者に対しては、不正を行った研究者と共謀した研究者等への申請及び参加資格の制限です。機関に対しては、第7節に定める管理条件の付与や間接経費措置額の削減などです。体制整備の不備による削減は上限が間接経費措置額の15%、最終報告書の提出遅延による削減は上限10%とされています。研究者本人だけでなく、所属機関全体の研究費に影響が及ぶ構造です。
機関に対する措置の順序は、文部科学省の「体制整備に改善が見られない機関及び不正が認定された機関への措置のフローチャート」に示されています。原則として、(ア)管理条件の付与、(イ)間接経費措置額の削減、(ウ)競争的研究費等配分の停止の順に、段階的に措置を講じるとされています。管理条件が履行されなければ削減割合が段階的に引き上げられる流れです。ただし、体制整備に重大な不備がある場合や、機関全体の体制整備の不備による不正と認定された場合は、管理条件の付与とともに、必要に応じて間接経費の削減も講じるとされています。1人の研究者の不正が、同じ機関の他の研究者の研究環境にまで響き得るため、機関の側も調査と再発防止に強い関心を持ちます。ガイドラインは、こうした措置を受けた場合に、不正に関与していない部局や構成員、学生の教育研究活動に影響が及ばないよう必要な措置を講じることを、最高管理責任者に求めています。
調査の途中でも、配分機関は不正の一部認定の報告を受けた段階で、その研究者が関わる研究費について採択や交付決定の保留、交付停止などを行えます(第8節(3))。科研費ハンドブックは、既に採択されている研究課題についても交付が停止され、分担金を配分されている研究分担者もその配分を受けられなくなると説明しています。共同研究者を巻き込む点は、事前に知っておくべき帰結です。
6. 公表と機関内の処分
機関は、不正を認定したら速やかに調査結果を公表します。公表内容には、少なくとも不正に関与した者の氏名・所属、不正の内容、機関の措置、調査委員の氏名・所属などが含まれるとされています。ただしガイドラインには「ただし、合理的な理由がある場合は、不正に関与した者の氏名・所属などを非公表とすることができる」という一文があります。科研費ハンドブックは「原則として、不正が認定された研究者の氏名を含む不正の概要を公表します」としています。
機関内の懲戒は、機関の懲戒規程に従います。ガイドラインは、私的流用など悪質性が高い場合には刑事告発や民事訴訟があり得ることを内部規程に位置付けるよう機関に求めています。勤務医の場合、大学での懲戒と医師としての身分の問題は別の手続です。行政処分の仕組みについては医師の行政処分と医道審議会の流れで整理しています。
応募制限の年数と数え方
別表1の年数
指針の別表1をまとめたのが図3です。
不正使用を行った研究者と共謀した研究者は、次の区分です。個人の利益を得るための私的流用は10年です。私的流用以外のうち、社会への影響が大きく行為の悪質性も高いものは5年、影響が小さく悪質性も低いものは1年、それ以外は2〜4年です。偽りその他不正な手段で研究費を受給した場合(不正受給)は5年です。不正使用に直接関与していないが善管注意義務に違反した研究者は、上限2年・下限1年です。
別表1の注記では、影響が小さく悪質性も低く、かつ不正使用額が少額な場合などは、応募制限を科さず厳重注意を通知するとされています。少額なら必ず処分なし、ではなく、影響・悪質性・金額の3つが揃った場合の扱いです。
研究不正(捏造等)との比較
同じ指針の別表2は研究上の不正行為の応募制限です。混同しやすいので並べておきます。
| 区分 | 何が対象か | 応募制限の目安 | 起算 |
|---|---|---|---|
| 不正使用 | 研究費の他用途使用・交付条件違反 | 1〜10年(私的流用10年) | 返還した年度の翌年度以降 |
| 不正受給 | 偽りその他不正な手段による受給 | 5年 | 返還した年度の翌年度以降 |
| 善管注意義務違反 | 直接関与なしの管理上の義務違反 | 1〜2年 | 返還した年度の翌年度以降 |
| 研究上の不正行為 | 捏造・改ざん・盗用 | 2〜10年(責任著者等の注意義務違反は1〜3年) | 認定された年度の翌年度以降 |
出典は指針の3.(1)〜(3)、4.(2)(3)、別表1・別表2です。
いつから数えるか
不正使用の制限期間は、指針で「原則、補助金等を返還した年度の翌年度以降1から10年間とする」とされています(不正受給・善管注意義務違反も同じく「補助金等を返還した年度の翌年度以降」)。不正が行われた年度でも、認定された年度でもありません。
この起算の仕組みから、返還が遅れると制限期間の終わりも後ろにずれることになります。研究費の返還額は、調査委員会が認定する「不正使用の相当額」をもとに配分機関が求めるものです。
他の制度にも広がる
指針は、不正使用の概要を他府省を含む他の競争的研究費の担当課に提供し、各制度が応募を制限する場合があることを公募要領に明記するよう定めています。さらに府省共通研究開発管理システムに研究者番号、応募制限期間、不正の概要、処分の判断理由が登録され、関係府省間で共有されます。科研費で不正使用と認定されると、他府省の制度を含む他の競争的研究費にも応募できなくなる可能性がある、ということです。
若手の臨床医にとって、科研費は研究キャリアの入口です。応募の基本は臨床医が科研費の若手研究に応募するときにまとめていますが、10年の応募制限は研究者としての時間の大半を失うことを意味します。
研究室の慣行に巻き込まれたときの考え方
善管注意義務違反の区分があることは、研究代表者として研究費を管理する立場の医師にとって重要です。自分が直接手を出していなくても、研究室で預け金や謝金の還流が行われていて、それを管理者として見過ごしていた場合、1〜2年の応募制限の対象になり得ます。
一方で、医局の上位者から指示されて書類に押印した若手が、不正使用を行った者または共謀した者と評価されるかどうかは、関与の程度を調査委員会がどう認定するかによります。今回確認した資料には、指示に従っただけなら免責される、という規定はありませんでした。「故意若しくは重大な過失」が定義に入っている以上、架空と分かっている書類に関わることは避けるべきです。
管理監査ガイドラインは、告発者の保護を徹底し、その内容を告発者に周知すること、誹謗中傷等から被告発者を保護する方策を講じることを機関に求めています。研究室の処理に疑問を持ったら、まず所属機関の相談窓口で、その処理がルール上どう扱われるかを聞くことができます。相談窓口と告発窓口は、ガイドライン上、機関の構成員と外部者の双方に周知することが求められています。
研究と臨床の両立に悩む中で、研究費の処理をめぐって職場に居づらくなる医師もいます。研究を続けるか臨床に軸足を移すかの判断は研究医と臨床医のキャリア分岐で、論文執筆の時間の確保は医師が論文を書く時間をどう作るかで扱っています。
図6は、ここまでの類型を自分の研究費の点検項目に置き換えたものです。項目は本記事で作成したもので、公的なチェックリストではありません。1つでも答えに迷う項目があれば、事務部門か相談窓口でルールを確認してください。
ガイドラインの性格について
管理監査ガイドラインは法令ではなく、文部科学大臣決定です。各節は「機関に実施を要請する事項」と「実施上の留意事項」で構成され、文末が「望ましい」の事項は対策強化のための例示だとガイドライン自身が説明しています。研究者個人への措置(返還、応募制限)の根拠は、配分機関の交付条件や公募要領、指針に基づく各府省の内規です。機関内の懲戒は機関の規程によります。自分のケースで何が適用されるかは、交付を受けた制度の交付条件と所属機関の規程を確かめる必要があります。
まとめ: 迷ったら「書類と実態が一致しているか」で判断する
預け金、品名替え、期ずれ、カラ出張、カラ謝金、還流は、いずれも書類と実態が食い違う処理です。研究のために使ったかどうかではなく、交付条件と実態に沿った手続かどうかで判断されます。発覚すれば、30日以内の調査要否判断、210日以内の最終報告を経て、返還と応募制限が決まります。制限は私的流用で10年、それ以外で1〜5年、管理者としての善管注意義務違反でも1〜2年で、返還した年度の翌年度から数えます。
年度末に予算が余りそうなときは、業者に預けるのではなく、繰越や返還の手続を相談するのが正規の道です。ガイドラインは、使い切れずに返還しても以後の採択に悪影響はないことを周知するよう機関に求めています。
参考文献
- 文部科学省「研究機関における公的研究費の管理・監査のガイドライン(実施基準)」(平成19年2月15日文部科学大臣決定、令和3年2月1日改正)
- 厚生労働省大臣官房厚生科学課「研究機関における公的研究費の管理・監査のガイドライン(実施基準)」(平成26年3月31日、最終改正 令和5年12月22日)
- 競争的研究費に関する関係府省連絡会申し合わせ「競争的研究費の適正な執行に関する指針」(平成17年9月9日、令和3年12月17日改正)
- 文部科学省・日本学術振興会「科研費ハンドブック(研究者用)2026年度版」(2026年5月)
- 文部科学省研究振興局学術研究推進課「科学研究費助成事業(科研費)の適正な管理等について」(令和6年7月)
- 文部科学省「研究機関における不正使用事案」一覧(2026年10月16日閲覧)
- 文部科学省「体制整備に改善が見られない機関及び不正が認定された機関への措置のフローチャート」
