「書いたほうがいいのは分かっているが、臨床の合間にどこで時間を作ればいいのか分からない」——論文執筆を先送りにしている医師の多くが抱える悩みです。結論から言うと、論文執筆の時間は一様な塊ではなく、性質の異なる工程に分解できます。自分の可処分時間を削って進める工程と、審査機関や査読者の手元で進む「待ち時間」は別物であり、この2つを混同したまま「執筆にはトータルで何時間かかるか」だけを見積もると、計画は待ち時間の分だけ必ず後ろ倒しになります。本記事では、データ収集・分析・執筆・投稿・査読対応・校正という6つの工程に分けて時間の性質を整理し、専門医更新・臨床研究法・労働時間制度という3つの制度的な枠組みが、その時間にどう関わるかを一次資料に基づいて解説します。
論文執筆の時間は、6つの工程に分解すると管理できる
論文執筆にかかる時間は、大きく①データ収集、②分析、③執筆、④投稿、⑤査読対応、⑥校正の6工程に分解できます。このうち①②③⑥は自分が机に向かう時間を確保すれば進む「作業時間」ですが、④⑤の一部(倫理審査・査読)は自分の作業速度と関係なく、審査機関や査読者のスケジュールに依存する「待ち時間」です。
この区別が重要なのは、臨床業務との両立を考えるときに、必要な時間の「種類」が変わるからです。作業時間はまとまった休みを取らなくても、当直明けや外来の合間といった細切れの時間で少しずつ進められます。一方、待ち時間はどれだけ自分が頑張っても短縮できず、逆にその間は他の作業に回せる時間でもあります。多くの医師が「論文を書く時間がない」と感じる背景には、作業時間の不足だけでなく、待ち時間を見込まずに計画を立てて、審査や査読の結果を待つあいだ何も進められない状態に陥っていることも少なくありません。
工程ごとに時間の性質が違うということは、対処の仕方も工程ごとに変える必要があるということでもあります。作業時間が足りない場合は、当直明けの30分や外来と外来の間の隙間時間をどう使うかという「時間の捻出」の問題です。一方、待ち時間が長い場合は、自分の作業時間をどれだけ増やしても解決しません。むしろ、待ち時間中に別の作業を進められるように、案件の持ち方そのものを見直す必要があります。この2つを同じ「執筆時間の不足」として扱ってしまうと、対策の方向性を誤ります。
以下、工程ごとに時間の性質と、臨床業務との重なり方、そして制度上の位置づけを見ていきます。
工程1・2: データ収集と分析 ― 介入研究では審査の「待ち時間」が先に発生する
診療録の後方視的レビューのような観察研究であれば、データ収集は自施設の倫理審査委員会の承認を得たあと、自分の作業時間として進められます。一方、治験や介入研究にあたる「特定臨床研究」は臨床研究法の対象となり、データ収集を始める前に認定臨床研究審査委員会(CRB)の審査意見業務を経る必要があります(臨床研究法第23条第1項)。この審査は、研究計画の倫理的な妥当性だけでなく科学的な妥当性も対象とするため、事前の準備(研究計画書の作成、統計解析計画の確定、同意説明文書の整備)にも相応の作業時間がかかります。
CRBの審査そのものは、自分の作業時間ではなく、委員会の開催スケジュールに依存する待ち時間です。制度上、CRBの認定更新要件は2022年4月の施行規則改正で「開催回数年11回以上」から「開催回数年7回以上、かつ新規審議件数3年間で6件以上(毎年1件以上)」に緩和されました。厚生労働省が2024年1月の臨床研究部会に提出した資料によれば、2024年4月時点でCRBは全国に92委員会設置されており、新規申請の特定臨床研究の実施計画は年間約400件、1委員会あたりの新規審査件数は年間中央値8件という実態が示されています。委員会によっては開催頻度が月1回に満たないケースもあり、審査待ちの期間は委員会ごとにばらつきがあります。介入研究を計画する場合は、データ収集の着手時期を審査待ちの分だけ前倒しで見積もっておく必要があります。
分析の工程は、データが揃えば自分の作業時間として進められますが、統計解析を外部委託・共同研究者に依頼する場合は、その担当者のスケジュールも待ち時間として組み込む必要があります。特に多施設共同研究では、各施設からのデータ提出を待つ期間も加わるため、単施設の後方視的研究より全体の所要期間が長くなりやすい点は見込んでおくべきでしょう。
なお、介入を伴わない観察研究であっても、人を対象とする研究である以上、多くの場合は自施設の倫理審査委員会による審査を経る必要があります。CRBのような法定の開催回数要件はありませんが、委員会の開催サイクルに合わせて待ち時間が生じる点はCRB審査と同様です。研究計画書を委員会の開催日程の締切に合わせて仕上げられるかどうかで、着手時期が数週間単位で前後することもあるため、自施設の委員会がいつ開催されるかを先に確認しておくと、データ収集の着手時期を逆算しやすくなります。
工程3: 執筆と、共著者・指導医との役割分担
執筆は自分の作業時間が中心ですが、共著者や指導医との役割分担を事前に決めておかないと、原稿の往復自体が新たな待ち時間を生みます。国際的な医学雑誌の多くが採用する医学雑誌編集者国際委員会(ICMJE)のオーサーシップ基準は、著者になる資格として次の4項目すべてを満たすことを求めています。
- 研究の着想と立案への重要な貢献、またはデータの収集・解析・解釈
- 草稿の作成、または重要な知的記述内容の適切かつ重大な書き換え
- 発表論文への最終的な承認
- 発表論文のすべての部分に関して責任を負うことへの同意
指導医からデータ提供や研究計画への助言を受けただけで、草稿作成や最終承認に関わらない場合は、この基準を満たさず、著者ではなく謝辞の対象になります。逆に、指導医が草稿の重要な書き換えを行った場合は、その時点で責任も生じるため共著者として扱うのが基準に沿った対応です。誰がどの工程を担当するかを執筆着手前に決めておけば、原稿を見せる順番や、誰の確認を待ってから次の工程に進むのかが明確になり、往復のたびに調整し直す時間を減らせます。
役割分担を明文化する手段として、研究における貢献を14種類に分類する「CRediT」という枠組みもあります。着想・手法・データ収集・執筆(草稿作成)・執筆(見直しと再構成)・研究指導・プロジェクトの統括など、役割ごとに担当者を割り当てておけば、複数の医療機関にまたがる共同研究であっても、誰が何を担当し、次に誰の作業を待っているのかが明確になります。また、投稿論文の受理までの窓口となる責任著者(corresponding author)を誰にするかも、著者リストの確定と同じタイミングで決めておくと、投稿直前になって連絡先の調整に時間を取られずに済みます。著者リストや順番をめぐる意見の相違は、多くの学術誌が「編集部では裁定しない」という立場を取っているため、投稿前に著者間で合意を形成しておくことが、後戻りのない進行につながります。
研究チームに属さない外部の医師や統計の専門家に協力を仰ぐ場合は、その協力をオーサーシップとして扱うのか、謝辞にとどめるのか、あるいは論文には記載しないのかを、依頼の時点であらかじめ協議しておくべきとされています。着手後にオーサーシップの範囲でもめると、原稿がほぼ完成していても投稿を止めざるを得なくなり、それまでの作業時間が待ち時間に転じてしまいます。役割と貢献の範囲を早い段階で共有しておくことが、執筆工程全体の停滞を防ぐ最も確実な方法です。
工程4・5: 投稿と査読対応 ― 待ち時間は学会・雑誌によって大きく異なる
投稿後の査読にかかる期間は、対象とする雑誌・学会・研究分野によって大きく異なり、一律の目安を示すことはできません。参考として、国内の学術誌向けに論文投稿・査読管理システムを提供する杏林舍が2016年に実施した調査(対象160誌、初回投稿論文が対象)では、査読者の候補選出から査読の提出までの期間は平均19.4日(候補選出開始から初回依頼まで平均1.8日、査読者決定まで平均3.4日、査読提出まで平均14.2日)、査読の依頼を受けてから受諾・辞退の返答までは平均1.85日という結果が示されています。
ただし、これは査読者1名分の一区間にかかる平均時間であり、査読者が複数いる場合の全員分の回収、編集部門での事前スクリーニング、判定後の改訂・再査読のラウンドは別に発生します。多くの雑誌では査読は1回で終わらず、修正を求められて再提出し、再度査読者の確認を経るという往復が発生することも珍しくありません。「投稿から掲載まで数か月かかった」という体感は、このような複数の待ち時間が積み重なった結果と考えるのが実態に近いでしょう。
臨床医にとって重要なのは、この待ち時間中は自分の作業時間を消費しないという点です。査読対応で自分の作業時間が発生するのは、査読結果が返ってきてから改訂稿を用意するまでの期間だけであり、そこは待ち時間ではなく可処分時間として、臨床業務の合間に充てる工程になります。投稿中の案件を複数抱えておけば、ある論文が査読者の手元で止まっている間に、別の論文のデータ収集や分析を進められます。逆に投稿先を1本に絞って結果を待つだけの状態にしてしまうと、待ち時間がそのまま執筆全体の停滞時間になってしまいます。
投稿先を選ぶ段階でも、査読にかかる期間は判断材料になります。多くの学術誌は自誌の公式サイトで平均査読期間や採択率といった指標を公表しており、これらは投稿規定のページや編集方針のページで確認できます。同程度の掲載価値が見込める複数の候補誌がある場合、こうした公表値を比較したうえで投稿先を決めれば、待ち時間の見込みを事前に立てやすくなります。ただし、これらの指標も雑誌ごと・年ごとに変動するため、投稿の都度、最新の情報を確認することが前提になります。
工程6: 校正と掲載までの実務
採択後の著者校正は、多くの雑誌で提示から数日程度という短い回答期限が設けられます。この工程は分量としては小さいものの、期限が固定されている点で他の工程と性質が異なります。校正依頼が来る時期は査読の進行状況次第で事前に読みにくいため、投稿中の案件がある期間は、数日単位で急な作業時間を確保できる余地をあらかじめ空けておく必要があります。当直明けに校正依頼が届くこともあり得るため、共著者と分担して確認できる体制を作っておくと、期限に追われる場面を減らせます。
校正の内容も、誤字脱字の確認だけでなく、レイアウト崩れや図表の位置、著者名・所属の表記といった事務的な確認が中心になります。ここで見落としがあると訂正の手続きに追加の時間がかかるため、提示された校正刷りは共著者のうち少なくとも責任著者が必ず目を通す体制にしておくべきです。掲載号への収載時期は編集部の都合に左右される待ち時間であり、著者側で早められるものではないため、校正を期限内に終えたあとは、次の論文の作業に意識を切り替えるのが時間の使い方として合理的です。
論文・学会発表は専門医更新で何単位になるのか
専門医更新の基準は日本専門医機構が定める枠組みのもとで学会ごとに定められますが、共通するのは「5年間で合計50単位」という総枠です。その内訳のうち、論文・学会発表がどの程度の比重を占めるかは学会によって水準が大きく異なります。
日本内科学会の内科専門医の更新基準では、5年間50単位のうち診療実績(セルフトレーニング問題合格)が10単位(必須)、専門医共通講習が最小3〜最大10単位、内科領域講習が最小20単位(必須)、学術業績・診療以外の活動実績が最小2〜最大10単位という内訳です。このうち論文は、Internal Medicine誌の筆頭著者・日本内科学会雑誌の筆頭著者がそれぞれ1回1単位、学会での演者(年次講演会・地方会・内科学会指定講演等)も1回1単位で、これらを含む学術業績・活動実績の枠全体の上限は10単位です。つまり内科専門医の場合、論文執筆や学会発表だけで更新単位の大半を賄う設計にはなっておらず、必須の共通講習・領域講習の受講が更新の中心になります。
一方、日本緩和医療学会の専門医更新基準では、英文論文でインパクトファクターがある筆頭著者論文は15単位、共著は12単位、査読はあるがインパクトファクターがない筆頭著者論文は10単位、査読なし論文でも筆頭5単位・共著4単位が付与されます。学会発表も本学会学術大会の筆頭演者で5単位、支部学術大会の筆頭演者で3単位です。同じ「筆頭著者論文1本」でも、学会によって1単位から15単位まで開きがあることが分かります。
この違いは、6工程にどれだけ時間を投資すべきかという判断に直結します。内科専門医のように論文の単位が1本あたり1単位程度で、かつ学術業績の枠自体に上限がある学会では、更新のためだけに複数本の論文を書く必要性は薄く、共通講習・領域講習の受講で必須単位を満たすほうが効率的です。一方、緩和医療専門医のように論文1本で二桁の単位が得られる学会では、良質な論文を1本仕上げることが更新単位の確保に直結しやすく、6工程に時間を投資する優先順位も相対的に上がります。更新基準を確認する際は、単位の総枠だけでなく、論文・学会発表という項目が全体の何単位分を占めるのかまで見ておくと、執筆に充てる時間配分の目安になります。
留学・病気療養・出産育児・介護などの事情で更新単位が取得できない場合、専門医委員会の審査を経て更新を休止(延長)できる制度も多くの学会に共通して存在します。内科専門医の基準では、海外留学の場合は留学期間分、病気療養や妊娠・出産・育児・介護・管理職・災害被災などの場合は最大1年間の休止が認められています。休止期間中は専門医資格自体を失い、期間中の診療実績や講習受講は更新単位として認められないため、休止に頼らず単位を積み上げる計画のほうが望ましいのは言うまでもありません。論文執筆に充てられる時間が一時的に取れない見込みが立った時点で、更新休止の手続きを並行して確認しておくと、単位不足による資格失効という事態を避けられます。自分の専門領域の更新基準における論文・学会発表の比重を先に把握しておけば、更新単位のためにどこまで論文執筆に時間を割くべきかの判断もしやすくなります。
勤務先の研究時間はどう扱われるか ― 労働時間としての位置づけ
臨床業務の合間に論文を書く時間を、勤務先がどう扱うかは労働時間管理上の重要な論点です。厚生労働省労働基準局の「医師の時間外労働の上限規制に関するQ&A」は、大学病院に勤務し教授研究の業務に従事しているとして専門業務型裁量労働制が適用されている医師について、次のように整理しています。
専門業務型裁量労働制が適用される医師は、「医業に従事する医師」には該当するが、診療を直接の目的とする業務を行っていないことから、「特定医師」には該当しない。
医師の時間外労働の上限規制(原則年960時間、地域医療確保のための特例水準では年1,860時間など)は、労働基準法第141条に基づき「特定医師」、すなわち病院・診療所で診療を受ける者に対する診療を直接の目的とする業務に従事する医師を対象とした枠組みです。教授研究の業務(専門業務型裁量労働制が適用される研究専従の時間)は、診療を直接の目的とする業務にはあたらないため、この上限規制が対象とする「特定医師」の労働時間としては扱われないという整理になります。
ただし、これは診療業務から相当程度切り離された研究専従ポストの話であり、一般の勤務医が診療の合間や時間外に論文を書く時間は、通常の診療業務と同じ労働時間管理(36協定・上限規制)の枠内で扱われる点に注意が必要です。上限規制には、原則となるA水準(年960時間)のほか、地域医療確保のためにやむを得ず高い上限が必要と認められた医療機関に適用されるB水準・連携B水準、研修医等の技能向上のためのC水準といった特例水準があり、これらは年1,860時間まで認められます。いずれの水準も対象となるのは診療を直接の目的とする業務に従事する「特定医師」の労働時間であり、論文執筆そのものを直接規定する条文ではありません。
研究に充てる時間を「勤務時間内の研究日」として確保できるかどうかは、上限規制そのものが定めている話ではなく、各医療機関が36協定や就業規則、あるいは内規でどう定めているかという個別の労務管理の問題になります。研究日の制度がある医療機関に勤務している場合は、その日を6工程のうちどの作業に充てるかをあらかじめ決めておくと、限られた時間を有効に使えます。逆に研究日の制度がない医療機関では、診療時間外に行う論文執筆が時間外労働として扱われるのか、あるいは自己研鑽として扱われるのかという整理自体を、所属先の労務担当者や上司に確認しておくことが、後々のトラブルを避けるうえで重要です。
臨床業務との重なりをどう調整するか
ここまで見てきた6工程を、臨床業務とどう重ねるかを整理します。データ収集・分析・執筆・校正は、まとまった時間より、短い時間の積み重ねで進めやすい工程です。当直明けや外来の合間の30分でも、前回どこまで進めたかがすぐ分かる状態にしておけば、着手までのコストを下げられます。一方、投稿・査読対応の待ち時間は、こちらの作業時間を消費しないぶん、その間に別の論文や別の工程を並行して進める「仕掛かり案件を複数持つ」戦略が有効です。データ収集が終わった論文の分析を進めながら、別の論文は投稿して査読を待つ、という形で工程をずらして持てば、待ち時間を無駄にせずに済みます。
複数の仕掛かり案件を持つ運用は、共著者・指導医との調整が前提になります。誰がどの論文のどの工程を担当しているかが整理されていないまま案件数だけ増やすと、進捗の把握そのものに時間を取られてしまいます。CRediTのような分類を使って、案件ごとに「今どの工程で、誰の作業を待っているか」を一覧にしておくだけでも、次に何をすべきかを判断する時間を短縮できます。
なお、研究医としてのキャリアを本格的に検討する場合や、社会人大学院に進学して研究時間を制度的に確保する場合は、本記事で扱った工程レベルの時間管理とは別に、身分・給与・修業年限といった制度設計そのものを検討する必要があります。この点は別記事「研究医のキャリア、臨床医との分岐点はどこにあるか」「医師の社会人大学院、両立の負荷を時間・資金・組織で整理する」で扱っていますので、そちらも参照してください。本記事で扱った6工程の時間管理は、こうした制度上のトラックをどちらに進む場合でも共通して必要になる実務です。
まとめ: 待ち時間と作業時間を分けて計画する
論文執筆の時間が作れないと感じる背景には、性質の異なる時間を一括りにして見積もっていることが多くあります。データ収集・分析・執筆・校正は自分の作業時間、介入研究におけるCRB審査や投稿後の査読対応は外部機関に依存する待ち時間です。介入研究であればCRB審査の待ち時間、査読であれば雑誌ごとに異なる査読期間を見込んだうえで、待ち時間の間に別の仕掛かり案件を進める形にすれば、臨床業務との両立は計画しやすくなります。
専門医更新の単位換算は学会ごとに水準が異なるため、自分の専門領域の基準を確認したうえで、投稿先や執筆の優先順位を決めるとよいでしょう。共著者・指導医との役割分担はICMJEの基準に沿って早い段階で合意し、勤務先における研究時間の扱いは労務担当者に確認しておく。この3点を押さえたうえで6工程を回していけば、臨床業務の合間でも論文執筆を計画的に進められます。
