医局人事や専門医取得、開業準備などで、勤務先が5か所を超える医師は珍しくありません。退職金の税金は勤続年数で控除が決まるため、「転職が多いと税金で損をする」とよく言われます。この記事では、国税庁タックスアンサーの計算式と速算表を使い、同じ累計勤務年数で「1か所に勤続した場合」と「3か所に分かれた場合」の税額を実際に計算して比べます。結果は通説と少し違います。損が出るのは特定の場面に限られ、その場面を外せば税額はむしろ小さくなることもあります。
制度の数値は、国税庁タックスアンサー(令和8年4月1日現在法令等)と総務省・渋谷区の住民税の案内を2026年10月9日に開いて確認しています。退職金の相場そのものは医師の退職金相場を病院の設置主体別に読むで扱い、この記事は税の計算に絞ります。
結論: 転職が多くても税額が増えるとは限らない
最初に答えを示します。累計の勤務年数と退職金の合計額が同じなら、勤務先が分かれていても税額は増えないことが多いです。後で示す3つの試算では、いずれも勤務先が分かれた方が所得税・住民税の合計が少なくなりました。
理由は2つあります。退職金の税金は、退職金ごと(正確には支払を受ける年ごと)に計算されます。1回あたりの課税所得が小さくなれば、累進税率の低い段で済みます。加えて、勤続20年までの控除額は1年あたり40万円で、どの勤務先でも同じ単価です。20年を超えて初めて1年70万円に上がるため、分かれて失うのは20年超の上乗せ分だけです。
一方で、転職の多い医師がはっきり損をする場面もあります。次の5つです。
- 勤続5年以下で、退職金が控除額を300万円超上回る(短期退職手当等)
- 地方公務員として勤めた期間や医療法人の理事の期間が5年以下(特定役員退職手当等)
- 2か所の退職金を同じ年に受け取る(合算して計算される)
- 前の退職金やiDeCoの一時金と勤続期間が重なる(重複期間の調整)
- 「退職所得の受給に関する申告書」を出し忘れる(20.42%で源泉徴収される)
以下、計算の仕組みから順に確認します。
退職金にかかる税金の計算式
所得税の計算は4段階
国税庁は退職所得の金額を次の式で示しています。
「(収入金額(源泉徴収される前の金額) - 退職所得控除額) × 1 / 2 = 退職所得の金額」(国税庁 No.1420 退職金を受け取ったとき(退職所得))
退職所得は、原則として給与など他の所得と分離して税額を計算します(同No.1420)。給与が高い医師でも、退職金の税率が給与の限界税率に引っ張られることはありません。
計算は4段階です。勤続年数を出し、退職所得控除額を出し、控除後の金額に2分の1を掛けて課税退職所得金額(1,000円未満切捨て)を出し、速算表で税額を求めます(国税庁 No.2732 退職手当等に対する源泉徴収)。
勤続年数は1年未満を切り上げる
勤続年数は、その支払者の下で退職の日まで引き続き勤務した期間です。1年に満たない端数は1年に切り上げます(No.2732)。勤続10年2か月なら11年として扱います。
医師に関係しやすいのは、勤続期間に含まれない期間の規定です。No.2732は、他の支払者の下で勤務するために休職した期間を勤続期間から除くとしています。大学からの出向や派遣で籍を残したまま別の病院で働いた期間がこれに当たるかは、退職給与規程の定めによって変わります。同ページは、前に勤務した期間でも「退職給与規程などの明らかな定めに基づき、退職手当等の支払金額の計算の基礎に含まれる期間」は勤続期間に含めるとしています。籍が長く続く大学病院の勤務は、規程の確認が欠かせません。
退職所得控除額は20年を境に単価が上がる
退職所得控除額は次のとおりです(No.1420)。
| 勤続年数(A) | 退職所得控除額 |
|---|---|
| 20年以下 | 40万円 × A(80万円に満たない場合は80万円) |
| 20年超 | 800万円 + 70万円 ×(A - 20年) |
勤続7年なら280万円、10年なら400万円、20年なら800万円、30年なら1,500万円です。勤続1年でも2年でも、最低の80万円が保障されます。
速算表は所得税と同じ税率で、102.1%を掛ける
課税退職所得金額に応じた源泉徴収税額は、国税庁の「退職所得の源泉徴収税額の速算表」で求めます。税率と控除額は所得税の速算表と同じで、そこに102.1%を掛けて復興特別所得税を含めます(国税庁 No.2732 別紙 退職所得の源泉徴収税額の速算表、国税庁 No.2260 所得税の税率)。
| 課税退職所得金額 | 税率 | 控除額 |
|---|---|---|
| 195万円以下 | 5% | 0円 |
| 195万円超 330万円以下 | 10% | 97,500円 |
| 330万円超 695万円以下 | 20% | 427,500円 |
| 695万円超 900万円以下 | 23% | 636,000円 |
| 900万円超 1,800万円以下 | 33% | 1,536,000円 |
| 1,800万円超 4,000万円以下 | 40% | 2,796,000円 |
| 4,000万円超 | 45% | 4,796,000円 |
令和9年以後は防衛特別所得税が加わり、復興特別所得税の税率が下がります。国税庁は、改正前後で合計税率に変更はなく、源泉徴収税額の計算方法に変更は生じないと説明しています(No.1420)。
国税庁の例では、退職金800万円・勤続10年2か月の場合、控除額440万円、課税退職所得金額180万円、源泉徴収税額は91,890円です(No.2732)。この記事の試算も同じ手順で計算しています。
同じ累計勤務年数で比べる: 1か所勤続と3か所の税額
ここからが本題です。累計の勤務年数と退職金の合計額をそろえ、勤務先の数だけを変えて税額を比べます。
試算の前提(すべて仮定の数値です)
- 退職金の額は比較のために置いた仮の金額で、相場を示すものではありません
- 3か所に分かれる場合は、退職金をそれぞれ別の年に受け取り、勤続期間は重ならないものとします
- 退職所得の受給に関する申告書は提出済み、すべて一般退職手当等(勤務医として勤務、役員・公務員の期間なし)
- 所得税は速算表×102.1%(1円未満切捨て)、住民税は課税退職所得金額×10%で計算
ケース1: 累計21年・合計1,500万円
1か所に21年勤めて1,500万円を受け取る場合、控除額は800万円+70万円×1年=870万円です。課税退職所得金額は(1,500万円-870万円)×1/2=315万円になります。所得税は(315万円×10%-97,500円)×102.1%=222,067円、住民税は315,000円で、合計537,067円です。
3か所に7年ずつ勤め、各500万円を受け取る場合、1か所あたりの控除額は40万円×7年=280万円です。課税退職所得金額は(500万円-280万円)×1/2=110万円で、税率は5%の段に収まります。所得税は110万円×5%×102.1%=56,155円、住民税は110,000円です。1か所あたり166,155円、3か所で498,465円になります。
控除額の合計は1か所勤続が870万円、3か所が840万円で、3か所の方が30万円少なくなります。それでも税額は3か所の方が38,602円少なくなりました。
ケース2: 累計30年・合計2,400万円
1か所30年の控除額は1,500万円です。課税退職所得金額は450万円で、所得税482,422円、住民税450,000円、合計932,422円です。
3か所に10年ずつ、各800万円なら、控除額は1か所400万円で、課税退職所得金額は200万円です。所得税104,652円、住民税200,000円で1か所304,652円、3か所で913,956円です。
ここでは控除額の差が1,500万円対1,200万円と300万円に広がります。20年超の上乗せ(1年70万円)を失うためです。それでも税額は3か所の方が18,466円少なく、差は縮まりました。
ケース3: 累計20年・合計2,400万円(5年ずつ4か所)
1か所20年なら控除額800万円、課税退職所得金額800万円で、税率23%の段に入ります。所得税1,229,284円、住民税800,000円、合計2,029,284円です。
5年ずつ4か所、各600万円の場合は、後で説明する短期退職手当等に当たります。1か所あたり控除額200万円、控除後の400万円のうち300万円を超える100万円には2分の1が適用されず、課税退職所得金額は250万円です。所得税155,702円、住民税250,000円で1か所405,702円、4か所で1,622,808円です。短期退職手当等の不利を受けても、4か所の方が406,476円少なくなりました。
なぜ分かれた方が税額が小さいのか
退職金1回あたりの課税所得が小さくなり、累進税率の低い段で済むからです。ケース3では1か所勤続の課税退職所得金額が800万円で23%の段に入るのに対し、分散した場合は250万円で10%の段に収まっています。
ただし、この比較は「退職金の合計額が同じ」という前提に立っています。実際の退職給与規程では、勤続が長いほど1年あたりの支給額が増える設計が多く、勤務先が分かれると受け取る退職金の総額そのものが小さくなりがちです。税金で損をするかどうかと、手取りの退職金が減るかどうかは別の問題です。前者だけを見て「転職しても税金は得」と判断するのは早計です。
転職が多い医師が実際に損をする5つの場面
税額の比較で分散が有利でも、次の場面では計算の結果が大きく変わります。いずれも転職の多い医師が当たりやすいものです。
場面1: 勤続5年以下の短期退職手当等
勤続年数が5年以下の勤務医(公務員を除く)が受け取る退職金は、短期退職手当等に当たります。国税庁は短期退職手当等について、控除後の金額のうち「300万円を超える部分については、上記計算式の2分の1計算の適用はありません。」としています(No.1420)。令和4年1月1日以後に支払うべき退職手当等に適用されます(国税庁 No.2740 勤続年数が5年以下の者に対する退職手当等(短期退職手当等))。
勤続年数は1年未満を切り上げるため、4年2か月の勤務でも5年として扱われ、短期退職手当等に該当します(No.2740の具体例)。逆に5年1か月なら6年となり、一般退職手当等に戻ります。
影響を受けるのは、控除後の金額が300万円を超える場合だけです。勤続5年で退職金600万円なら、一般の計算では課税退職所得金額200万円のところ、短期退職手当等では250万円になります。税額で見ると所得税104,652円が155,702円に、住民税200,000円が250,000円に増え、合計で約10万円の差です。退職金が500万円以下なら控除後は300万円以下に収まり、この規定の影響はありません。
場面2: 地方公務員や医療法人の理事の期間が5年以下
もう一つの5年基準が、特定役員退職手当等です。役員等勤続年数が5年以下の人が受け取る、その期間に対応する退職手当等で、2分の1計算がまったく適用されません(No.1420、国税庁 No.2737 役員等の勤続年数が5年以下の者に対する退職手当等(特定役員退職手当等))。
医師が注意すべきは「役員等」の範囲です。No.2737は役員等として、法人の取締役や理事、監事などのほか、「国家公務員や地方公務員」を挙げています。地方公務員として自治体の病院に勤務した期間が5年以下なら、役員でなくても特定役員退職手当等に当たる可能性があります。自分の身分が地方公務員かどうかは、辞令や退職給与の規程で確かめてください。
医療法人の理事に就いた医師も同じです。仮に理事として5年勤め、退職金2,000万円を受け取ると、控除額200万円を引いた1,800万円がそのまま課税退職所得金額になり、税率は33%の段です。所得税4,496,484円、住民税1,800,000円で合計6,296,484円になります。同じ2,000万円でも役員等勤続年数が6年なら一般退職手当等として課税退職所得金額は880万円となり、合計2,297,148円です。1年の違いで約400万円の差がつきます(いずれも本記事の計算値)。
医療法人化を検討している開業医の方は、役員退職金の設計と合わせて医師の法人化のメリット、損益分岐点はどこにあるかも確認してください。
場面3: 2か所の退職金を同じ年に受け取る
同じ年に2か所以上から退職金を受け取ると、別々には計算されません。国税庁は、支払済の他の退職手当等の額と今回の額を合計して収入金額とし、勤続年数は最も長い勤続期間に、重複しない期間を加えて計算するとしています(国税庁 No.2735 同じ年に2か所以上から退職手当等が支払われるとき)。
No.2735の具体例では、A社(9年、400万円)とB社(同じ年に退職、180万円)の退職金を合算し、勤続年数10年・控除額400万円で計算しています。B社の源泉徴収税額は、合計の税額45,945円からA社分10,210円を差し引いた35,735円です。
常勤先を辞める年に、非常勤先やもう一つの勤務先の退職金も受け取ると、この合算が起こります。合算されると控除額は1つ分になり、ケース1〜3で見た「分かれていることによる有利さ」が消えます。退職の時期を年末と年始で分けられるかは、検討する価値があります。
2か所目では、2か所目の支払者に「退職所得の受給に関する申告書」を提出し、支払済の退職手当等の金額などを記載し、その「退職所得の源泉徴収票」を添付する必要があります(No.2735)。
場面4: 前の退職金やiDeCo一時金と期間が重なる
勤続期間が前の退職金の勤続期間と重なる場合、重なった年数分の控除額相当額が差し引かれます。大学に籍を置いたまま関連病院でも雇用されていた、といった兼務の場合に問題になります。順番に転職し、勤続期間が重ならなければ、この調整はかかりません。
調整の対象となる「前の退職手当等」は、令和8年1月1日から範囲が変わりました。No.2735とNo.2732は次の3つを定めています。
- 原則: 前年以前4年内に支払を受けた退職手当等
- iDeCoなど確定拠出年金の老齢一時金(令和8年1月1日以後に受け取ったもの)を前年以前9年内に受けた場合: 令和8年1月1日以後に受けた退職手当等で前年以前9年内のもの(同日前に受けたものは4年内)
- 本年中に確定拠出年金の老齢一時金を受け取る場合: 前年以前19年内に支払を受けた退職手当等
重複期間の年数は1年未満を切り捨てて数えます(No.2735)。また、前の退職金が控除額に満たなかった場合は、前の勤続期間を「収入金額÷40万円」などの算式で短くみなして重複期間を計算する規定があります(No.2732)。前の勤務先の退職金が少なかった医師にとっては、調整が軽くなる方向の規定です。
iDeCoを一時金で受け取る予定がある場合、退職金との受け取り順序と間隔が税額を左右します。iDeCoの位置づけは医師の新NISAとiDeCo、どっちが先かは限界税率で決まるで整理しています。
場面5: 申告書の出し忘れで20.42%が源泉徴収される
「退職所得の受給に関する申告書」を提出しないと、支給額に20.42%を掛けた額が源泉徴収されます(No.2732)。国税庁の例では、退職金800万円で1,633,600円です。
ケース1の3か所目のように500万円・勤続7年なら、申告書を出していれば所得税は56,155円です。出し忘れると1,021,000円が引かれます。差額は確定申告で精算できます(No.1420)が、精算までの間、約96万円が余分に差し引かれたままになります。
退職者がこの申告書を提出しているときは、支払者が税額を計算して源泉徴収するため、原則として確定申告は不要です(No.1420)。転職のたびに提出を確認してください。支払者が所定の要件を満たせば、電磁的方法で提出することもできます(No.2732)。
住民税は退職時に別に差し引かれる
退職金には住民税もかかります。住民税は、退職した年の1月1日に住んでいた区市町村で、他の所得と区別して課税されます(現年分離課税)。税額の計算と納入は勤務先が行い、退職者が手続をする必要はありません(渋谷区 退職所得に係る住民税)。
税額は、課税退職所得金額に市町村民税6%と道府県民税4%を掛け、それぞれ100円未満を切り捨てて求めます(同ページ)。課税退職所得金額の計算は所得税と同じで、勤続5年以下の役員等は2分の1を掛けずに計算します(総務省 退職所得に対する住民税の特別徴収について)。
所得税の税率が5%の段でも、住民税は一律10%です。課税退職所得金額が小さい人ほど、退職金の税金に占める住民税の割合が大きくなります。ケース1の3か所分散では、1か所あたり所得税56,155円に対して住民税は110,000円でした。
退職と再就職の前に確認すること
計算を踏まえると、転職の多い医師が退職のたびに確認すべき点は限られます。
勤続年数が5年の境目にある場合は、退職日を1か月ずらすだけで短期退職手当等や特定役員退職手当等から外れることがあります。4年11か月は5年、5年1か月は6年として扱われるためです(No.2737の例)。
2か所の退職が重なる年は、どちらかの受け取りを翌年にできるか確認します。ただし、勤続期間が重なっている場合は、翌年以降でも重複期間の調整がかかることがあります。
iDeCoの一時金を受け取る予定がある場合は、令和8年からの9年ルールを前提に順序を組み直します。定年後の働き方を含めた設計は医師の定年65歳、その後は55歳から逆算するも参考になります。
まとめ: 転職の多さより「5年」「同じ年」「申告書」を見る
転職が多いと勤続年数が短くなり、退職所得控除額は小さくなります。しかし退職金の税金は受け取る年ごとに計算されるため、累計年数と合計額が同じなら、分かれていても税額が増えるとは限りません。本記事の3つの試算では、いずれも分散した方が少なくなりました。
注意すべきなのは、勤続5年以下の境目、地方公務員や理事としての期間、同じ年の2か所受け取り、iDeCo一時金との間隔、申告書の提出の5点です。退職の時期を決める前に、勤務先の人事担当者に勤続期間の扱いと区分を確認し、必要なら税理士に相談してください。
参考文献
- 国税庁 タックスアンサー No.1420 退職金を受け取ったとき(退職所得)(令和8年4月1日現在法令等、2026年10月9日閲覧)
- 国税庁 タックスアンサー No.2732 退職手当等に対する源泉徴収(同上)
- 国税庁 No.2732 別紙 退職所得の源泉徴収税額の速算表(同上)
- 国税庁 タックスアンサー No.2735 同じ年に2か所以上から退職手当等が支払われるとき(同上)
- 国税庁 タックスアンサー No.2737 特定役員退職手当等(同上)
- 国税庁 タックスアンサー No.2740 短期退職手当等(同上)
- 国税庁 タックスアンサー No.2260 所得税の税率(同上)
- 総務省 平成25年1月1日以降の退職所得に対する住民税の特別徴収について(2026年10月9日閲覧)
- 渋谷区 退職所得に係る住民税(2026年1月9日更新、2026年10月9日閲覧)
