親が理事長を務める医療法人を、いずれ自分が継ぐことになりそうだ。そう考えている勤務医は少なくないはずです。ただ、その医療法人が古くからある法人なら、定款に「出資持分」の定めが残っている可能性があります。持分がある医療法人では、親の相続が起きた瞬間に、持分の相続税、兄弟姉妹からの払戻請求、持分を放棄したときの贈与税という3つの問題が同時に表に出てきます。
この記事では、子の医師が持分ありの医療法人を継ぐ場面に絞って、持分の相続税評価の仕組み、払戻請求のリスク、そして認定医療法人制度による「持分なし」への移行を順に整理します。条文と数字は、2026年10月時点でe-Gov法令検索の医療法(附則を含む)、国税庁タックスアンサーと財産評価基本通達、厚生労働省の手引書・Q&Aを開いて確認したものです。個別の評価額や手続きは、必ず相続税に詳しい税理士と所管の厚生局に確認してください。
最初に確かめるのは「持分があるかどうか」
医療法人を継ぐ話で最初に分かれ目になるのは、その法人に持分があるかどうかです。厚生労働省の手引書は、持分を「定款の定めるところにより、出資額に応じて払戻し又は残余財産の分配を受ける権利」と説明しています。社員が退社したときの払戻しの規定や、解散時に残余財産を出資額に応じて分配する規定が定款にあれば、その法人は持分ありの医療法人です。
2006年の医療法改正(平成18年法律第84号、いわゆる平成18年医療法等改正法)で、医療法第44条第5項が整備され、残余財産の帰属先を定める場合は国・地方公共団体・医療法人その他の医療を提供する者などから選ぶことになりました。これにより、2007年4月1日以後に認可を申請した社団医療法人は、持分なしの形でしか設立できなくなっています。
それより前に設立された法人については、改正法の附則第10条第2項が「当分の間」従前の規定を生かす経過措置を置きました。附則第10条の2は、こうした法人を「経過措置医療法人」と呼んでいます。持分ありの医療法人がそのまま存続しているのは、この経過措置によるものです。
厚生労働省が2024年11月28日の社会保障審議会医療部会に出した資料によると、2023年度末の医療法人約5.9万法人のうち、持分ありは約3.6万法人で62%を占めます。2006年度末の98%からは下がったものの、いまも多数派です。親の法人が1980年代や1990年代に設立されたものなら、持分ありである可能性は十分にあります。
確認の方法は、法人の定款を読むことです。登記事項証明書だけでは持分の有無は分かりません。親に頼んで定款の写しを見せてもらい、「払戻し」「残余財産」という言葉を含む条文を探してください。持分なしの法人を継ぐ場合は、論点は親の退職金や、親個人が法人に貸している土地のほうに移ります。その場合は、親が開業医の相続の記事で型ごとに整理しています。
持分が「財産」として大きくなる理由
持分ありの医療法人で問題が大きくなるのは、持分の評価額が出資した金額とはまったく別物になるからです。医療法第54条は、医療法人の剰余金の配当を禁じています。利益は配当として外に出ず、法人の中に積み上がります。その結果、純資産が増え、持分の評価額も膨らみます。
厚生労働省の手引書は、この膨張を具体的な数字で例示しています。設立時に出資者A・B・Cが合計3,000万円を出した法人で、年月を経て持分の評価額が合計15億円、つまり50倍になったケースです。出資者Aの持分は、出資額1,800万円に対して評価額9億円になっています。
親が「出資したのは数百万円だけだから」と言っていても、相続税や払戻しで問題になるのは評価額のほうです。開業から数十年、黒字を続けてきた法人ほど、この差は大きくなっています。
持分の相続税評価:取引相場のない株式に準じる
相続税の計算で、医療法人の持分はどう評価されるのか。財産評価基本通達194-2は、医療法人に対する出資の価額を、取引相場のない株式の評価の定めに準じて計算すると定めています。つまり、類似業種比準価額と純資産価額を、法人の規模に応じて使い分ける方式です。
ただし、株式会社とまったく同じではありません。194-2が準用する範囲から、同族株主以外の株主等に使う配当還元方式(188-2)の定めは外されています。また、類似業種比準価額で比べる業種目は「その他の産業」とされます。国税庁の質疑応答事例は、医療法人には剰余金の配当が禁止されているなど会社とは違う特色があり、類似する業種目が見当たらないため「その他の産業」として評価する、と説明しています。同じ事例は、会社規模の区分(大・中・小)を判定するときは、医療法人を「小売・サービス業」として扱うとしています。
配当がない法人ですから、類似業種比準価額の比較要素から配当は抜け、利益と純資産の2つで比べる形になります。194-2は、類似業種比準価額の算式の斟酌率を、大会社に相当する法人で0.7、中会社に相当する法人で0.6、小会社に相当する法人で0.5と定めています。
実際の評価額は、決算書の数字、保有する土地の路線価、法人の規模などを当てはめて計算するもので、ここで一般論として示せる数字はありません。目安をつかむには、直近の貸借対照表の純資産の部を見て、持分の割合を掛けてみることから始めるとよいでしょう。土地を簿価で持っている法人では、相続税評価に直すと純資産がさらに増えることがあります。
継ぐ子にかかる3つの圧力
持分ありの医療法人で親が亡くなると、継ぐ子には大きく3つの圧力がかかります。厚生労働省の手引書は、これを15億円の法人の例で順に説明しています。
1つ目:持分にかかる相続税
持分を相続すれば、その評価額が相続財産になります。どれくらいの規模になるのか、手引書の例を借りて単純化した試算をしてみます。前提は、親が持つ財産が評価額9億円の持分だけで、相続人が子1人という、現実にはまずない単純なケースです。債務や葬式費用、生命保険金はなく、生前贈与の加算もなし、子は実子なので2割加算もかからない、と置きます。相続人が1人なので、法定相続分に応ずる取得金額は課税遺産総額そのものです。
基礎控除は3,000万円+600万円×1人で3,600万円です。課税遺産総額は9億円から3,600万円を引いた8億6,400万円になります。国税庁 No.4155の速算表で6億円超の区分は税率55%、控除額7,200万円ですから、相続税の総額は8億6,400万円×55%−7,200万円で、4億320万円です。
法人の中に積み上がった利益に対して、子個人が4億円を現金で納める必要がある、という構造です。持分は売って現金化できる財産ではありません。手元資金で払えなければ、次の圧力につながります。
2つ目:払戻請求
持分ありの法人の定款には、社員が退社したときに持分の払戻しを請求できるという規定が置かれています(厚生労働省の手引書は、持分ありの法人をこうした規定を定款に設けている法人と説明しています)。手引書は、出資者Aが退社時に自分の持分に相当する財産の払戻しを求めれば、法人に9億円の支払い義務が生じ、医業の継続に影響しうると説明しています。
厚生労働省の移行計画認定制度Q&Aも、持分ありの法人は出資者から払戻請求を受けるリスクがあり、出資者本人に請求の意思がなくても、相続が起きれば相続人から請求される可能性があると書いています。
継ぐ子の立場で特に注意したいのは、自分以外の相続人です。たとえば、医業を継がない兄弟姉妹が持分の一部を相続した場合、その人が納税資金や自分の取り分を確保するために、法人に払戻しを求めることが考えられます。払戻しは法人の資金から出ますから、継いだ子が経営する法人の手元資金が一気に減ります。相続税を払うために、継ぐ子自身が払戻しを求めざるをえない場面もありえます。
3つ目:放棄したときの贈与税
払戻しを避けようとして、出資者が持分を放棄すると、今度は贈与税の問題が出てきます。手引書の説明では、出資者Aだけが持分を放棄すると、残る出資者B・Cの持分の価値が増え、B・Cに贈与税がかかります。全員が放棄すれば、放棄された持分は法人に帰属し、法人にみなし贈与税がかかります。
つまり、持分を「持ち続ける」「払い戻す」「放棄する」のどれを選んでも、何らかの税や資金流出が起きる仕組みになっています。この行き詰まりを解くために用意されているのが、次に見る認定医療法人制度です。
持分と経営権は別のもの
子の医師が誤解しやすい点を1つ確認しておきます。持分を多く持っていれば法人を支配できる、という株式会社の感覚は、医療法人には当てはまりません。
医療法第46条の3の3第1項は「社員は、各一個の議決権を有する」と定めています。社員総会での議決権は、出資の多寡にかかわらず社員1人1票です。厚生労働省のQ&Aも、持分と議決権は法律上結びついておらず、持分を放棄しても社員としての議決権がなくなるわけではないと説明しています。
この点は、継ぐ側にとって2つの意味を持ちます。1つは、持分を相続しただけでは法人の経営権を握ったことにならないことです。継ぐ子が社員になっていなければ、理事長の選任などに関わる社員総会での発言権はありません。もう1つは、持分を放棄して「持分なし」に移っても、社員として法人の運営に参加し続けられることです。理事長への就任の手続きや注意点は、医療法人の理事・理事長に就任するときの記事で整理しています。
認定医療法人制度:持分なしへの移行を税制で支える
認定医療法人制度は、持分ありの法人が持分なしの法人へ移る計画を作り、厚生労働大臣の認定を受ける仕組みです。根拠は、平成18年医療法等改正法の附則第10条の3以下で、e-Gov法令検索では医療法の改正附則として掲載されています。
附則第10条の3によると、経過措置医療法人は移行計画を作り、厚生労働大臣の認定を受けることができます。認定の主な条件は次のとおりです。移行計画が社員総会で議決されていること、移行のために有効かつ適切であること、移行の期限が認定の日から5年を超えないこと、そして社員や理事などの関係者に特別の利益を与えないことなどの運営要件を満たすことです。
認定を受けた法人が「認定医療法人」です。附則第10条の4第3項により、移行の期限までに持分なしの法人にならなかったときは、認定は取り消されます。附則第10条の6により、持分なしに移った日から6年を経過すると、認定は効力を失います。厚生労働省の手引書は、この6年間、運営要件を満たし続け、運営状況の報告をする必要があると説明しています。
認定の期限は2029年12月31日
認定を受けられる期間には期限があります。附則第10条の3第5項は、現行の条文で「令和十一年十二月三十一日までの間に限り行うことができる」と定めています。2029年12月31日です。厚生労働省の認定申請ページ(2026年9月15日更新)も、この日までに移行計画の認定を受ける必要があると案内しています。
この期限は延長を重ねてきたものです。2024年11月28日の医療部会資料では、当時の期限だった2026年12月31日を、さらに3年延長する案が示されていました。現行の条文が2029年12月31日になっているのは、この延長が実現した結果です。資料はあわせて、2018年度から2023年度に持分なしへ移行した1,184法人のうち887法人(75%)が認定医療法人制度を使ったとしています。移行するならこの制度を使うのが主流だということです。
ただし、今後また延長される保証はありません。延長を前提に先送りするのではなく、2029年末を実際の締め切りとして逆算しておくのが安全です。移行期限は認定日から最長5年ですから、2029年に認定を受けても、移行の完了は2034年までずれ込みえます。親の年齢と照らし合わせて、どの時点で動くかを考える必要があります。
認定医療法人が受けられる税の扱い
厚生労働省の手引書は、認定医療法人に対する税制措置として3つを挙げています。
1つ目は、出資者の相続人に対する相続税の納税猶予と免除です。国税庁 No.4150によると、相続人が持分を相続し、相続税の申告期限においてその法人が認定医療法人であれば、持分に対応する相続税の納税が、認定移行計画に記載された移行期限まで猶予されます。移行期限までに持分のすべてを放棄するなどすれば、届出により猶予税額の全部または一部が免除されます。
ここで要件になっているのは「相続税の申告期限において」認定医療法人であることです。厚生労働省の認定申請ページも、相続が発生した場合は相続税の申告期限、つまり相続の発生から10か月以内に認定を受ける必要があると案内しています。理屈の上では親の死亡後に申請しても間に合う可能性がありますが、移行計画の作成、社員総会の議決、運営要件の確認と書類の準備を10か月の中で終えるのは容易ではありません。遺産分割の協議と並行することになるため、生前に認定を受けておくほうが、継ぐ子にとっての負担ははるかに小さくなります。
2つ目は、出資者間のみなし贈与税の猶予と免除です。ある出資者が放棄して他の出資者の持分が増えた場合、その時点で法人が認定を受けていれば、増えた分にかかる贈与税が猶予され、その出資者も持分をすべて放棄すれば免除されます。
3つ目は、法人に対するみなし贈与税の非課税です。認定医療法人であれば、出資者の放棄で法人が受けた経済的利益に贈与税は課されません。厚生労働省のQ&Aによると、この措置は2017年10月から導入されたもので、資料ではこの導入以降に制度の活用件数が増えたとしています。
これとは別に、国税庁 No.4177は相続税の税額控除の特例を定めています。相続人が相続開始から申告期限までに持分の全部または一部を放棄した場合、放棄した分に相当する相続税額を控除するものです。この特例は、相続開始の時点で認定を受けていなくても、相続税の申告期限か2029年12月31日のいずれか早い日までに認定を受けた法人であれば対象になります。ただし、同じ期間に持分に基づく出資額に応じた払戻しを受けた場合は使えません。
制度を使わない移行との違い
持分なしへの移行は、認定制度を使わずに定款を変えて行うこともできます。ただ、手引書は、認定制度を使わない場合は、出資者との調整の段階や移行完了の時点で発生する相続税・贈与税について税制上の優遇を受けられないと説明しています。先ほどの3つの圧力が、そのまま残るということです。
一方、認定制度を使えば、移行後6年間の運営要件を守る必要があります。手引書は運営要件として、法人関係者に特別の利益を与えないこと、役員報酬が不当に高額にならないような支給基準を定めること、社会保険診療等に係る収入が医療保健業務の収入の80%を超えること、医業収入が医業費用の150%以内であることなど、9項目を挙げています。
親族への役員報酬の水準、法人の財産の私的な利用、自費診療の比率などが、認定の可否に直接関わってきます。たとえば役員の退職金についても、不当に高額にならないよう上限を定めた規程の整備が求められます。親の退職金で持分の評価額を下げる対策を考えている場合は、この要件と両立するかを先に確認する必要があります。退職金の課税の仕組みは医師の退職金の税金計算の記事で扱っています。
移行の過程で払戻しが発生し資金が必要になった場合には、手引書によると、独立行政法人福祉医療機構の経営安定化資金の貸付を受けられます。
子の医師が親と話し合っておくこと
持分の問題は、親が元気なうちにしか打てない手が多くあります。相続が起きてからでは、申告期限の10か月の中で、評価、遺産分割、認定申請、放棄の判断を同時に進めることになります。
1つ目は、定款の確認です。払戻しと残余財産の規定、そして社員の退社事由がどう書かれているかを見ます。定款で社員の死亡が退社事由とされていれば、相続の時点で払戻しの問題が具体化します。
2つ目は出資者名簿です。親以外に、親の兄弟、祖父母の代からの出資者、親の配偶者などが持分を持っていることがあります。出資者が多いほど、放棄や払戻しの調整は難しくなります。
3つ目は、直近の決算書から持分の概算評価を出してみることです。数億円単位になるのか、数千万円で収まるのかで、打つべき手が変わります。
4つ目は、継ぐ子が社員になっているかどうかです。持分と議決権は別ですから、経営を継ぐには社員として法人に入っておくことが前提になります。
5つ目は、医業を継がない兄弟姉妹の意向です。払戻請求が出るかどうかは、遺言や遺産分割の方針で大きく変わります。持分以外の財産でどう調整するかも含めて、家族で話しておく価値があります。
6つ目は、認定申請を検討するかどうかです。申請には社員総会での議決、移行計画の作成、運営要件の確認書類の準備が必要で、思い立ってすぐに出せるものではありません。期限の2029年12月31日から逆算して、いつ動くかを親と決めておきます。
法人の資金繰りや、継承に合わせた借入れの考え方は、クリニック開業資金の借り方の記事も参考になります。
まとめ
出資持分のある医療法人を子の医師が継ぐとき、問題は大きく3つに集約されます。持分が配当禁止のもとで積み上がった純資産を反映して高く評価され、相続税が重くなること。相続人から払戻しを求められれば、法人の資金が流出すること。持分を放棄すれば、他の出資者や法人に贈与税がかかりうること。
これを解く仕組みとして、認定医療法人制度があります。移行計画について厚生労働大臣の認定を受ければ、相続税の納税猶予・免除や税額控除、出資者間の贈与税の猶予、法人へのみなし贈与税の非課税が使えます。認定の期限は現行法で2029年12月31日、移行は認定日から5年以内、移行後6年間は運営要件の維持が必要です。
まず定款を読み、持分の有無と評価額の規模をつかむところから始めてください。その上で、認定制度を使うか、使うならいつかを、相続税に詳しい税理士、医療法人に詳しい専門家、所管の厚生局と相談しながら決めていくことになります。
参考資料
- 医療法第44条・第46条の3の3・第54条、良質な医療を提供する体制の確立を図るための医療法等の一部を改正する法律(平成18年法律第84号)附則第10条〜第10条の9(e-Gov法令検索)
- 厚生労働省「持分の定めのない医療法人への移行計画の認定申請について」(2026年9月15日更新)
- 厚生労働省医政局「『持分なし医療法人』への移行に関する手引書 ~移行促進税制を中心として~」令和8年3月改訂
- 厚生労働省医政局「持分の定めのない医療法人への移行計画認定制度Q&A」令和8年8月改訂
- 厚生労働省医政局「認定医療法人制度の延長等について」第113回社会保障審議会医療部会 資料3(2024年11月28日)
- 国税庁 タックスアンサー No.4150「医療法人の持分についての相続税の納税猶予の特例」、No.4177「医療法人の持分についての相続税の税額控除の特例」、No.4155「相続税の税率」
- 国税庁 財産評価基本通達194-2「医療法人の出資の評価」
- 国税庁 質疑応答事例「医療法人の出資を類似業種比準方式により評価する場合の業種目の判定等」
