紹介会社経由で採用した医師が、数か月で退職する。手数料は数百万円単位で支払済み。そのとき事務長の手元にあるのは、契約時に受け取った手数料表と、細かい字の「返戻金規定」だけ、という病院は少なくありません。この記事は病院の事務長・人事担当の方に向けて、紹介会社と契約する前に確認すべき公開情報、返戻金規定の読み方、早期退職が起きたときの請求手順、そして厚生労働省の「適正な有料職業紹介事業者の認定制度」の使い方を整理したものです。根拠は、職業安定法とその施行規則(以下「規則」)の条文、厚生労働省と認定制度事務局の公表資料です。条文はe-Gov法令APIで、2026年10月20日時点の内容を確認しました。個別の紹介会社名や個別の料率は扱いません。
先に答え: 返戻金制度は「明示と公開」が義務、制度の設置そのものは任意
最初に、法律が紹介会社に何を求めているかを整理します。ここを取り違えると、交渉の足場を失います。
1つめは、手数料の根拠です。職業安定法第32条の3第1項は、有料職業紹介事業者が手数料を受け取れる場合を2つに限っています。厚生労働省令で定める種類・額の手数料(いわゆる上限制)と、あらかじめ厚生労働大臣に届け出た手数料表に基づく手数料(いわゆる届出制)です。同条第2項で、求職者である医師からは原則として手数料を取れません。病院が払う手数料は、必ずどちらかの根拠に乗っているはずです。
2つめは、明示義務です。同法第32条の13は、手数料に関する事項などを、求人者と求職者に「明示しなければならない」と定めています。義務規定です。明示すべき事項は規則第24条の5第1項が定めていて、第2号に「返戻金制度」に関する事項が入っています。規則は返戻金制度を、紹介で就職した人が早期に離職した場合などに、雇用主から徴収すべき手数料の全部または一部を返戻する制度、と定義しています。
3つめは、公開義務です。規則第24条の5第4項は、手数料表と返戻金制度を記載した書面などを、事業所内の掲示やインターネットなどで情報提供しなければならないと定めています。さらに同法第32条の16第3項と規則第24条の8第3項が、就職者数、6か月以内の離職者数、手数料、返戻金制度などをインターネットで公開することを義務づけています。この公開先が、厚生労働省の「人材サービス総合サイト」です。
一方で、返戻金制度を設けること自体は、法律上の義務ではありません。厚生労働省の資料(労働力需給制度部会 第365回 参考資料、令和6年1月26日)は、紹介事業者の遵守事項として「職業紹介手数料の返戻金制度の勧奨」と書いています。勧奨、つまり設けるよう勧めている段階です。義務になっているのは、設けているならその内容を明示し、公開することです。
| 項目 | 法的な位置づけ | 根拠 |
|---|---|---|
| 手数料は上限制か届出制に限る | 義務(禁止規定) | 法32条の3第1項 |
| 手数料・返戻金制度の明示 | 義務 | 法32条の13、規則24条の5第1項 |
| 手数料表・返戻金書面の情報提供 | 義務 | 規則24条の5第4項 |
| 離職状況・手数料・返戻金のネット公開 | 義務 | 法32条の16第3項、規則24条の8第3項 |
| 返戻金制度を設けること | 勧奨(法的義務ではない) | 厚労省資料 |
| 6か月以内離職時の返戻金制度 | 適正認定の必須基準 | 認定基準(令和6年度〜) |
つまり、返戻金の有無と中身は、法律ではなく契約で決まります。病院側の防御策は、契約前に条件を比べ、契約書に落とし、退職が起きたら書面で請求することです。
契約前に「人材サービス総合サイト」で確認する公開項目
人材サービス総合サイトは、厚生労働省が運営する、国内の職業紹介事業者の情報を検索できるサイトです。厚生労働省のリーフレット「医療・介護・保育分野の人手確保のために有料職業紹介事業者を利用される求人事業主の皆さまへ」は、ここで就職者数、採用後6か月以内の離職者数、紹介手数料の実績、返戻金制度の有無・内容などを確認できると案内しています。
規則第24条の8第3項が公開を求める項目は、次の5つです。
- 紹介で就職した人の数と、そのうち期間の定めのない労働契約(無期雇用)を結んだ人の数
- 無期雇用就職者のうち、離職した人の数(解雇による離職と、就職から6月経過後の離職を除く)
- 無期雇用就職者のうち、上の2に該当するか明らかでない人の数
- 手数料に関する事項(取扱職種ごとの常用就職1件あたりの平均手数料率の実績を含む)
- 返戻金制度に関する事項
1から3は過去の年度ごとの総数、4と5はその時点の情報です。リーフレットは、令和7年4月1日以降、職種ごとの平均手数料率などの実績の掲載が義務になったと案内しています。ただし対象は各事業者の取扱上位5職種に限られ、常用就職の紹介実績が10件以下の職種は掲載対象外です。医師の件数が少ない事業者では、医師の料率が出てこないこともあります。
見るべき3つの数字
1つめは、無期雇用就職者に対する6か月以内離職者の割合です。自院の採用規模に近い事業者で比べます。
2つめは、「判明せず」の人数です。離職したかどうか分からない人が多い事業者は、離職率が低く見えている可能性があります。令和5年6月16日閣議決定の規制改革実施計画は、この欄に多数を計上している事業者がいることを指摘し、追跡調査の徹底と、離職者数の公表期間を2年から5年へ延ばすことを求めています。規則第24条の8第5項は、紹介事業者に雇用主への調査を義務づけています。病院に紹介会社から在籍確認の問い合わせが来るのは、このためです。
3つめは、医師の平均手数料率の実績です。平均手数料率は、規則上、手数料の合算額を、就職した人に1年間に支払われる見込みの賃金額で割ったものです。提示された料率が、その事業者自身の実績と大きく違わないかを確かめます。
公的統計で見る医師の手数料と離職率
自院の条件が相場からどれくらい離れているかは、厚生労働省の公表統計で確かめられます。厚生労働省は規制改革実施計画を受けて、職業紹介事業報告をもとに、医療・介護・保育分野の地域ブロック別の職種別平均手数料と離職率を公表しています。
最新の資料「地域ブロック別の職種別平均手数料額・分布について」によると、令和6年度実績の医師の平均手数料額は全国で107万8千円です。ブロック別では南関東が152万円で最も高く、近畿が43万8千円で最も低くなっています。看護は72万5千円、保育は66万8千円、介護は59万7千円でした。この額は常用就職(無期雇用または4か月以上の期間を定めた雇用)の件数と手数料総額から算出した平均で、短期の雇用も含みます。また、紹介事業所の所在地で集計しており、求人施設の所在地ではありません。常勤医1人の手数料として受け止める際は、この点を割り引いて読む必要があります。
離職率は、別資料「地域ブロック別の職種別離職率について」が令和5年度実績を公表しています。無期雇用で就職した人のうち6か月以内に離職した割合は、医師が全国4.8%(判明せず0.1%)でした。看護12.9%、保育14.5%、介護19.9%と比べると、医師の早期離職率は低い水準です。ただし四国ブロックは16.4%で、地域差があります。
医師の早期離職率が平均で5%弱だとしても、1件の手数料が大きいため、起きたときの損失は大きくなります。手数料の相場観や交渉の考え方は「医師紹介手数料の相場」に、紹介会社の選び方全体は「病院が医師紹介会社を選ぶ基準」にまとめています。
返戻金規定の読み方: 6つの論点
返戻金規定は、事業者ごとに書き方が違います。法令は「返戻金制度に関する事項」の明示を求めていますが、返戻率や期間の水準は定めていません。契約前に次の6点を読み、曖昧な箇所は書面で確認します。
1. 対象期間と起算日
「入職後○か月以内」の起算日が、入職日なのか、雇用契約日なのか、初回給与支払日なのかを確認します。医師は着任日と雇用契約の始期がずれることがあります。起算日が曖昧だと、境目の月で争いになります。
2. 返戻率の段階
在籍月数に応じて返戻率が下がる段階制が多く見られます。認定制度の基準でも、返戻金制度の具体的な内容の例として「在籍月数と返金率、返戻する場合の条件等」が挙がっています。月単位の区切りか、日割りかも確認します。
3. 返戻の対象となる離職事由
規則の定義は「早期に離職したことその他これに準ずる事由」です。実際の規定では、自己都合退職だけを対象とし、病院側の解雇や雇止め、病院の責めに帰すべき事由による退職を除外する例があります。除外事由の書き方が広すぎないかを見ます。医師の場合、医局人事による異動が自己都合として扱われるかも論点になります。
4. 入職前辞退の扱い
内定承諾後、着任前に辞退された場合の扱いです。手数料の請求時期が入職前に設定されている契約では、返金の条項がないと回収できません。規則別表の上限制の手数料では、雇用関係が成立しなかった場合の精算の措置を約して前受けする方式が定められています。届出制でも同じ考え方の条項があるかを確認します。
5. 通知期限と手続き
「退職の事実を知った日から○日以内に書面で通知」といった期限がある場合、期限を過ぎると返戻を受けられない設計になっていることがあります。誰が、いつ、どの方法で通知するかを院内で決めておきます。
6. 返戻の方法
現金で返金か、次回紹介の手数料と相殺するか、代替候補者の紹介で代えるかです。代替紹介のみの規定だと、別の採用経路で後任が決まった場合に何も戻らないことがあります。
契約書に落とすときの注意
手数料表と返戻金規定は、明示された書面と契約書の内容が一致しているかを確認します。明示は求人の申込みを受理した後速やかに、書面の交付などで行うことになっています(規則第24条の5第2項)。口頭の説明だけで済まされた条件は、契約書に書き込んでもらいます。
手数料の計算基礎も同時に確認する
返戻額は、払った手数料に返戻率を掛けて決まることが多いため、手数料そのものの計算基礎も確認しておきます。上限制の場合、規則別表は紹介手数料の最高額を、支払われた賃金額の100分の11(免税事業者は100分の10.3)としています。同一の者に6か月を超えて雇用された場合は、6か月間の賃金が基礎になります。無期雇用で6か月を超える場合は、臨時の賃金などを除いた額の100分の14.8(免税事業者は100分の13.9)との比較で大きい方が上限です。「年収の○%」のように、この上限と異なる料率が契約書に書かれている場合、その根拠は届出制の手数料表です。契約前に、どちらの方式かを紹介会社に確認しておくと話が早くなります。
届出制の場合に確認したいのは、分母になる年収の範囲です。基本給だけか、当直手当や賞与の見込みまで含むか。非常勤の外勤分は入るか。分母の定義が広いほど手数料は大きくなり、それに連動して返戻額の計算も変わります。人材サービス総合サイトの平均手数料率も、規則上は1年間に支払われる見込みの賃金額を分母にしています。提示料率を比べるときは、分母がそろっているかを確かめてください。
早期退職が起きたときの請求手順
退職の申出があった時点から動きます。手順は5段階です。
ステップ1: 事実と日付を確定する
退職の申出日、最終出勤日、退職日を記録します。返戻率の段階は在籍期間で決まるため、日付が一番の争点になります。辞令、雇用契約書、退職届の写しを1つのファイルにまとめます。
ステップ2: 契約上の返戻条件に当てはめる
起算日、対象期間、返戻率、除外事由、通知期限を契約書と照合します。除外事由にあたる余地がある場合は、退職理由の記録が重要です。退職届の理由欄、面談記録など、病院側の事情による退職ではないことを示す資料をそろえます。
ステップ3: 書面で通知・請求する
通知期限の内に、書面またはメールで、対象者、在籍期間、該当する条項、請求額、振込先、回答期限を明記して請求します。電話だけで済ませると、通知の有無が争いになります。
ステップ4: 応じない場合の相談先
返戻金は契約上の債権です。紹介会社が応じない場合の最終的な解決は、民事上の請求になります。そのうえで行政に相談できる窓口があります。厚生労働省は令和5年2月1日から、都道府県労働局に「『医療・介護・保育』求人者向け特別相談窓口」を設けています。窓口は、寄せられた情報をもとに手数料の明示義務違反などがないかを把握し、必要な対応を行うとしています。返戻金規定の明示がなかった、説明と契約内容が違う、といった事情は、明示義務の問題として相談できます。
ステップ5: 紹介会社の行為に問題がないか確認する
医師が退職後、同じ紹介会社経由で他院に移っていないかも確認します。厚生労働省の資料によると、職業安定法に基づく指針(平成11年労働省告示第141号)は、紹介事業者が自らの紹介で無期雇用で就職した人に対し、就職後2年間、転職を勧奨することを禁じています。いわゆる「お祝い金」など、社会通念上相当な程度を超えて金銭等を提供して転職を勧めることも禁じられています。疑わしい事情があれば、特別相談窓口に情報を提供します。厚生労働省は令和5年度に、医療・介護・保育分野の紹介事業者に対する集中的指導監督を実施し、2年間の転職勧奨禁止やお祝い金の提供禁止も確認事項にしています。
適正事業者認定を選定基準に使う
返戻金制度の設置が法的義務でない以上、制度のある事業者を選ぶことが、病院側の一番の予防策です。そこで使えるのが「医療・介護・保育分野における適正な有料職業紹介事業者の認定制度」です。
制度の中身
認定制度は厚生労働省の委託事業として運営されています。認定制度の特設サイトによると、法令遵守を含めて必ず満たす「必須基準」と、より良いサービスのために望ましい「基本基準」に分かれます。必須基準はすべて、基本基準は7割程度をクリアすることが要件です。特設サイトは基準の例として、お祝い金を支給しないといった法令遵守に加え、取扱職種別に手数料を公表していること、転職活動をみだりに助長するような不適切な広告表現・広報活動を行っていないことなどを挙げています。
返戻金については、令和6年度から認定基準が改正されました。厚生労働省の資料「認定基準見直しについて」によると、改正後の必須基準は「求職者が就職後6ヶ月以内に離職した場合の返戻金制度を設けていること」と、その具体的な内容を明示していることです。令和5年度までは返戻金制度を設けていれば足り、期間の定めはありませんでした。なお、令和5年度までに認定を受けた事業者は、次の認定更新時から改正基準が適用される経過措置があります。認定の有効期間は3年です。
申請要件として、申請分野の施設に、少なくとも1つの対象職種で、過去2年度連続、年間5件以上の無期雇用の紹介実績が必要です。医療分野の対象職種には医師が含まれます。
病院側の使い方
使い方は3つです。
1つめは、候補の絞り込みです。特設サイトの「認定事業者一覧」で、認定を受けている事業者と分野を確認できます。医療分野で認定を受けているかを見ます。
2つめは、条件交渉の基準線にすることです。認定事業者の必須基準が「6か月以内離職の返戻金制度」なら、非認定の事業者に同等の条件を求めるのは無理な要求ではありません。
3つめは、認定事業者を使ってもトラブルが起きた場合の連絡です。特設サイトには苦情相談の窓口があり、認定事業者への求人者の評価を年1回の顧客推奨度調査で集める仕組みもあります。
もう1点、事務部門が押さえておきたい動きがあります。認定制度の特設サイトは、令和8年6月以降、ハローワーク、無料職業紹介事業者、適正認定事業者の活用などで平時から職員確保に取り組んでいるのに、突発的な事情で一時的に配置基準を満たさなくなった場合、届出や減算が猶予されることになったと告知しています。対象となる施設類型や要件の詳細は、同サイト掲載のリーフレットで確認してください。認定事業者を使っていることが、採用活動の記録として意味を持つ場面が出てきています。
返戻金に頼らない採用設計
返戻金は損失の一部を戻す仕組みにすぎません。戻るのは手数料の一部で、欠員の期間、再募集の手間、残った医師の負担は戻りません。採用コスト全体の見方は「医師採用コストの構造」で、早期離職そのものを減らす取り組みは「病院が医師の定着率を上げる方法」で整理しています。
紹介会社以外の経路も並行して持っておくと、交渉力が上がります。厚生労働省は主要なハローワークに「人材確保対策コーナー」を設けており、令和6年1月の資料では全国115か所としています。医師の採用でどこまで使えるかは地域差がありますが、無料の経路があること自体が、手数料条件の比較材料になります。
まとめ: 契約前と退職時のチェックリスト
最後に、事務部門で使えるチェックリストにまとめます。
契約前
- 人材サービス総合サイトで、無期雇用就職者数と6か月以内離職者数を確認した
- 「判明せず」の人数が多すぎないか確認した
- 医師の平均手数料率の実績を確認し、提示料率と比べた
- 厚労省公表の地域ブロック別平均手数料額と比べた
- 返戻金制度の有無と内容が書面で明示されている
- 起算日、対象期間、返戻率の段階、除外事由、通知期限、返戻方法が契約書に書かれている
- 入職前辞退の扱いが書かれている
- 医療分野の適正認定事業者かどうかを確認した
早期退職が起きたとき
- 退職申出日、最終出勤日、退職日を記録した
- 契約の返戻条件に当てはめ、請求額を計算した
- 通知期限内に書面で請求した
- 応じない場合や明示に問題があった場合、都道府県労働局の特別相談窓口に相談する
- 退職後の転職に紹介会社の勧奨やお祝い金が関わっていないか確認した
返戻金の条件は、契約を結ぶ前にしか交渉できません。次に紹介会社と契約を更新する前に、手元の契約書を上のリストで一度読み直してください。
参考資料
- 職業安定法 第32条の3、第32条の13、第32条の16(e-Gov法令API、2026年10月20日確認)
- 職業安定法施行規則 第20条・別表、第24条の5、第24条の8(e-Gov法令API、2026年10月20日確認)
- 厚生労働省 労働力需給制度部会(第365回)参考資料「医療・介護・保育分野における職業紹介事業について」令和6年1月26日
- 厚生労働省「『医療・介護・保育分野における適正な有料職業紹介事業者の認定制度』の認定基準見直しについて」
- 厚生労働省・都道府県労働局 リーフレット「医療・介護・保育分野の人手確保のために有料職業紹介事業者を利用される求人事業主の皆さまへ」
- 厚生労働省「地域ブロック別の職種別平均手数料額・分布について」(令和6年度実績)、「地域ブロック別の職種別離職率について」(令和5年度実績)
- 医療・介護・保育分野における適正な有料職業紹介事業者の認定制度 特設サイト(一般社団法人日本人材紹介事業協会)
