医師の年次有給休暇は「取りたくても取れない」と語られがちですが、病院側から見れば、年5日を取得させることは労働基準法上の使用者の義務です。医師本人が休まないと言っても、義務を負うのは病院です。この記事は、病院の事務長・人事担当の方に向けて、医師の年5日取得義務を「対象医師の抽出→基準日の管理→時季指定→年次有給休暇管理簿→計画的付与」の順で整理したものです。根拠は労働基準法第39条・第89条・第119条〜第121条と労働基準法施行規則第24条の3〜第24条の7(いずれもe-Gov法令APIで2026年10月21日に条文を確認)、厚生労働省のパンフレット「年5日の年次有給休暇の確実な取得 わかりやすい解説」です。医師本人の立場からの取得の工夫は、別記事「医師が有給休暇を取れない理由と取り方」で扱っています。
先に答え: 10日以上付与した医師ごとに、1年で5日を「実際に」取らせる
条文から確認します。労働基準法第39条第7項本文は、次のように定めています。
「使用者は、第一項から第三項までの規定による有給休暇(これらの規定により使用者が与えなければならない有給休暇の日数が十労働日以上である労働者に係るものに限る。以下この項及び次項において同じ。)の日数のうち五日については、基準日(継続勤務した期間を六箇月経過日から一年ごとに区分した各期間(最後に一年未満の期間を生じたときは、当該期間)の初日をいう。以下この項において同じ。)から一年以内の期間に、労働者ごとにその時季を定めることにより与えなければならない。」
ここから病院の実務に必要な要素を取り出すと、次の4点です。
- 対象は、法定の付与日数が10労働日以上の医師(前年からの繰越分は数えない)
- 期間は、医師ごとの基準日から1年以内
- 日数は5日で、医師本人が請求して取った日数と計画的付与の日数は差し引ける(第39条第8項)
- 違反すると、第120条により30万円以下の罰金
4点目について、厚労省のパンフレットは「罰則による違反は、対象となる労働者1人につき1罪として取り扱われます」と書いています。勤務医が50人いて全員が5日未満なら、理屈の上では50罪です。同じ箇所には、監督指導では「原則としてその是正に向けて丁寧に指導」するという方針も書かれています。いきなり送検されるのが通常の流れではありませんが、是正勧告を受けた後も改まらなければ別の話になります。
もう一つ大事なのは、時季を指定しただけでは足りないという点です。同パンフレットのQ&Aは、指定しただけでは足りず「実際に基準日から1年以内に年次有給休暇を5日取得していなければ、法違反として取り扱う」と答えています。医師が指定日に自分の判断で出勤し、病院がその労働を受け取った場合も、取得したことにはならず法違反を問われる、とされています。「外来があるから」と指定日に出てきた医師を黙って働かせると、病院側の違反になります。
段階1 対象医師の抽出: 「10日以上付与」で線を引く
常勤医は原則として全員が対象
常勤医は、雇入れから6か月継続勤務し、全労働日の8割以上出勤すれば10労働日が付与されます(第39条第1項)。その後は継続勤務年数に応じて11日、12日、14日、16日、18日、20日と増えます(同条第2項)。したがって、入職後6か月を過ぎた常勤医は、原則として全員が年5日の対象です。
厚労省のパンフレットは、対象労働者に「管理監督者や有期雇用労働者も含まれます」と明記しています。労働基準法第41条は管理監督者を労働時間・休憩・休日の規定の適用から外していますが、年次有給休暇は「休日」ではないため、適用除外になりません。部長・診療科長を管理監督者として扱っている病院でも、部長の年5日は管理する必要があります。1年契約を更新している医師、専攻医、初期研修医も、雇用契約を結んでいる労働者である限り同じです。
非常勤医は「週の所定労働時間と日数」で判定する
外来だけを担当する非常勤医は、比例付与の対象かどうかで結論が変わります。第39条第3項と施行規則第24条の3によれば、比例付与になるのは、週の所定労働時間が30時間未満で、かつ週の所定労働日数が4日以下(または年間の所定労働日数が216日以下)の労働者です。週30時間以上なら、週4日勤務でも常勤と同じ日数が付与されます。
比例付与の日数は施行規則第24条の3の表で決まっています。年5日の対象になる「10日以上」に届くかどうかを、表から抜き出すと次のとおりです。
| 週所定労働日数 | 6か月 | 3年6か月 | 5年6か月 | 6年6か月以上 | 10日に届く時点 |
|---|---|---|---|---|---|
| 4日 | 7日 | 10日 | 13日 | 15日 | 3年6か月 |
| 3日 | 5日 | 8日 | 10日 | 11日 | 5年6か月 |
| 2日 | 3日 | 5日 | 6日 | 7日 | 届かない |
| 1日 | 1日 | 2日 | 3日 | 3日 | 届かない |
週1日だけ外来に来る非常勤医は、何年勤めても法定付与は3日で、年5日の対象になりません。一方、週3日勤務を5年半続けた非常勤医は10日に達し、その年から対象に入ります。勤続年数で途中から対象になるため、毎年の付与日に機械的に判定しないと漏れます。
厚労省のQ&Aによれば、繰越分を足して10日を超えても対象にはなりません。判定は「当年度に付与される法定の日数」で行います。
兼業先・医局派遣との関係
大学医局からの派遣で常勤として雇用している医師は、雇用契約を結んでいる病院が使用者です。Q&Aは出向について、移籍出向なら出向先で10日以上付与された日から1年間に5日の時季指定を行う必要があるとし、在籍出向なら出向元・出向先・本人の取決めによるとしています。医局人事で毎年4月に入れ替わる医師については、雇用契約の形を確認したうえで、どちらが5日を管理するかを書面で決めておくのが安全です。外勤先の労働時間の通算については「兼業医師の労働時間管理」で整理しています。
段階2 基準日の管理: 医師ごとにずれる期限をそろえる
入職日がばらばらな医師は、期限もばらばら
基準日とは、10日以上の年休を付与した日です。法定どおりなら入職日から6か月後になります。病院の医師は、4月の一斉入職のほか、年度途中の中途採用、医局人事による10月交代など入職日が分散しやすい職種です。基準日が人ごとに違えば、「誰がいつまでに5日を取らなければならないか」も人ごとに違います。
厚労省のパンフレットは、管理を簡単にする方法として、基準日を年度始め(4月1日)などに統一する方法と、同じ月に入職した人の基準日を月初に統一する方法を示しています。
前倒し付与をしたときの注意
入職日に10日を前倒しで付与した場合、その付与日から1年以内に5日を取らせる義務が生じます(第39条第7項ただし書、施行規則第24条の5第1項)。法定の基準日(入職6か月後)を待つ必要はありません。
基準日を統一する過程で、1年目の基準日と2年目の基準日が近くなり、5日を取らせる期間が重なることがあります。この場合、施行規則第24条の5第2項により、期間全体の月数を12で割って5を掛けた日数を、その期間中に取らせる方法も認められます。パンフレットの例では、2019年10月1日から2021年3月31日までの18か月で「18÷12×5」の7.5日です。半日単位の取得を認めない場合は8日以上が必要です。
| 入職 | 1年目の基準日 | 2年目以降の基準日 | 重なる期間 | 按分後の日数 |
|---|---|---|---|---|
| 4月1日 | 10月1日(10日付与) | 翌年4月1日に統一 | 10月1日〜翌々年3月31日(18か月) | 7.5日以上 |
基準日を前倒しする変更は、医師にとって不利益にはなりません。ただし、いったん初年度を前倒しにした場合、次年度以降の付与日も同じかそれ以上前倒しにする必要があると、パンフレットは補足しています。就業規則の付与日の規定と合わせて変更してください。
段階3 時季指定の手順: 意見を聴き、就業規則に書く
指定の前に必ず意見を聴く
施行規則第24条の6第1項は、病院が時季を指定するときは、あらかじめ年休を与えることを医師本人に明らかにしたうえで、「その時季について当該労働者の意見を聴かなければならない」と定めています。こちらは義務です。続く第2項は、聴いた意見を「尊重するよう努めなければならない」と定めており、こちらは努力義務です。意見を聴くことは省けず、希望どおりの日にすることまでは義務ではない、という構造です。
意見の聴き方について、パンフレットは面談、年次有給休暇取得計画表、メール、システムなど「任意の方法」でよいとしています。医局会や診療科ごとの勤務表作成の場で希望日を集める方法でも構いません。記録を残すために、メールか勤怠システムで聴取するのが実務的です。
指定のタイミングは「基準日」と「半年後」の2回
パンフレットが勧めるのは、次の組み合わせです。
- 過去の取得実績が著しく少ない医師には、基準日の時点で時季を指定し、1年間の取得予定を組む
- それ以外の医師は、基準日から半年経過した時点で取得日数が5日未満の人を抽出し、残り半年で不足分を指定する
既に5日以上取得している医師に対しては、病院は時季指定をする必要がなく、指定することもできません。医師の自主的な取得を妨げない順序にしておくと、指定の対象者は毎年自然に絞られます。
半日単位はカウントできる、時間単位はカウントできない
医師から半日単位での取得を希望された場合、0.5日として5日から差し引けます。一方、時間単位年休(第39条第4項)は、医師が自ら取得しても5日から控除できないとQ&Aは明記しています。午後の半日休を2回取れば1日ですが、学会発表のために2時間抜けた分は何回重ねても年5日には入りません。時間単位年休を導入している病院は、勤怠集計で「日・半日」と「時間単位」を分けて数える必要があります。
病院独自の夏季休暇などの特別休暇も、控除できません。特別休暇を廃止して年休に振り替える対応は、パンフレットが「法改正の趣旨に沿わない」としており、就業規則の不利益変更の問題にもなります。
就業規則に書かないと別の違反になる
休暇に関する事項は就業規則の必要記載事項です(第89条第1号)。病院が時季指定を行う場合は、対象となる労働者の範囲と指定の方法を就業規則に書く必要があり、書かずに指定すると第89条違反として、こちらも第120条で30万円以下の罰金の対象になります。常時10人以上の労働者を使用する事業場が対象ですが、病院でこれを下回るところはまずありません。パンフレットには規定例が載っており、「会社が労働者の意見を聴取し、その意見を尊重した上で、あらかじめ時季を指定して取得させる」旨と、本人が取得した日数を5日から控除する旨を定めています。
段階4 年次有給休暇管理簿: 3つの項目を医師ごとに
記載する項目は「時季・日数・基準日」
施行規則第24条の7は、病院が年休を与えたときは、「時季、日数及び基準日(第一基準日及び第二基準日を含む。)を労働者ごとに明らかにした書類」を作成し保存するよう定めています。この書類が年次有給休暇管理簿です。時季とは取得した日付、日数とは基準日から1年以内に取得した日数です。基準日が2つある医師(前倒し付与で期間が重なる場合)は、2つとも書きます。
管理簿は労働者名簿や賃金台帳と合わせて作ってもよく、必要なときにいつでも出力できる仕組みであれば勤怠システム上の管理でも差し支えない、とパンフレットは説明しています。新たに紙の台帳を作る必要はありません。
保存期間は、条文上は5年、当分の間は3年
保存期間には注意が要ります。施行規則第24条の7の本文は、年休を与えた期間中と、その期間の満了後「五年間」の保存を求めています。ただし同規則の附則第71条が、当分の間、第24条の7の「五年間」を「三年間」と読み替えています。現時点の実務は「期間満了後3年間」ですが、本則は5年です。2019年のパンフレットは3年とだけ書いているので、規程を作るときは本則と経過措置の両方を確認してください。システムの保存設定は、将来の経過措置終了を見越して5年にしておくのが安全です。
指定日を医師の希望で変更したときは、管理簿もその都度修正する必要があるとQ&Aは答えています。勤務表の差し替えと管理簿の更新を連動させておかないと、実績と記録がずれます。
管理簿の不備は監督指導で指摘されやすい
長崎労働局が2022年9月に公表した資料によれば、令和3年度に同局管内で監督指導を実施した1,539事業場のうち、年休の時季指定義務違反が認められたのは238事業場(15.5%)、年次有給休暇管理簿の作成・保存に関する違反は183事業場(11.9%)でした。同局は、労働時間に関する指摘に次いで時季指定義務違反が2番目に多いとしています。違反となった主な理由として挙げられたのは、法の不知、人手不足、そして「店長、チーフ、専門職など重要な職務」であることでした。医療機関に限った数字ではありませんが、「代わりのいない専門職だから休ませられない」という構造は病院の医師にそのまま当てはまります。
段階5 計画的付与: 当直・外来の体制と両立させる
5日を超える部分を、病院が計画的に割り振れる
第39条第6項は、労使協定を結べば、年休のうち5日を超える部分について、協定で定めた時季に与えることができるとしています。付与日数が11日の医師なら6日を計画的付与に回せ、5日は本人が自由に使える日として残ります。計画的付与で取得した日数は、第39条第8項により年5日に数えられます。
計画的付与には、事業場全体の一斉付与、班・グループ別の交替制付与、計画表による個人別付与の3方式があると、パンフレットは紹介しています。病院は外来・病棟・救急を止められないため、全館一斉は現実的ではありません。向いているのは次の2つです。
- 診療科ごとの交替制付与: 診療科内を2〜3班に分け、夏季や年末年始の前後に班ごとに計画年休を割り当てる。当直表を組む段階で、同じ週に休む医師の数を固定できる
- 個人別付与: 基準日に医師ごとの計画表を作り、学会・研修日程と重ならない日を本人と調整して割り当てる
どちらも、労使協定に対象者・日数・具体的な付与日(または計画表で決める時期と手続)を定める必要があります。厚労省の令和7年就労条件総合調査では、計画的付与制度がある企業は40.8%で、計画的付与日数は「5〜6日」の企業が71.6%と最も多くなっています(いずれも企業割合)。5日分を計画的付与で確保すれば、時季指定に頼る場面は大きく減ります。
指定日に休める体制を先に作る
計画年休や時季指定をしても、代わりの医師がいなければ、医師は指定日に出てきてしまいます。前述のとおり、それを受け取れば病院の違反です。休む日の外来は代診か休診に、当直は他の医師か外部の非常勤医で埋める必要があります。当直を外部医師で埋める場合の宿日直許可の扱いは「宿日直許可の申請実務」を参照してください。
年休を取らせない運用は、未払い残業代の問題とも根が同じです。勤務表に乗らない労働が多い職場は、年休の取得日にも働いてしまいます。「医師の未払い残業代と時効」も合わせて確認すると、勤怠管理の弱点がまとめて見えます。
医療・福祉の取得率と、罰則の全体像
参考までに、厚労省の令和7年就労条件総合調査によると、令和6年(または令和5会計年度)1年間の労働者1人平均の年休取得率は、全体で66.9%、医療・福祉で68.4%でした(付与17.7日、取得12.1日)。医療・福祉という産業区分には看護職や介護職も含まれ、医師だけの数字ではありません。病院全体の取得率が高くても、医師だけが5日に届いていないことはありえます。職種別に集計してください。
違反した場合の罰則は、条文ごとに次のように分かれます。
| 違反の内容 | 根拠 | 罰則 |
|---|---|---|
| 年5日を取得させなかった | 第39条第7項 | 第120条: 30万円以下の罰金 |
| 時季指定を就業規則に書かなかった | 第89条 | 第120条: 30万円以下の罰金 |
| 医師が請求した時季に年休を与えなかった(時季変更権の要件なし) | 第39条(第7項を除く) | 第119条: 6月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金 |
第119条は、2019年のパンフレットでは「懲役」と書かれていますが、刑法改正により現行の条文は「拘禁刑」です(e-Govの現行条文で確認)。また第121条の両罰規定により、事務長や院長など違反行為をした者に加えて、事業主である医療法人にも罰金刑が科されえます。違反の防止に必要な措置をしていた場合は事業主は罰せられない、というただし書がありますが、管理簿もない状態ではその主張は難しいでしょう。
医師が年休を取ったことを理由に賞与や手当を減らすことについては、第136条が「使用者は、第三十九条第一項から第四項までの規定による有給休暇を取得した労働者に対して、賃金の減額その他不利益な取扱いをしないようにしなければならない。」と定めています。この条文は罰則の付いた禁止規定ではなく、努力義務と解されています。ただ、精皆勤手当や賞与の算定で年休取得日を欠勤扱いにしないよう、厚労省はパンフレットで求めています。評価制度の設計時に確認してください。
まとめ: 来月の基準日から始める点検
年5日の取得義務は、仕組みさえ作れば毎年同じ手順で回せます。最初の1年は次の順で点検してください。
- 医師全員(非常勤を含む)の基準日と法定付与日数を一覧にし、10日以上の医師に印を付ける
- 就業規則に時季指定の対象範囲と方法が書かれているか確認する
- 基準日から半年の時点で、取得日数5日未満の医師を抽出し、意見を聴いて指定する
- 管理簿に時季・日数・基準日がそろっているか、保存設定が3年以上(できれば5年)か確認する
- 翌年度に向けて、診療科ごとの計画的付与の労使協定を検討する
最も難しいのは5番目の前提にある「医師が休んでも外来と当直が回る体制」です。そこは制度ではなく人員の問題になります。
参考資料
- 労働基準法(昭和22年法律第49号)第39条、第41条、第89条、第119条〜第121条、第136条(e-Gov法令API、2026年10月21日確認)
- 労働基準法施行規則 第24条の3〜第24条の7、附則第71条(e-Gov法令API、2026年10月21日確認)
- 厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署「年5日の年次有給休暇の確実な取得 わかりやすい解説」(2019年3月)
- 厚生労働省「令和7(2025)年就労条件総合調査 結果の概要」
- 長崎労働局「年次有給休暇の時季指定義務違反等の状況について」(令和4年9月12日)
- 厚生労働省 労働条件分科会資料「年次有給休暇制度の概要等」
