医師の採用にあたって、有料職業紹介事業者から提示された手数料が高いのか妥当なのか、判断材料がないまま契約している病院は少なくありません。提示された料率をそのまま受け入れるべきか、他の事業者と比べて交渉の余地があるのか、社内で説明を求められても答えに詰まるという声もよく聞かれます。相場が見えにくいのは、手数料率が事業者ごとの届出制で決まり、比較の物差しがこれまで公的に整備されていなかったためです。この記事では、職業安定法の条文と厚生労働省の公開データに基づいて、手数料の相場を作っている法律構造そのものを整理します。
医師紹介手数料の相場は年収の何%か
結論から述べます。厚生労働省が「人材サービス総合サイト」で公開している令和6年度実績によれば、医師の紹介における平均手数料率実績は22.0%です。手数料率を10%刻みのレンジで見ると、20.1〜30.0%の帯に該当する事業者が48.8%と最も多く、次いで10.1〜20.0%が43.5%を占めます。この2つの帯を合わせると92.3%に達し、医師紹介の手数料はほぼこの範囲に収まっているのが実態です。40.1%を超える事業者は統計上ほぼ存在せず、0.1〜10.0%の低料率帯もわずか0.6%にとどまります。
参考までに、全職種平均の手数料率実績は24.0%です。医師の22.0%はこれよりやや低い水準にあり、少なくとも令和6年度の実績を見る限り、医師紹介の手数料率が他職種と比べて突出して高いわけではありません。ただし、医師は年収水準そのものが高いため、料率が同水準でも実額は大きくなります。東京都病院協会が2022年度実績としてまとめた報告では、医師の平均手数料率22.7%に対し平均手数料額は335.9万円、看護師は平均手数料率20.1%に対し平均手数料額159.8万円と報告されており、料率の近さに反して実額には大きな差が生じています。
病床規模で見ても負担の大きさが分かります。日本医師会が2025年にまとめた緊急経営調査では、人材紹介手数料を支払っている病院の100床当たりの手数料は、令和5年度の654.8万円から令和6年度には706.6万円に増加し(前年比+7.9%)、特に医療法人では令和6年度の100床当たり平均が843.5万円に達しています。医師単体の料率だけでなく、紹介手数料全体が病院経営に占める負担は年々重くなっている点も押さえておく必要があります。
「相場」を一つの数字で語ろうとすると実態を見誤ります。以下では、この20〜30%という水準がどのような法律構造と業界慣行から生まれているのかを、条文に沿って解剖していきます。
採用コストの構造全体(求人広告費や自院の採用活動コストとの比較)については、別記事で扱っています。本記事は紹介手数料そのものの決まり方と法的根拠に絞って解説します。
なぜ病院だけが払うのか — 職業安定法32条の3の構造
医師紹介の手数料が病院側にのみ発生し、医師本人には一切請求されないのには法律上の理由があります。職業安定法第32条の3は、有料職業紹介事業者が徴収できる手数料について次のように定めています。
有料職業紹介事業者は、次に掲げる場合を除き、職業紹介に関し、いかなる名義でも、実費その他の手数料又は報酬を受けてはならない(同条第1項)。有料職業紹介事業者は、前項の規定にかかわらず、求職者からは手数料を徴収してはならない(同条第2項)。ただし、手数料を求職者から徴収することが当該求職者の利益のために必要であると認められるときとして厚生労働省令で定めるときは、同項各号に掲げる場合に限り、手数料を徴収することができる。
第2項が定める「求職者からの手数料徴収禁止」が原則であり、例外は俳優・モデル・調理師・科学技術者・経営管理者など、厚生労働省令で定められた一部の職種にのみ限定的に認められています。これらの例外職種でも、求職者の予定年収が一定額を超える場合に限って手数料を徴収できるなど、条件はさらに絞り込まれています。医師の一般的な転職・就職あっせんはこの例外に該当しないため、医師本人が紹介会社に手数料を支払うことはありません。裏を返せば、有料職業紹介という制度の収益構造は、最初から「求人者(病院)だけが費用を負担する」形で設計されているということです。医師にとって紹介サービスが無料に見えるのは業界努力の結果ではなく、法律上そう決められているからです。
この構造にはもう一つ関連する条文があります。職業安定法第32条の13は、有料職業紹介事業者に対し、取扱職種の範囲や手数料に関する事項などを「求人者及び求職者に対し、明示しなければならない」と定めています。日本医師会・四病院団体協議会が2026年3月に公表した報告書では、この明示義務が実務上は手数料表の提示にとどまり、求職者本人が病院側の負担額を具体的に理解する機会が乏しいという課題が指摘されています。求人者である病院にとっては、逆に言えば、契約前に手数料の仕組みを能動的に確認する責任が事実上こちら側に置かれているということでもあります。
誰が紹介事業を行えるのか — 許可基準というハードル
手数料の水準を考える前提として、有料職業紹介事業はそもそも誰でも営めるわけではない、という点も押さえておく価値があります。事業の許可を受けるには、禁錮以上の刑に処せられてから5年を経過していない場合など一定の欠格事由に該当しないことに加えて、財産的基礎の要件を満たす必要があります。具体的には、資産から負債を差し引いた基準資産額が事業所数×500万円以上であること、自己名義の現金・預金額が150万円に加えて事業所が1か所増えるごとに60万円を加算した額以上であることが求められます。
これに加えて、成年に達した後3年以上の職業経験を持ち、職業紹介責任者講習を修了した職業紹介責任者を事業所ごとに配置すること、個人情報適正管理規程を整備すること、事業に使用できる面積がおおむね20平方メートル以上あることなども許可基準に含まれます。許可申請そのものにも収入印紙5万円、登録免許税9万円の費用がかかります。こうした参入障壁は悪質な事業者を排除する目的で設けられているものですが、事業を継続するための固定費を一定水準確保できる料率設定が、届出制手数料の実務上の前提になっているとも言えます。手数料の高低を評価する際は、こうした制度上の土台があることも踏まえておくと交渉の論点整理がしやすくなります。
手数料率はどう決まるか — 上限制と届出制の2つの体系
「相場は年収の20〜30%」という数字を理解するには、手数料の設定方式が2種類あることを知っておく必要があります。
1つ目は上限制手数料です。職業安定法施行規則に基づき、厚生労働省令が上限額そのものを規定する方式で、支払われた賃金額の10.8%(免税事業者は10.3%)が上限とされています。同一の者を6か月を超えて雇用した場合は、6か月間の雇用に係る賃金の10.8%相当額、または期間の定めのない雇用契約で臨時に支払われる賃金等を除いた賃金の14.5%(免税事業者13.8%)相当額のいずれか大きい額が上限となります。この方式は行政への届出が不要な代わりに、料率の上限が法律で固定されています。
2つ目は届出制手数料です。事業者が自らの手数料表を作成し、厚生労働大臣に届け出ることで、上限制の枠を超えた料率を自由に設定できる方式です。実務上、医師紹介を含む人材紹介業界のほとんどの事業者はこちらを採用しています。前章で見た「20.1〜30.0%が48.8%で最多」という実績データは、この届出制手数料の集計結果です。上限制の10.8〜14.5%という水準と、届出制の実績値である20〜30%を比べると、届出制の方が2倍前後高い水準にあることが分かります。
つまり「相場」という言葉が指しているのは、法律が定めた上限ではなく、市場慣行として定着した届出制手数料の実績水準です。病院がある事業者から提示された料率を評価する際は、それが法定上限に収まっているかではなく、届出制の実績分布のどこに位置するかで見る必要があります。
なお、手数料の算出基準となる「賃金額」「予定年収」には、基本給に加えて諸手当や賞与見込みを年換算した金額が用いられるのが一般的です。人材サービス総合サイトの説明資料でも、平均手数料率は「求人者から徴収した手数料の総額」を「求職者の予定年収の総額」で割って算出するとされており、実際に支払われた賃金の実額ではなく、採用時点で見込んだ年収を基準にしている点が特徴です。同じ提示年収であっても、当直手当や住宅手当などの諸手当をどこまで年収に含めて計算するかで手数料の実額は変わり得るため、契約時にはどの範囲の金額を基準に料率を掛けているのかを確認しておく価値があります。
厚労省「人材サービス総合サイト」で確認できる実績データ
2025年4月から、有料職業紹介事業者には職種別の手数料率実績を「人材サービス総合サイト」に開示する義務が課されています。対象となるのは、常用就職(4か月以上の有期または無期雇用)の実績が多い上位5職種で、年間の常用就職件数が10件以下の職種は掲載を要しません。開示される平均手数料率は、取扱職種ごとに「求人者から徴収した手数料の総額(常用就職全件分)」を「求職者の予定年収の総額(常用就職全件分)」で割り、小数点第2位を四捨五入して算出したものです。
この制度によって、病院側は事業者を選ぶ前に、その事業者の職種別手数料実績・年間の就職者数・6か月以内の離職者数・適正認定事業者かどうかを、同一のサイト上で確認できるようになりました。都道府県・取扱職種・手数料率のレンジを入力して事業者を横断的に検索し、手数料実績率の高い順・低い順に並べ替えることも可能です。詳細情報を開くと、過去5年分の就職者数・離職者数の推移や、離職の有無が判明していない件数まで確認できるため、単年の実績だけでなく、その事業者が継続的にどの程度の定着支援を伴っているかを見る材料にもなります。
医師以外の職種と比べると、医師の手数料率実績の分布には特徴があります。
看護の手数料率実績は、20.1〜30.0%の帯に77.5%が集中しており、医師よりもばらつきが小さい構成になっています。一方、医師は10.1〜20.0%帯にも43.5%が分布しており、看護と比べるとやや低料率側に広がりのある構成です。手数料率の高低と6か月以内の離職率の関係については、厚生労働省の分析でも「手数料率実績の高低で離職率に大きな差は見られなかった」とされており、料率が高いことが必ずしもマッチングの質の高さを保証するものではない点は、事業者を選定する際に留意すべきところです。
同じ厚生労働省の集計を、令和4年度の常用就職実績があり手数料率実績を掲載している事業所単位(医師91事業所)で見た分布でも、医師の手数料率実績の平均値は21.5%、6か月以内の離職率の平均値は5.3%となっています。集計方法は異なるものの、前述の22.0%という職種別平均とおおむね整合的な水準であり、医師紹介の手数料率がおおむね20%台前半に収れんしていることが複数の集計から確認できます。
手数料をめぐる制度の変遷
現在参照できる相場データは、長年かけて積み上がってきた規制強化の結果として、比較的最近になって整備されたものです。背景には、紹介手数料の総額そのものが増加を続けてきたという事情があります。
厚生労働省「職業紹介事業報告書の集計結果」によれば、医師の紹介手数料総額は2019年度の211.9億円から2022年度には304.3億円まで増加した後、2023年度は247.6億円に減少しています。一方、同じ期間の看護職の手数料総額は378.7億円から579.9億円まで一貫して増え続けており、医療・介護・保育の3分野を合計すると2023年度の手数料総額は1,061.3億円に達しています。こうした費用負担の拡大を背景に、制度は段階的に強化されてきました。
上限制手数料の料率が定められたのは2014年4月です。その後、2018年1月の職業安定法施行規則改正で、早期離職時の返戻金制度を設けることが指針上望ましいとされ、2021年度には「医療・介護・保育分野における適正な有料職業紹介事業者の認定制度」が始まりました。2023年から2024年にかけて厚生労働省が実施した集中指導監督では、対象事業者の約6割で法令違反が指摘されており、これを受けて2025年1月には求職者への「お祝い金」提供や2年以内の転職勧奨の禁止が許可条件に加えられ、2025年4月から手数料実績と違約金規約の公表が義務化されました。つまり、今病院が参照できる「相場」の情報基盤は、ごく最近になってようやく整った制度だということです。
早期離職と返戻金制度
紹介された医師が早期に離職した場合、支払った手数料の一部が返金される「返戻金制度」があります。ただし、この制度は職業安定法に基づく指針の中で「設けることが望ましい」とされているにとどまり、法的な拘束力はありません。返戻金制度の有無や返戻率は、契約する事業者ごとに異なります。
法的拘束力がない中で、事実上の標準を作っているのが前述の適正認定制度です。認定を受けるための必須基準として、2024年度からは「6か月以内の離職」に対する返戻金制度を有することが求められるようになりました。ただし、既存の認定事業者は3年ごとの更新時にこの基準が適用されるため、現時点で全ての認定事業者が6か月基準に対応しているわけではありません。
返戻率そのものにも注意が必要です。人材サービス総合サイトに掲載されている手数料表の例では、返戻率は期間の経過とともに急速に低下する設計になっています。
日本医師会・四病院団体協議会の報告書によれば、多くの事業者で1か月以内の離職に対する返戻率は50〜80%程度に設定されている一方、2〜3か月以内では30%程度まで下がり、3〜6か月以内ではおおむね5〜10%程度しか返金されないのが一般的だとされています。返戻保証期間を過ぎた直後に離職するケースが多いという指摘もあり、6か月という基準設定自体が現場の実感と合っていないという声も業界団体から上がっています。
また、同報告書では、退職代行サービスなどを利用して短期間の転職を繰り返す、いわゆる「渡り」の事例も一部報告されています。返戻金制度は事業者側の責任を問う仕組みですが、早期離職の要因は必ずしも紹介事業者だけに帰責されるものではなく、求職者側の転職履歴や医療機関側の受け入れ体制など複数の要因が絡みます。契約前に事業者へ返戻金の条件を確認するのと同時に、採用側でも面接時に転職理由や在籍期間の推移を確認する体制を整えておくことが、早期離職のリスクを下げる実務上の対策になります。
公開されている手数料表には、区切り方が異なる例もあります。たとえば、入職後14日未満で90%、1か月未満で50%、2か月未満で30%、4か月未満で20%、6か月未満で10%、12か月未満で5%という段階を設定している例も報告されており、返戻率の刻み方は事業者ごとに幅があります。加えて、起算日を「就職日」ではなく「契約締結日」としている事業者もあるため、この違いを見落とすと想定より早く返戻期間が終了してしまうことがあります。契約段階で確認すべきなのは、返戻金制度の有無そのものよりも、「何を起算日として、何か月目にどの程度の率で返金されるのか」という具体的な条件です。
手数料に交渉の余地はあるか
上限制の枠外にある届出制手数料は、名前のとおり事業者が自由に設定できるものであり、病院側からの交渉によって条件が変わる余地があります。現状、届出制手数料そのものに行政による上限規制はかかっていません。日本医師会と四病院団体協議会は2026年3月の報告書で、紹介手数料率の上限規制を緊急措置として導入するよう国に要望していますが、これは現時点ではあくまで業界団体からの政策提言であり、制度化されているものではありません。同じ報告書は、上限規制の副作用にも触れています。上限を高く設定すれば料率がその水準に収れん・固定化するリスクがあり、逆に上限を過度に低く設定すれば紹介事業自体の体制維持が難しくなる可能性がある、という両面の懸念です。上限規制の議論を追う際は、規制が実現するかどうかだけでなく、水準がどこに設定されるかによって病院側への影響が変わり得る点も踏まえておくとよいでしょう。
制度化を待たずに病院側が実務上検討できる選択肢としては、次のようなものが挙げられます。第一に、返戻金の水準や返戻期間は契約時の交渉項目になり得ます。指針上の努力義務でしかない以上、事業者ごとの設定には幅があり、複数の事業者から見積もりを取って比較する余地があります。第二に、定着期間に応じて手数料を段階的に確定させる「成果型報酬体系」の導入を求める声も業界内にあり、契約交渉の選択肢として提示してみる価値があります。第三に、ハローワークや日本医師会ドクターバンク、都道府県医師会のドクターバンクといった無料職業紹介を優先的に使うことも、手数料負担そのものを避ける現実的な手段です。福祉医療機構の調査では、常勤医師の募集で最も多く使われている媒体は人材紹介会社(78.4%)である一方、ハローワーク等の無料職業紹介も一定の役割を果たしており、有料事業者への依存度を下げる選択肢として引き続き検討の価値があります。
いずれにせよ、契約前に「人材サービス総合サイト」で当該事業者の手数料実績・離職者数・認定事業者かどうかを確認することが、交渉の出発点になります。個社間の比較や推奨は本記事の範囲を超えますが、公開データに基づいて自院の契約条件を客観的に位置づけることは、どの病院でも今すぐ着手できる取り組みです。特に、複数の事業者と並行して契約している病院であれば、社内の契約条件を一覧化し、料率・返戻金条件・違約金規約の3点を横並びで比較するだけでも、次回契約や更新時の交渉材料になります。
まとめ: 相場は制度の産物として理解する
医師紹介手数料の「年収20〜30%」という相場は、単一の管理者が決めた価格ではなく、①求職者から手数料を取れない法律構造(職業安定法32条の3)、②行政上限のない届出制手数料という業界慣行、③2025年に義務化されたばかりの実績開示制度、という3つの要素が重なって形成されているものです。制度の全体像を理解した上で、人材サービス総合サイトの実績データと自院が提示された条件を照らし合わせることが、相場観を持つための最も確実な方法になります。
紹介手数料の負担そのものは、公定価格の中で運営される医療機関にとって、採用コストを価格へ転嫁できないという構造的な難しさを抱えています。相場を知ることは料率交渉のためだけでなく、無料職業紹介の活用や成果連動型の契約提案など、法制度が定める選択肢の中で自院にとって現実的な対応を組み立てるための出発点でもあります。
