開業して2年目の夏、都道府県から個人事業税の納税通知書が届いて「思ったより安い」「思ったより高い」のどちらかに驚く方は少なくありません。理由ははっきりしていて、医業の個人事業税は社会保険診療の分がまるごと課税対象から外れる一方で、健診・予防接種・自賠責・美容などの自費収入には通常どおり5%がかかるからです。本記事では、根拠条文を地方税法の本文で確認したうえで、「保険診療中心」と「自由診療あり」の2パターンについて、課税所得の按分計算を数値例で示します。
結論: 課税されるのは「自由診療等の所得 − 290万円」の5%
先に答えを書きます。個人で開業している医師の個人事業税は、おおむね次の式で決まります。
(自由診療等の所得 − 損失の繰越控除など − 事業主控除290万円)× 5% = 税額
社会保険診療に係る収入と経費は、計算の最初の段階で両方とも除外されます。根拠は地方税法第72条の49の12第1項のただし書きです。条文は次のとおりです。
第七十二条の二第十項第一号から第五号までに掲げる事業を行う個人が社会保険診療(第七十二条の二十三第三項に規定する社会保険診療をいう。以下この項において同じ。)につき支払を受けた金額は、総収入金額に算入せず、また、当該社会保険診療に係る経費は、必要な経費に算入しない。 (地方税法第72条の49の12第1項ただし書き、e-Gov法令API)
ここで言う「第七十二条の二第十項第一号から第五号までに掲げる事業」は、同条第10項が定める第三種事業のうち、第1号の医業、第2号の歯科医業、第3号の薬剤師業、第5号のあん摩・マッサージ・はり・きゅう・柔道整復その他の医業に類する事業を指します(第4号は削除)。医業はこの第三種事業の第1号に掲げられています。
この規定は「算入しない」と書かれた計算規定であり、選択制でも努力義務でもありません。申告者が希望するかどうかにかかわらず、社会保険診療の部分は課税標準に入りません。逆に言えば、社会保険診療に当たらない収入は、医療機関の窓口で受け取ったお金であっても課税対象に残ります。
税率は5%。医業は第三種事業
税率は地方税法第72条の49の17第1項第3号が定めています。
第三種事業(次号に掲げるものを除く。)を行う個人 所得に百分の五の標準税率によつて定めた率を乗じて得た金額 (地方税法第72条の49の17第1項第3号)
「次号」で3%とされているのは、第72条の2第10項第5号(あん摩・はり・きゅう・柔道整復など)と第7号(装蹄師業)です。医業は第1号なので5%の側に入ります。東京都主税局の案内でも、第3種事業の5%の欄に医業・歯科医業・薬剤師業が並んでいます。
なお5%は「標準税率」です。同条第3項は、標準税率を超えて課す場合でも1.1倍を超えてはならないと定めています。実際の税率は各都道府県の条例で決まるため、所在地の都道府県の案内を確認してください。
事業主控除は年290万円
もう1つの重要な数字が事業主控除です。地方税法第72条の49の14第1項は次のとおりです。
事業を行う個人については、当該個人の事業の所得の計算上二百九十万円を控除する。 (地方税法第72条の49の14第1項)
開業初年度など、事業を行った期間が1年に満たない場合は月割りになります(同条第2項)。東京都主税局の案内には月数ごとの控除額の表があり、たとえば6か月なら145万円です。年の途中で開業した場合、最初の年の控除額は290万円より小さくなる点に注意が必要です。
<!-- CTA①: 冒頭 1/3 以内 -->どの収入が「社会保険診療」に当たるか
課税・非課税を分けるのは、条文上の「社会保険診療」の範囲です。定義は地方税法第72条の23第3項にあり、健康保険法・国民健康保険法・高齢者の医療の確保に関する法律などに基づく療養の給付、生活保護法の医療扶助、精神保健福祉法や感染症法に基づく医療、介護保険法の一部のサービス、障害者総合支援法の自立支援医療、難病法の特定医療などが列挙されています。
ここで押さえておきたいのは、この定義が列挙方式だという点です。列挙された法律に基づく給付や医療に当たらなければ、社会保険診療ではありません。「保険証を使ったかどうか」ではなく「どの法律に基づく支払いか」で判定します。
健診・予防接種・自賠責は課税側
和歌山県が公表している「個人で医業等を営む方の個人事業税の所得計算について」(令和5年7月)は、自由診療等の収入に当たるものを具体的に示しています。主なものは次のとおりです。
- 労働者災害補償保険診療、公害健康被害補償診療
- 自動車損害賠償責任保険診療(保険を適用しないもの)
- 一般の自由診療:健康診断、予防接種、特定健康診査・特定保健指導、美容整形、正常分娩、差額ベッド代、保険外併用療養費の差額徴収部分
- 証明書等の作成料、生命保険会社との契約による診断料
開業医の実務で金額が大きくなりやすいのは、健診と予防接種です。自治体の委託で行う特定健診や定期予防接種は、公費で支払われるため保険診療と同じ感覚で扱われがちですが、上の資料では自由診療等の収入として明示されています。地方税法第72条の23第3項の列挙を見ても、予防接種法や健康増進法は入っていません。
労災も同じです。労働者災害補償保険法は第72条の23第3項に列挙されていないため、労災指定医療機関として受け取る診療費は課税側に入ります。交通事故の患者を自賠責で診た場合も、健康保険を使わずに自賠責に請求した分は課税側です。
岩手県の「医業等を行う方に対する個人事業税の概要」は、新型コロナワクチンの個別接種促進交付金のように業務の対価として支払われるものを総収入金額に「含める」と例示しています。一方、減収補填の給付金は含めないとしています。補助金や交付金は、業務の対価か経費の補填かで扱いが変わります。
産業医報酬は契約の形で変わる
嘱託産業医の報酬は、診療報酬ではないので社会保険診療には当たりません。一方で、個人事業税の課税標準は事業所得(と不動産所得)の計算の例によります(地方税法第72条の49の12第1項)。顧問先から給与として受け取り、所得税で給与所得として申告しているなら、通常は事業税の計算に入りません。クリニックの事業収入として業務委託契約で受け、事業所得に含めている場合は、社会保険診療以外の収入として課税側に入ると考えられます。もっとも、給与か事業収入かは契約の実態で判断されるため、扱いに迷う場合は税理士や所在地の県税事務所に確認してください。
計算の前提: 区分経理か、収入按分か
社会保険診療の分を除くには、所得を「社会保険診療分」と「それ以外」に分ける必要があります。都道府県の案内では、区分経理が原則で、収入按分は経費を区分できていない場合の計算方法という位置づけです。岩手県の資料は、社会保険分とその他の分を「区分経理しなければなりません」としたうえで、区分経理していない場合の計算方法を示しています。
和歌山県の資料によると、収入と経費を自己の経理で区分しており、それが適正と認められる場合は、その区分した課税所得をそのまま使います(区分経理)。経費の区分が明確でない場合は、総所得に次のあん分率を掛けて課税所得を出します(収入按分)。
あん分率 =(自由診療等収入 + その他の収入)÷(社会保険診療収入 + 自由診療等収入 + その他の収入)
鳥取県の県税Q&Aも、経費を区分している場合は区分された経費で計算し、区分していない場合は自由診療等収入の割合で経費を按分して自由診療等経費を出すと説明しています。大阪府の個人事業税Q&Aには、収入2,000万円のうち社会保険診療500万円、所得700万円、青色申告特別控除65万円という設例があり、所得と青色申告特別控除の合計を社会保険診療収入の割合で按分して非課税所得を出す計算が示されています。
青色申告特別控除は足し戻す
見落としやすいのが青色申告特別控除です。東京都主税局の案内は「個人の事業税には青色申告特別控除の適用はありません」として、所得金額に加算するよう説明しています。確定申告書の所得金額は青色申告特別控除の後の数字なので、事業税の計算ではその分を戻してから按分します。以下の数値例では、「所得」を青色申告特別控除前の金額として扱います。
赤字は3年繰り越せる
青色申告者の事業の所得が赤字になった場合、翌年以降3年間の繰越控除ができます(地方税法第72条の49の12第6項)。所得税の純損失の繰越控除と期間が同じなので混同されがちですが、損失が出た年から連続して事業税の申告(所得税の確定申告を含む)をしていることが要件になっている点が違います。開業初年度に赤字だった場合は、事業税の上でも損失を繰り越せるかを確認してください。
パターンA: 保険診療中心の内科クリニック
ここから数値例です。以下の金額は、計算の流れを示すための設例であり、特定の診療所の実数ではありません。
前提として、総収入は1億円で、内訳は社会保険診療が9,000万円、健診・予防接種が1,000万円とします。所得(青色申告特別控除前)は3,000万円です。経費は区分しておらず、収入按分で計算します。事業年度は12か月、税率は標準税率の5%、損失の繰越控除はありません。
計算
- あん分率 = 1,000万円 ÷ 1億円 = 0.1
- 自由診療等の所得 = 3,000万円 × 0.1 = 300万円
- 課税所得 = 300万円 − 290万円 = 10万円
- 税額 = 10万円 × 5% = 5,000円
所得3,000万円でも、事業税は5,000円にとどまります。仮に社会保険診療の非課税規定がなかったとすると(3,000万円 − 290万円)× 5% = 135万5,000円です。保険診療の比率が高いクリニックほど、この規定の効果が大きくなります。
このパターンで気をつけたいのは、健診や予防接種が増えて自費側の収入が290万円の控除を上回るラインを超えたときです。上の前提で自由診療等の所得が290万円を超えると、超えた分に5%がかかり始めます。ワクチンの接種数が大きく伸びた年に、事業税が急に発生することがあるのはこのためです。
パターンB: 自由診療ありの皮膚科・美容併設クリニック
前提
- 総収入 1億円
- 社会保険診療 6,000万円
- 自由診療等 4,000万円(美容 2,000万円、健診 900万円、予防接種 600万円、自賠責・労災 300万円、文書料など 200万円)
- 所得(青色申告特別控除前)3,000万円
- 事業年度は12か月、税率5%、損失の繰越控除なし
収入按分で計算した場合
- あん分率 = 4,000万円 ÷ 1億円 = 0.4
- 自由診療等の所得 = 3,000万円 × 0.4 = 1,200万円
- 課税所得 = 1,200万円 − 290万円 = 910万円
- 税額 = 910万円 × 5% = 45万5,000円
区分経理で計算した場合
同じクリニックが、美容の機器・材料費や自費部門の人件費を区分して記帳しており、自由診療等の部門の経費が2,200万円だったとします。
- 自由診療等の所得 = 4,000万円 − 2,200万円 = 1,800万円
- 課税所得 = 1,800万円 − 290万円 = 1,510万円
- 税額 = 1,510万円 × 5% = 75万5,000円
この例では、区分経理の方が30万円高くなります。美容は材料費や人件費に比べて単価が高く、利益率が保険診療より高くなりやすいため、実態どおりに分けると自費側に所得が寄るからです。逆に、自費部門に高額な機器のリース料や専任スタッフを抱えていて利益率が低い場合は、区分経理の方が低くなります。
「区分経理をすれば節税になる」とは限りません。上で見たとおり区分経理が原則であり、収入按分は経費を区分できていない場合の方法です。税額が低くなる方を年ごとに選べるものではなく、実態に即した区分を記帳の段階から続けることが求められます。共通経費(家賃・受付人件費・電子カルテ費用など)を区分する場合は、面積・時間・件数などの配分基準を決めて記録に残しておくと、県税事務所から問い合わせがあったときに説明できます。
端数処理
税額の計算では端数処理があります。岩手県の資料は課税標準を千円未満切り捨て、税額を百円未満切り捨てとしています。和歌山県の資料はあん分率を小数点以下第6位未満で切り捨てるとしています。上の例はいずれも、あん分率が割り切れ、課税標準が千円単位、税額が百円単位になる設定にしてあるため、端数処理をしても結果は変わりません。
措置法26条(概算経費)を使っている場合
社会保険診療の収入が少ない開業医は、所得税で租税特別措置法第26条の概算経費の特例を使っていることがあります。条文は次の要件を定めています。
医業又は歯科医業を営む個人が、各年において社会保険診療につき支払を受けるべき金額を有する場合において、当該支払を受けるべき金額が五千万円以下であり、かつ、当該個人が営む医業又は歯科医業から生ずる事業所得に係る総収入金額に算入すべき金額の合計額が七千万円以下であるときは (租税特別措置法第26条第1項、e-Gov法令API)
概算経費率は、社会保険診療収入を区分して、2,500万円以下の部分が72%、2,500万円超3,000万円以下が70%、3,000万円超4,000万円以下が62%、4,000万円超5,000万円以下が57%です(同項の表)。
たとえば社会保険診療収入が4,000万円なら、概算経費は 2,500万円×72% + 500万円×70% + 1,000万円×62% = 2,770万円です(計算値)。
事業税との関係はシンプルです。措置法26条を使うと、社会保険診療分と自由診療分の所得が別々に計算されます。和歌山県の資料は、この特例の適用を受けている場合は「当該規定により計算した自由診療等に係る合計所得金額を課税所得金額」とするとしており、収入按分は使いません。岩手県の資料も同じ扱いです。
つまり、概算経費の特例は社会保険診療分の経費の計算方法であって、事業税ではその社会保険診療分はもともと除外されます。事業税に効いてくるのは、自由診療分の所得をどう計算したかだけです。新潟県は、措置法26条を適用する人としない人で別々の課税所得金額の区分計算書を用意しています。
医療法人の場合: 法人事業税でも社保診療は除外
医療法人化を検討している方のために、法人の扱いも確認しておきます。法人事業税の所得割の課税標準について、地方税法第72条の23第2項は次のように定めています。
医療法人又は医療施設(政令で定めるものを除く。)に係る事業を行う農業協同組合連合会(特定農業協同組合連合会を除く。)が社会保険診療につき支払を受けた金額は、益金の額に算入せず、また、当該社会保険診療に係る経費は、損金の額に算入しない。 (地方税法第72条の23第2項)
個人の「総収入金額」「必要な経費」が、法人では「益金の額」「損金の額」に置き換わっているだけで、社会保険診療を除くという構造は同じです。社会保険診療の定義も同条第3項で共通です。
違いは、法人には事業主控除290万円がないことです。この控除は第72条の49の14が「事業を行う個人については」と定めた個人の制度です。自由診療の比率が低いクリニックでは、個人のときは290万円の控除で事業税がほぼゼロだったのに、法人化後は自由診療分の所得に最初から税率がかかる、ということが起こりえます。法人事業税の税率は個人と異なり、都道府県・所得の規模によって変わるため、法人化の試算では税理士に具体的な税率で計算してもらってください。法人化の全体像は 医師の法人化のメリット で整理しています。
申告と納付のスケジュール
個人事業税は、所得税の確定申告をしていれば、別に申告書を出す必要はありません(和歌山県資料)。ただし、社会保険診療に係る非課税所得の金額は、確定申告書第二表の「住民税・事業税に関する事項」の非課税所得などの欄に書く必要があります。ここが空欄のままだと、都道府県は事業所得の全額を課税所得として扱う可能性があります。通知書の税額が想定より大きいときは、まずこの欄を確認してください。
都道府県によっては、医業者向けに区分計算書の様式を用意しています。新潟県は「社会保険診療等に係る所得の区分計算書」と、措置法26条の適用の有無で分けた「課税所得金額の区分計算書」の様式を公開しています。
納付は、東京都の場合、原則として8月と11月の年2回です。8月に都税事務所から納税通知書が届き、第1期の納期限は8月31日、第2期は11月30日です。岩手県の資料は、税額が1万円以下の場合は第1期に全額を納めるとしています。
開業した年は、事業の開始から15日以内に都税事務所に「事業開始(廃止)等申告書」を出すよう東京都は案内しています。勤務医から開業するタイミングの考え方は 医師が独立するタイミング、開業資金の内訳は 開業資金の内訳 にまとめています。年の途中で閉院する場合は、廃止の日から1か月以内に事業税の申告が別途必要です(東京都主税局)。閉院の判断材料は 開業医が廃業する理由 で扱っています。
申告前の確認事項
最後に、本文の内容を申告前の確認事項として整理します。
保険請求分と自費分は、レジや会計ソフトで別の科目・補助科目にしておきます。収入の区分ができていないと、按分の分母と分子が作れません。健診・予防接種・自賠責・労災・文書料は自費側に入れます。公費で支払われるものでも、地方税法第72条の23第3項の列挙に入っていなければ課税側です。
共通経費を区分経理する場合は、配分基準を決めて記録に残します。収入按分で申告する場合は、その旨を税理士と共有しておきます。確定申告書第二表の非課税所得の欄は毎年記入します。青色申告特別控除は事業税では使えないので、試算するときは足し戻した所得で計算します。措置法26条を使う年は、自由診療所得を別に計算した数字がそのまま事業税の課税所得になります。
まとめ: 自費の比率と経理方法を毎年見直す
開業医の個人事業税は、社会保険診療の分が条文上まるごと除外されるため、保険診療中心のクリニックでは小さな金額に収まります。税額を左右するのは、健診・予防接種・美容・自賠責・労災などの自費収入の大きさと、それを区分経理で出すか収入按分で出すかの方法です。
設例では、同じ所得3,000万円でも、事業税は5,000円から75万5,000円まで開きました。自費の比率が上がってきた年、法人化を検討し始めた年は、税理士と一緒に事業税の試算を入れておくと、8月の通知書で慌てずに済みます。
<!-- CTA②: 末尾 -->参考資料
- 地方税法(昭和二十五年法律第二百二十六号)第72条の2第10項、第72条の23第2項・第3項、第72条の49の12、第72条の49の14、第72条の49の17(e-Gov法令API v1、2026年10月12日取得)
- 租税特別措置法(昭和三十二年法律第二十六号)第26条(e-Gov法令API v1、2026年10月12日取得)
- 東京都主税局「個人事業税」
- 和歌山県「個人で医業等を営む方の個人事業税の所得計算について」(令和5年7月)
- 岩手県「医業等を行う方に対する個人事業税の概要」
- 鳥取県「Q6-7 医業等に係る個人事業税額の計算方法を教えてください。」
- 大阪府「Q8回答(個人事業税)」
- 新潟県「医業等を行う者の社会保険診療等に係る計算書」
※本記事は2026年10月12日時点の条文・公表資料にもとづく一般的な解説です。個別の申告は所在地の都道府県税事務所または税理士に確認してください。
