当直明けに保険の営業から「お医者さまなら死亡保障は1億円が目安です」と言われ、根拠を聞き返せずに終わった経験を持つ先生は少なくないはずです。必要な死亡保障の額は、年収の何倍といった目安では決まりません。遺族の支出から、遺族年金・死亡退職金・団信で消える住宅ローン・配偶者の収入を差し引いた残りです。この記事では、子2人・住宅ローンありの勤務医を例に、日本年金機構と国税庁の一次資料の数値を使って必要保障額を積み上げ計算します。特定の保険商品や保険会社には触れません。数値はすべて2026年10月9日に各機関のページとPDFを開いて確認したものです。

必要保障額は「支出-(遺族年金+死亡退職金+団信+配偶者収入)」で決まる

最初に答えを示します。死亡保障として準備すべき額は、次の式で求めます。

必要保障額=遺族の支出の合計-(遺族年金+死亡退職金・弔慰金+既存の貯蓄+配偶者の収入)

住宅ローンは、団体信用生命保険(団信)に加入していれば支出側から丸ごと消えます。この式で計算すると、後述する勤務医の例では必要保障額は約4,100万円になりました。「1億円」とは大きく違います。

差が出る理由は単純です。営業トークの目安は、遺族年金と団信を引かずに支出だけを見ていることが多いからです。逆に、医師に特有の事情もあります。厚生年金の標準報酬には上限があるため、年収が高くても遺族厚生年金は頭打ちになります。年収2,000万円の医師でも、年収1,000万円の会社員と遺族厚生年金の額がほとんど変わらないことがあります。高収入ほど、生活水準と公的保障の差は開きます。

図1: 必要保障額の算定式。遺族の支出から公的保障と勤務先・家計の資産を差し引いた残りを民間保険で埋める

この記事の計算は、2026年度(令和8年度)の年金額と、2026年10月時点の制度を前提にしています。年金額は毎年度改定されます。また、令和7年の年金制度改正法により、2028年4月から遺族厚生年金の仕組みが変わります。その影響も後半で区別して示します。

遺族年金はいくら出るか(令和8年度額で確認)

遺族年金は、遺族基礎年金と遺族厚生年金の2階建てです。勤務医(厚生年金の被保険者)が在職中に亡くなった場合、子のある配偶者は両方を受け取れます。

遺族基礎年金: 子が18歳年度末になるまで

日本年金機構によると、遺族基礎年金を受け取れるのは、死亡した方に生計を維持されていた「子のある配偶者」または「子」です。ここでいう子は「18歳になった年度の3月31日までにある方、または20歳未満で障害年金の障害等級1級または2級の状態にある方」です(日本年金機構「遺族基礎年金(受給要件・対象者・年金額)」)。

令和8年4月分からの年金額は、子のある配偶者(昭和31年4月2日以後生まれ)が受け取る場合、847,300円に子の加算額を足した額です。子の加算額は1人目・2人目が各243,800円、3人目以降が各81,300円です。子が2人なら、年額は1,334,900円になります。

子が18歳年度末を過ぎるたびに加算は減り、子がいなくなった時点で遺族基礎年金は終わります。ここが見落とされやすい点です。遺族基礎年金は「子育て期間限定」の給付です。

遺族厚生年金: 報酬比例部分の4分の3、300月みなしあり

遺族厚生年金の額は「死亡した方の老齢厚生年金の報酬比例部分の4分の3の額」です。さらに、在職中の死亡などの場合は「厚生年金の被保険者期間が300月(25年)未満の場合は、300月とみなして計算します」(日本年金機構「遺族厚生年金(受給要件・対象者・年金額)」)。

医師は大学卒業が24歳以降で、研修医期間を経て厚生年金の加入期間が短い時期が長く続きます。40歳前後で亡くなった場合、実際の加入月数は300月に届かないことが多く、この300月みなしが効きます。

報酬比例部分のうち平成15年4月以降の期間は、平均標準報酬額×5.481/1000×加入月数で計算します(日本年金機構「老齢年金ガイド 令和8年度版」)。平均標準報酬額は、各月の標準報酬月額と標準賞与額の総額を加入月数で割った額で、過去分は再評価率で現在価値に直します(日本年金機構「報酬比例部分」)。

医師は標準報酬の上限で頭打ちになる

ここで医師に特有の問題が出ます。令和8年度の厚生年金保険料額表では、標準報酬月額の最高等級は第32級の650,000円(報酬月額635,000円以上)です。標準賞与額にも上限があり、厚生年金保険は1か月あたり150万円が上限です(日本年金機構「厚生年金保険料額表(令和8年度版)」)。

月給が100万円でも200万円でも、年金の計算上は65万円です。賞与が夏冬各150万円を超えても、それぞれ150万円で止まります。仮に毎月65万円・賞与年2回各150万円の上限いっぱいとすると、年間の総額は1,080万円、月平均90万円です。これが、賞与2回の勤務医が到達できる平均標準報酬額のおおよその天井です。

図2: 平均標準報酬額と遺族厚生年金(年額)の関係。300月みなし・平成15年4月以降の期間のみで計算した値。上限付近で頭打ちになる

平均標準報酬額90万円・300月みなしで計算すると、報酬比例部分は900,000×5.481/1000×300=1,479,870円です。その4分の3が遺族厚生年金で、年額約111万円になります。平均標準報酬額が40万円の会社員なら約49万円ですから、差は約62万円です。差は平均標準報酬額の比と同じ約2.3倍で、上限を超える年収部分は1円も反映されません。

この計算は、平成15年3月以前の加入期間がなく、再評価率を1とした簡略計算です。実際の額は加入履歴で変わるため、正確な見込みは「ねんきん定期便」やねんきんネットで確認してください。年金の受給額全般は医師の年金はいくらもらえるかで整理しています。

勤務医(子2人・住宅ローンあり)で積み上げ計算する

ここからは具体例で計算します。前提は次のとおりです。数値は説明用に置いた仮定で、平均的な医師世帯を示すものではありません。ご自身の数字に差し替えて読んでください。

  • 本人: 40歳の勤務医、厚生年金の被保険者(在職中に死亡)、平均標準報酬額90万円
  • 配偶者: 39歳、パート収入年100万円
  • 子: 8歳と5歳。上の子は10年後、下の子は13年後に18歳年度末を迎えると置く
  • 住宅ローン: 残高6,000万円、団信に加入
  • 死亡退職金: 勤務先規程により800万円と仮定
  • 既存の貯蓄: 2,000万円
  • 計算期間: 配偶者が65歳になるまでの26年間。65歳以降は配偶者自身の老齢年金で別に考える
  • 年金額は令和8年度額で固定し、物価上昇・運用益・税は考慮しない

支出側: 遺族の生活費・教育費・住居費

遺族の支出は次のように置きます。

項目前提合計
生活費(子が独立するまで)月35万円×12か月×17年7,140万円
生活費(配偶者単身期)月25万円×12か月×9年2,700万円
住居の維持費固定資産税・修繕等 月3万円×26年936万円
教育費子1人1,500万円×2人3,000万円
葬儀・整理費用一時金300万円
支出合計1億4,076万円

生活費は、現在の生活費(住居費を除く)を月50万円とし、世帯主がいなくなった後はその7割と置きました。教育費は私立中高や医学部進学を想定すると大きく変わります。教育費の積み上げ方は医師の子どもの教育費はいくらかかるかで詳しく扱っています。

住宅ローンの返済はこの表に入れていません。団信で残債がなくなるためです。理由は次の節で説明します。

収入側: 遺族年金の26年分

遺族年金は、子の年齢によって3段階で変わります。

期間遺族基礎年金遺族厚生年金年額期間合計
1〜10年目(子2人)1,334,900円約111万円約244万円約2,445万円
11〜13年目(子1人)1,091,100円約111万円約220万円約660万円
14〜26年目(子なし)なし約111万円約111万円約1,443万円
合計約4,548万円

図3: 遺族年金の年額の推移(計算値)。子が18歳年度末を迎えるたびに遺族基礎年金が減り、14年目以降は遺族厚生年金のみになる

14年目以降、配偶者は52歳です。現行制度では、40歳に到達した当時に子がいて遺族基礎年金を受けていた妻が、子の18歳年度末で遺族基礎年金を受けられなくなったとき、遺族厚生年金に中高齢寡婦加算(年額635,500円)が65歳まで付きます。ただし後述する改正で、2028年4月以降に新たに発生する加算は段階的に縮小されます。この例では加算の開始が2039年ごろになるため、計算には入れていません。入った分は上振れ要因として扱います。

差し引き: 必要保障額は約4,100万円

収入側を合計します。

項目金額
遺族年金(26年分)約4,548万円
死亡退職金800万円
配偶者の収入(年100万円×26年)2,600万円
既存の貯蓄2,000万円
収入側合計約9,948万円

支出合計1億4,076万円から収入側合計約9,948万円を引くと、必要保障額は約4,128万円です。これが民間の死亡保障で埋めるべき不足額の目安になります。

図4: 支出と収入の積み上げ比較(計算値)。団信で住宅ローン6,000万円が消えることで、必要保障額は約4,100万円に収まる

前提を1つ動かすだけで結果は大きく変わります。配偶者が常勤で年400万円を得るなら、収入側は7,800万円増え、必要保障額はゼロ以下になります。反対に、子2人とも私立医学部を想定して教育費を倍にすれば、必要保障額は約7,100万円に増えます。配偶者の働き方と教育方針が、保険額を決める2大変数です。

団信と死亡退職金は「すでに持っている保障」

団信: 残債は持分にかかわらず全額弁済

住宅金融支援機構の機構団信では、加入者が死亡または所定の高度障害状態になった場合「残りの住宅ローンは全額弁済されます」とされています。債務者が2人いる場合も「加入された方の住宅の持分、返済割合等にかかわらず」全額弁済です(住宅金融支援機構「債務弁済の手続」)。

ただし、弁済されない場合も定められています。保障開始日から1年以内の自殺、告知義務違反、保障開始日前の傷害・疾病が原因の高度障害などです。告知の正確さは、保障が実際に機能するかを左右します。民間銀行の住宅ローンの団信は商品ごとに約款が異なるため、ご自身の契約書を確認してください。

この例では、団信がなければ6,000万円の残債が支出側に加わり、必要保障額は約1億円になります。営業で言われる「1億円」は、この団信を考慮していない数字とほぼ一致します。住宅ローンを組む段階の論点は医師の住宅ローン審査でまとめています。

死亡退職金・弔慰金と相続税の非課税枠

死亡退職金は、死亡後3年以内に支給が確定したものが相続財産とみなされ、相続税の対象になります。ただし相続人が受け取った退職手当金等の合計は「500万円×法定相続人の数」まで非課税です(国税庁 No.4117「相続税の課税対象になる死亡退職金」)。

勤務先から受け取る弔慰金は、通常は相続税の対象になりません。ただし業務外の死亡では「死亡当時の普通給与の半年分」、業務上の死亡では3年分を超える部分が退職手当金等として扱われます(国税庁 No.4120「弔慰金を受け取ったときの取扱い」)。

死亡退職金の額は勤務先の退職金規程で決まります。大学病院・公立病院・民間病院で大きく異なり、勤続年数が短いと少額です。医局人事で数年ごとに異動している場合、各病院での勤続が短く、死亡退職金はほとんど期待できないこともあります。規程を一度確認しておく価値があります。

生命保険金の非課税枠も「500万円×法定相続人」

死亡保険金のうち、被相続人が保険料を負担していたものは相続税の対象です。相続人が受け取った保険金の合計のうち「500万円×法定相続人の数」が非課税限度額です(国税庁 No.4114「相続税の課税対象になる死亡保険金」)。

この例では法定相続人は配偶者と子2人の3人で、死亡保険金の非課税枠は1,500万円です。死亡退職金の非課税枠1,500万円とは別枠です。なお、相続人以外の人が受け取った保険金には非課税の適用がありません。受取人の指定は、税の面でも確認が必要です。

図5: 遺族が受け取るお金の税務上の扱い。死亡保険金と死亡退職金はそれぞれ500万円×法定相続人の非課税枠を持つ

2028年4月からの遺族厚生年金の見直しを区別する

令和7年6月13日に成立した年金制度改正法(令和7年法律第74号)で、遺族厚生年金が見直されます。厚生労働省は「遺族厚生年金の見直しは2028年4月施行予定」と説明しています(厚生労働省「遺族厚生年金の見直しについて」)。

子のいる世帯の給付内容は変わらない

同ページは、18歳年度末までの子がいる場合「こどもが18歳年度末になるまでは現行制度と同じであり、見直しの影響はありません」としています。上の例のように子育て中の世帯では、子が18歳年度末を迎えるまでの給付は今と同じです。

見直しの中心は、18歳年度末までの子がいない20代〜50代の配偶者です。子のない妻の5年有期給付の対象年齢が引き上げられ、新たに60歳未満の夫も有期給付の対象になります。有期給付には有期給付加算が上乗せされ、額は現在の約1.3倍です。5年経過後も、収入が十分でない方などは継続給付を受けられます。一方、すでに遺族厚生年金を受給している方、60歳以降に受給権が発生する方、2028年度に40歳以上になる女性は、見直しの影響を受けません。

子の加算は引き上げ、中高齢寡婦加算は縮小

改正法の概要資料では、遺族基礎年金などの子に係る加算額は、第2子まで234,800円・第3子以降78,300円から、一律281,700円に引き上げられます(いずれも2024年度価格)。施行は2028年4月で、現在の受給者も含みます(厚生労働省「国民年金法等の一部を改正する等の法律(令和7年法律第74号)の概要等」)。上の例では、施行後の子の加算が増える分だけ収入側が上振れします。

中高齢寡婦加算は、施行日(令和10年4月1日)以降に新規に発生する加算の額が「令和35年度まで25年かけて段階的に縮小」されます。一度受け取り始めた加算の額は、65歳まで変わりません(厚生労働省「遺族厚生年金の見直しに対して寄せられている指摘への考え方」)。子育て中の世帯では、子の独立後に加算が始まるのは施行日より後になることが多く、現行額をそのまま見込むのは楽観的です。

標準報酬月額の上限も段階的に上がる

同じ改正で、標準報酬月額の上限は65万円から75万円へ段階的に引き上げられます。実施時期は68万円が2027年9月、71万円が2028年9月、75万円が2029年9月です(前掲の改正法概要資料)。上限が上がれば将来の報酬比例部分も増えますが、効くのは引上げ後の加入期間だけです。40歳の医師が今亡くなった場合の遺族厚生年金には、ほとんど影響しません。

図6: 遺族年金に関わる改正のタイムライン。施行日ごとに、子育て世帯への影響の有無を区別した

開業医・共済加入の医師は前提が変わる

ここまでの計算は、民間病院などで厚生年金に加入している勤務医を前提にしています。前提が違う方は、収入側の数字が大きく変わります。

個人開業医で国民年金のみに加入している場合、遺族厚生年金はありません。日本年金機構の受給要件では、遺族厚生年金は厚生年金保険の被保険者が死亡したときなどに支給されるためです。子がいる間の遺族基礎年金だけになり、子が独立すると遺族年金はゼロになります。上の例で遺族厚生年金約2,886万円(26年分)が消えると、必要保障額は約7,000万円に増えます。

国立大学病院や公立病院の医師で共済組合に加入している場合は、加入先の共済組合で給付の見込みを確認してください。退職手当の規程も、民間病院とは別体系です。

保険料の税負担: 生命保険料控除は最大12万円

保障額を決めたら、保険料の扱いも押さえます。所得税の生命保険料控除は、平成24年1月1日以後の新契約では、新生命保険料・介護医療保険料・新個人年金保険料の各控除の合計で最大120,000円です。新生命保険料の控除は、年間支払保険料80,000円超で一律40,000円です。令和8年分以降は、23歳未満の扶養親族を有する場合、新生命保険料の控除額が最大60,000円に拡充されています(国税庁 No.1140「生命保険料控除」)。

控除の上限は小さく、所得税率が高い医師でも税の軽減額は限られます。保険は節税手段ではなく、必要保障額を埋める道具として選ぶほうが判断を誤りません。医療保険の要否は医師に医療保険はいらないかで別に検討しています。

まとめ: 自分の数字で1回計算し、見直す時期を決めておく

必要保障額は、遺族の支出から公的保障と手元の資産を引いた残りです。医師の場合、遺族厚生年金は標準報酬の上限で頭打ちになり、遺族基礎年金は子が18歳年度末を迎えると終わります。一方で、団信で住宅ローンは消え、死亡退職金と死亡保険金にはそれぞれ非課税枠があります。これらを1つずつ数字にすると、目安として言われる額との差が見えてきます。

次の一歩として、次の3つを手元に揃えて計算してください。

  1. ねんきん定期便(またはねんきんネット)の加入記録と平均標準報酬額
  2. 勤務先の退職金規程と弔慰金規程
  3. 住宅ローンの団信の加入内容と約款

必要保障額は子の成長とともに毎年減っていきます。子の進学、住宅購入、転職・開業、配偶者の働き方の変化があったときが見直しのタイミングです。2028年4月の改正施行時にも、一度計算し直すことをおすすめします。

参考資料

  • 日本年金機構「遺族基礎年金(受給要件・対象者・年金額)」(2026年6月22日更新)
  • 日本年金機構「遺族厚生年金(受給要件・対象者・年金額)」(2026年6月22日更新)
  • 日本年金機構「報酬比例部分」「老齢年金ガイド 令和8年度版」
  • 日本年金機構「厚生年金保険料額表(令和8年度版)」
  • 厚生労働省「遺族厚生年金の見直しについて」「国民年金法等の一部を改正する等の法律(令和7年法律第74号)の概要等」「遺族厚生年金の見直しに対して寄せられている指摘への考え方」
  • 住宅金融支援機構「債務弁済の手続」
  • 国税庁 No.4114、No.4117、No.4120、No.1140(令和8年4月1日現在法令等)