「外勤のひとつとして産業医をやってみたい」「医局を離れたあとの収入の柱にしたい」。勤務医からこうした相談を受けることが増えています。ただ、産業医は医師免許だけでは名乗れません。労働安全衛生法と同規則が、医学の知識について別の要件を定めています。この記事では、産業医になるための法律上の要件、もっとも一般的なルートである日本医師会認定産業医の取り方と更新、嘱託産業医の報酬について出典のある範囲の数字、そして職務と権限を順に確認します。最後に、勤務医が副業として始めるときに確かめておくことを整理します。法令は2026年10月にe-Gov法令検索で確認した現行の条文によります。
先に答え: 医師免許に加えて「5つの要件のどれか」が必要
労働安全衛生法(以下、安衛法)第13条第1項は、政令で定める規模の事業場ごとに、事業者が「医師のうちから産業医を選任し」、労働者の健康管理などを行わせなければならないと定めています。政令で定める規模は、労働安全衛生法施行令第5条が「常時五十人以上の労働者を使用する事業場」としています。従業員50人以上の事業場には、産業医の選任義務があるということです。
そのうえで、安衛法第13条第2項は、産業医は「労働者の健康管理等を行うのに必要な医学に関する知識について厚生労働省令で定める要件を備えた者でなければならない」としています。医師であることは前提で、さらに省令の要件を満たす必要があります。
その省令の要件を定めているのが、労働安全衛生規則(以下、安衛則)第14条第2項です。次の5つのどれかに当てはまれば、産業医の要件を満たします。
- 厚生労働大臣の指定する者(法人に限る)が行う、労働者の健康管理等に必要な医学の知識についての研修を修了した者(第1号)
- 産業医科大学その他の厚生労働大臣が指定する大学で、産業医の養成を目的とする正規の課程を修めて卒業し、その大学が行う実習を履修した者(第2号)
- 労働衛生コンサルタント試験に合格した者で、試験の区分が保健衛生であるもの(第3号)
- 大学で労働衛生に関する科目を担当する常勤の教授、准教授または講師の職にある者、またはあった者(第4号)
- 前各号のほか、厚生労働大臣が定める者(第5号)
すでに臨床に出ている勤務医にとって、現実的なのは第1号です。日本医師会認定産業医の基礎研修は、この第1号の研修として広く使われています。第2号は産業医科大学などの卒業者向け、第3号は国家試験の合格が必要で、第4号は大学教員の経歴が前提です。以下では第1号のルートを中心に説明します。
なお、要件を満たしていれば誰でも選任できるわけではありません。安衛則第13条第1項第2号は、法人の代表者や事業場の統括管理者などを産業医に選任することを原則として禁じています。開業医が自分の医療法人の産業医を兼ねる、といった形は原則として認められません。
日本医師会認定産業医の取り方: 基礎研修50単位
日本医師会認定産業医制度では、基礎研修50単位を修了して、所属する都道府県医師会を通じて新規申請します。東京都医師会の「日本医師会認定産業医 制度の説明」によると、50単位の内訳は次のとおりです。
- 前期研修: 14単位
- 実地研修: 10単位
- 後期研修: 26単位
前期研修の14単位には分野ごとの最低単位数があります。同じ制度説明では、総論2、健康管理2、メンタルヘルス1、健康保持増進1、作業環境管理2、作業管理2、有害業務管理2、産業医活動の実際2とされています。合計すると14単位です。
受講の順番は決まっていません。ただ、前期研修は産業医活動に必要な基本的知識を扱う入門的な研修という位置づけなので、前期から受けるほうが理解しやすいでしょう。研修会は都道府県医師会、郡市区医師会、産業医科大学、産業医学振興財団などが開催しています。週末に数日まとめて受けられる集中講習もあれば、地域の医師会で平日夜に少しずつ単位を積む形もあります。
注意したいのは申請の期限です。東京都医師会の制度説明は、新規申請について、研修の最終受講日から5年以内に1回に限り申請できるとしています。単位を少しずつ集めているあいだに古い単位の扱いがどうなるかは、申請先の医師会に早めに確認しておくのが安全です。
申請に必要な書類や手数料は、医師会ごとに案内が出ています。金額は改定されることがあるので、ここでは書きません。所属する(または所属予定の)都道府県医師会の案内を見てください。日本医師会の会員でなくても受講・申請できるか、会員と非会員で費用が違うかも、医師会によって案内が異なります。
認定は5年ごとの更新: 生涯研修20単位以上
認定産業医の資格は、取ったら終わりではありません。東京都医師会の制度説明によると、認定の有効期間は認定日から5年間です。5年ごとに更新の申請が必要で、その5年間に生涯研修を合計20単位以上修得しなければなりません。内訳には次の条件がついています。
- 更新研修: 1単位以上(労働衛生関係の法令・通達の改正点など)
- 実地研修: 1単位以上(職場巡視や作業環境測定の実習など)
- 専門研修: 1単位以上(実務的・専門的な研修)
3区分をそれぞれ1単位以上含めたうえで、合計20単位以上が必要です。同じ制度説明では、WEB研修で数えられるのは5単位までとされています。オンラインだけで20単位を集めることはできず、少なくとも15単位は会場での受講が必要という計算になります。
5年で20単位は、年あたりにすると4単位です。忙しい勤務医でも無理な数字ではありませんが、実地研修は開催回数が限られ、すぐ定員に達することもあります。最終年度にまとめて取ろうとすると、間に合わないおそれがあります。東京都医師会の制度説明によると、2025年4月以降に受講した単位は、日本医師会の会員情報システム(MAMIS)のマイページに記録されます。受講前にマイページ登録を済ませていないと単位が記録されないとされているので注意が必要です。それ以前の単位シールは産業医学研修手帳に貼って保管します。更新の時期と単位の取得状況は、毎年確認しておくと安心です。
法令の側にも、知識の更新を求める規定があります。安衛則第14条第7項は、産業医に「医学に関する知識及び能力の維持向上に努めなければならない」と定めています。こちらは努力義務ですが、更新制度はこれを具体化したものと考えると分かりやすいでしょう。
専属と嘱託: どこで働くかで仕事が変わる
産業医には、ひとつの事業場に専属で勤める「専属産業医」と、複数の事業場を月1回程度訪問する「嘱託産業医」があります。どちらが必要かは、安衛則第13条第1項が事業場の規模で決めています。
同項第3号は、常時1,000人以上の労働者を使用する事業場と、深夜業を含む業務や有害物を扱う業務など同号に列挙された業務に常時500人以上を従事させる事業場では、その事業場に専属の産業医を選任しなければならないとしています。第4号は、常時3,000人を超える事業場では2人以上の産業医を選任するよう定めています。逆に言えば、50人以上でこれらに当たらない事業場は、嘱託産業医で足ります。勤務医が外勤として担うのは、ほとんどがこの嘱託産業医です。
選任の手続にも期限があります。安衛則第13条第1項第1号は、選任すべき事由が発生した日から14日以内に選任することを求め、同条第2項は、選任したら遅滞なく、電子情報処理組織を使用して(つまり電子申請で)所轄の労働基準監督署長に報告するよう定めています。報告には、第14条第2項の要件を満たすことを証明できる電磁的記録を添えます。認定産業医であれば、認定証を電子化したデータを添えることになります。事業者から求められたらすぐ渡せるよう、認定証のPDFなどを手元に用意しておくと手続が滞りません。
産業医の職務: 何をする仕事か
産業医の仕事の範囲は、安衛則第14条第1項が列挙しています。「医学に関する専門的知識を必要とするもの」として挙げられているのは、次の9項目です。
- 健康診断の実施と、その結果に基づく労働者の健康を保持するための措置
- 長時間労働者などに対する面接指導と、その結果に基づく措置
- ストレスチェックの実施、高ストレス者への面接指導と、その結果に基づく措置
- 作業環境の維持管理
- 作業の管理
- 1〜5のほかの労働者の健康管理
- 健康教育、健康相談その他の健康の保持増進を図るための措置
- 衛生教育
- 労働者の健康障害の原因の調査と再発防止のための措置
これに加えて、安衛則第15条は定期巡視を定めています。産業医は少なくとも毎月1回、作業場などを巡視しなければなりません。ただし、事業者から衛生管理者の巡視結果などの情報を毎月1回以上受け取っていて、事業者の同意を得ている場合は、少なくとも2か月に1回でよいとされています。巡視の結果、作業方法や衛生状態に有害のおそれがあれば、直ちに必要な措置を講じなければなりません。
嘱託産業医の実際の月1回の訪問は、多くの場合、職場巡視、衛生委員会への出席、健康診断結果に基づく就業上の措置の意見、面接指導の組み合わせになります。日本医師会の「嘱託産業医の心得と契約の手引き」(令和8年5月)も、嘱託産業医の1年間の職務として、職場巡視、衛生委員会への出席、健康診断結果への意見、高ストレス者や長時間労働者への面接指導、職場復帰の支援、健康相談を並べています。
臨床と違うのは、診断や治療をする場ではないことです。産業医の意見は「この人をこの業務に就かせてよいか」「どんな配慮が必要か」という就業上の措置についてのものです。主治医の診断書をもとに、職場の実情に合わせて判断します。
産業医の権限: 勧告権と不利益取扱いの禁止
産業医には、職務を果たすための権限が法令で与えられています。中心になるのが勧告権です。
安衛法第13条第5項は、産業医は「労働者の健康を確保するため必要があると認めるときは、事業者に対し、労働者の健康管理等について必要な勧告をすることができる」と定め、続けて「事業者は、当該勧告を尊重しなければならない」としています。同条第6項は、勧告を受けた事業者に、その内容などを衛生委員会または安全衛生委員会に報告することを義務づけています。勧告が経営者の机の上で止まらず、労使が参加する委員会の場に出る仕組みです。
安衛則第14条の4は、事業者が産業医に職務を行う権限を与えなければならないと定め、その権限に次のものが含まれるとしています。
- 事業者または総括安全衛生管理者に対して意見を述べること
- 職務に必要な情報を労働者から収集すること
- 労働者の健康を確保するため緊急の必要がある場合に、労働者に対して必要な措置をとるべきことを指示すること
また、安衛則第14条第3項は、産業医が総括安全衛生管理者に勧告し、衛生管理者に指導・助言できるとしています。そして同条第4項は、事業者が、産業医の勧告や指導・助言を理由に、産業医を解任したり不利益に扱ったりしないようにしなければならないと定めています。
情報の面でも支えがあります。安衛法第13条第4項は、産業医を選任した事業者に、労働者の労働時間に関する情報など、産業医が健康管理を行うのに必要な情報を提供するよう義務づけています。長時間労働者の把握は、この情報提供があってはじめて成り立ちます。
一方で、責任もあります。安衛法第13条第3項は、産業医は必要な医学の知識に基づいて「誠実にその職務を行わなければならない」としています。勧告権は、使えば必ず歓迎されるものではありません。日本医師会の手引きも、産業医は事業者から報酬を得て活動するため事業者の要望に一方的に応じやすい一方、働く人の立場を優先しすぎることもあるとして、両者の立場に配慮し公平性を保つよう求めています。最終的な判断と対処は事業者が行い、産業医は人事担当者、上司、本人と意思疎通を図って三者が納得できるよう配慮する、という整理です。
嘱託産業医の報酬: 出典のある数字だけ
報酬の数字は、仲介サービスのサイトにさまざまな相場が出ています。ここでは、医師会が公表している資料に限って紹介します。
愛知県医師会産業保健部会の「嘱託産業医報酬の目安」(令和5年版として名古屋市医師会のサイトで公開されているもの)は、ストレスチェック対応を含まない基本月額報酬を従業員数別に示しています。100人以下で月5万円以上、101〜200人で6万5,000円以上、201〜300人で8万円以上と、100人ごとに1万5,000円ずつ上がり、901〜999人で18万5,000円以上です。別に、ストレスチェック後の面接指導などの産業医活動は1回あたり2万1,500円以上、臨時の出務は1回または1人あたり2万円以上を加えるとしています。この目安は愛知県内のものと明記されており、専属産業医には適用しないとされています。
公益社団法人日本橋医師会の産業保健部委員会が平成28年4月にまとめた「産業医報酬基準額について」は、会員医師へのヒアリング調査を集約したものです。基本報酬月額は、労働者50人未満で7万5,000円〜、50〜199人で10万円〜、200〜399人で15万円〜、400〜599人で20万円〜、600〜999人で25万円〜とされています。ストレスチェックや健康診断、予防接種の費用は含まれていません。ストレスチェックの実施者を担当する場合は20万円程度、共同実施者なら10万円程度が妥当と考えられる、としています。
2つの資料は地域も調査時期も違うので、並べて比べることはできません。そして、これらの数字の読み方には注意が要ります。日本医師会の「嘱託産業医の心得と契約の手引き」は、地域医師会が報酬調査の結果を使う際に独占禁止法を守るよう求めています。調査結果をもとに「最低〇〇円以上」と金額を指定することは、価格決定の自由を妨げる行為と指摘されるおそれがあるとし、契約金額は個別交渉が原則だとしています。上の数字は、過去の契約実態にもとづく目安のひとつとして読むものです。
手引きは契約の形にも触れています。産業医と事業場が直接業務委託契約を結ぶ「直接契約」は、地域医師会が扱っている形です。これに対して、産業医サポート事業者が間に入り、事業場とも産業医とも契約を結ぶ「間接契約」が最近増えているとしています。間接契約では、事業場が払う委託料と産業医が受け取る報酬は別の契約で決まります。手引きは、報酬が納得できる水準か、事業者からの支援が十分かを確認するよう勧めています。
また、手引きは旅費・交通費の扱いにも注意を促しています。報酬と旅費・交通費が分けて記載されていないと、実費のはずの交通費まで源泉所得税の対象になってしまうためです。契約書の段階で、報酬と交通費を分けて書いてもらうのが基本です。
勤務医が副業で始めるときの注意
勤務医が嘱託産業医を外勤として始める場合、資格のほかに確認しておきたいことがあります。
1. 勤務先の就業規則を確認する。 副業・兼業に届出や許可が必要かどうかは、勤務先の就業規則によります。勤務先が公的病院の場合は、民間病院とは別の規程が適用されることもあるので、人事担当に確認します。届出を出さないまま始めると、あとで説明に困ります。勤務先に知られずに進めることを前提にしないほうがよいでしょう。秘密保持や競業の取り決めがある場合は、医師の競業避止・秘密保持誓約書の読み方も参考になります。
2. 労働時間の通算を意識する。 労働基準法第38条第1項は「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する」と定めています。嘱託産業医の契約が雇用契約の形をとる場合、勤務先の労働時間と通算される可能性があります。医師の時間外労働の上限規制のもとでは、勤務先が副業先の時間も把握する必要があります。病院側の管理の考え方は病院の医師の副業・兼業の労働時間管理で扱っています。
3. 税金の扱いを確認する。 国税庁の質疑応答事例「産業医の報酬」は、個人の医師が事業者から支払を受ける産業医としての報酬は、所得税法上は原則として給与に該当するものとして扱われるとしています。開業医が受ける報酬も原則として給与収入で、消費税は不課税とされています。勤務先の給与と合わせて2か所以上から給与を受けることになるので、確定申告が必要になる場合があります。外勤先が増えた年の申告の考え方は年収2,000万円を超える医師の確定申告にまとめています。なお、同じ質疑応答事例では、医療法人が勤務医を産業医として派遣し、委託料を受け取る場合は、その委託料は医療法人の医業収入で消費税の課税対象になるとしています。病院が受けた契約の業務として行くのか、医師個人の契約なのかで扱いが変わります。
4. 契約の形と中身を確認する。 直接契約か間接契約か、職務の範囲はどこまでか、面接指導の件数が増えたときの報酬はどうなるかを、契約書で確かめます。日本医師会の手引きには業務委託契約書の参考例が載っており、基本的な職務は月額報酬で、面接指導などは件数や時間に応じて別に定める形が示されています。
5. 時間を確保できるか考える。 職場巡視や衛生委員会は、事業場の業務時間中、つまり平日の日中に行うのが普通です。当直明けや外来のない半日を充てる医師が多いはずですが、毎月決まった日に動けるかどうかは、勤務先のシフトや医局の人事に左右されます。複数の事業場を担当すると、この調整はさらに難しくなります。
6. 中立性と利益相反に気をつける。 自分が診療している患者が多く働く会社や、勤務先の病院と取引のある会社の産業医になると、立場が重なります。安衛則第13条の選任の制限に当たらない場合でも、労働者から見て中立と受け取られるかは別の問題です。
まとめ: 次の一歩は「研修の予定」と「勤務先の規則」の確認
産業医の要件は、安衛法第13条第2項と安衛則第14条第2項が定めています。勤務医にとって現実的なルートは、日本医師会認定産業医の基礎研修50単位(前期14、実地10、後期26)を修了して申請する方法です。認定の有効期間は5年で、その間に生涯研修20単位以上を取って更新します。
報酬について出典のある数字は、医師会の公表資料に限られます。愛知県医師会産業保健部会の目安では100人以下で月5万円以上、日本橋医師会の基準額では50人未満で7万5,000円〜です。ただし、日本医師会の手引きが述べるとおり、これらは最低基準ではなく目安で、金額は個別の交渉で決まります。
最初にやることは2つです。所属する医師会の研修日程を調べて前期研修の予定を入れること。そして、勤務先の就業規則で副業の届出の要否を確認することです。
参考文献
- 労働安全衛生法(昭和47年法律第57号)第13条(e-Gov法令検索)
- 労働安全衛生法施行令(昭和47年政令第318号)第5条(e-Gov法令検索)
- 労働安全衛生規則(昭和47年労働省令第32号)第13条、第14条、第14条の4、第15条(e-Gov法令検索)
- 労働基準法(昭和22年法律第49号)第38条(e-Gov法令検索)
- 国税庁 質疑応答事例「産業医の報酬」
- 日本医師会「日本医師会認定産業医制度 嘱託産業医の心得と契約の手引き」(令和8年5月)
- 東京都医師会「日本医師会認定産業医 制度の説明」
- 愛知県医師会産業保健部会「嘱託産業医報酬の目安」
- 公益社団法人日本橋医師会 産業保健部委員会「産業医報酬基準額について」(平成28年4月)
