製薬会社から講演の依頼を受けたとき、気になるのは「謝金はいくらか」だけでなく、あとで何が起きるかだと思います。実際には、講演1件で勤務先の許可、源泉徴収、企業による氏名と金額の公開、学会や論文でのCOI申告、確定申告の5つが動きます。それぞれ動かす主体もルールも違います。この記事では、講演を受けてから翌々年までに起きることを時系列で並べ、各段階で読むべき一次資料の条文と箇所を示します。講演を勧めることも、止めることもしません。
先に答え: 講演1件で5つの手続きが別々に動く
講演料は、受け取った時点で終わる収入ではありません。次の5つが、別々のタイミングで発生します。
1つ目は契約前の兼業許可です。公務員の医師は法律で許可が要り、民間病院の医師も就業規則で届出を求められることが多いはずです。2つ目は支払時の源泉徴収です。講演料は所得税法204条1項1号に「講演料」として明記された源泉徴収の対象で、支払額の10.21%が差し引かれます(国税庁 タックスアンサーNo.2795)。
3つ目は企業による公開です。日本製薬工業協会(製薬協)の「企業活動と医療機関等の関係の透明性ガイドライン」では、講師謝金は施設名・所属部科・役職・個人名とともに件数と金額が公開されます。さらに特定臨床研究の責任者には、臨床研究法33条による法律上の公表義務が企業側にかかります。4つ目は学会発表や論文投稿でのCOI自己申告です。5つ目は確定申告で、給与以外の所得の合計が20万円を超えるかどうかが分かれ目になります。
この5つは互いに連動しません。源泉徴収されたから申告は不要、という関係にはなりません。企業が公開したから学会への申告は不要、ということもありません。逆に、企業の公開データは誰でも閲覧でき、学会への自己申告と食い違えば照合で気づかれる可能性があります。以下、時系列の順に見ていきます。
①契約の前: 勤務先の兼業許可を先に確認する
最初に動くのは税金ではなく、勤務先のルールです。ここを飛ばすと、後の手続きがすべて正しくても服務上の問題が残ります。
公務員の医師は法律上の許可が要る
同じ病院勤務でも、身分が公務員かどうかで根拠が変わります。国家公務員の場合、国家公務員法104条は次のように定めています。
職員が報酬を得て、営利企業以外の事業の団体の役員、顧問若しくは評議員の職を兼ね、その他いかなる事業に従事し、若しくは事務を行うにも、内閣総理大臣及びその職員の所轄庁の長の許可を要する。(国家公務員法104条)
地方公務員の場合は、地方公務員法38条1項が、任命権者の許可を受けなければ「報酬を得ていかなる事業若しくは事務にも従事してはならない」と定めています。ただし同項ただし書で、非常勤職員(短時間勤務の職を占める職員などを除く)には適用されません。公立学校の教員など教育公務員には、教育公務員特例法17条の特例があります。教育に関する他の事業や事務への従事が本務の遂行に支障がないと任命権者が認める場合に、従事できるという規定です。
どれも「許可」や「認める」という手続きを前提にした規定で、努力義務ではありません。講演料が少額でも、報酬を得る以上は対象になりうる書き方です。所属先の規程で、講演や執筆の扱い、申請の期限、年間の上限などを確認してください。
民間病院は就業規則と兼業規程を見る
民間の医療法人に勤める医師は、公務員法の適用はありません。そのかわり就業規則や兼業規程が根拠になります。届出制か許可制か、製薬企業からの講演依頼を別扱いにしているか、病院により違います。届出の実務は医師の兼業届出の手続きで整理しています。
契約書で見ておく3点
講演依頼には、通常、企業との業務委託契約が伴います。税金と公開の観点から見ておきたいのは次の3点です。
まず、謝金の額が消費税込みか、消費税等の額が区分されているかです。区分されていれば、源泉徴収の対象を本体額だけにできます(国税庁No.2795)。次に、交通費や宿泊費の扱いです。支払う企業が直接ホテルや交通機関に払うなら、通常必要な範囲で報酬・料金に含めなくてよいとされています(同)。最後に、支払先が個人か所属医療機関かです。後で述べるとおり、ここで公開のされ方が変わります。インボイスの登録が問われる場面については業務委託とインボイスを参照してください。
②支払時: 講演料から10.21%が源泉徴収される
講演の翌月前後に謝金が振り込まれます。振込額は、契約上の謝金から所得税と復興特別所得税を差し引いた額です。
根拠は所得税法204条1項1号
所得税法204条1項は、居住者に対して国内で一定の報酬・料金を支払う者に源泉徴収を義務づけています。その1号に、原稿や放送謝金などと並んで「講演料」が明記されています。支払う側(企業)の義務であり、医師が手続きをするものではありません。
税率は所得税法205条1号で原則10%です。同一人に1回に支払われる金額が100万円を超える場合は、その超える部分が20%になります。これに復興特別所得税が上乗せされ、国税庁No.2795では次の算式が示されています。
- 支払金額100万円以下: 支払金額×10.21%
- 支払金額100万円超: (支払金額-100万円)×20.42%+102,100円
同ページの具体例では、150万円の原稿料に対する源泉徴収税額は204,200円です。謝金、車代、調査費などの名目でも、実態が講演料と同じなら源泉徴収の対象になる点も同ページに書かれています。
数値例で確かめます。前提は、謝金10万円で消費税等の額の区分がなく、交通費は企業がチケットを手配した場合です。源泉徴収税額は10万円×10.21%=10,210円、振込額は89,790円になります(1円未満切り捨て)。
なお、令和9年(2027年)分以後は、防衛特別所得税が加わります。国税庁No.1500によると、令和9年1月1日以後に生ずる所得については復興特別所得税の税率が1.1%に下がり、源泉徴収すべき所得税の額の1%相当の防衛特別所得税が併せて源泉徴収されます。ここからの計算では、10%+0.11%+0.1%で合計は10.21%のままです。名目の内訳が変わるだけなので、源泉徴収票や支払調書の表記が変わっても慌てる必要はありません。
源泉徴収で税金が終わるわけではない
源泉徴収はあくまで前払いです。講演料は、確定申告のときに他の所得と合わせて計算し直されます。給与の税率が10.21%より高い医師なら、申告で追加納付が生じるのが通常です。反対に必要経費が多ければ還付になることもあります。後者の判断は⑤で扱います。
③翌年度: 企業が氏名と金額を公開する
講演から1〜2年後、企業のウェブサイトに自分の氏名と金額が載ります。根拠は2つあり、性格が違います。
製薬協の透明性ガイドライン(自主基準)
製薬協の「企業活動と医療機関等の関係の透明性ガイドラインについて(解説)」は、2011年1月策定で、最新は2026年4月1日改定です。会員会社は68社(2026年4月現在)です。業界の自主基準であり、法律ではありません。各社はこれを参考に自社の指針を作ります。
公開対象は「C.原稿執筆料等」として整理されています。項目は「講師謝金」(座長、パネリスト、講師等)、「原稿執筆料・監修料」、「コンサルティング等業務委託費」の3つです。公開の要領は次のとおりです。
- 原則として業務委託先の個人に支払い、施設名、所属部科、役職、個人名を公開する
- やむを得ず所属医療機関を経由して払う場合も、同じく個人名まで公開する
- 所属医療機関に対して支払われる場合は、医療機関の名称と支払件数・金額の公開とし、個人の氏名等は要しない
- 勤務先以外の法人等に支払われる場合は、その法人等、個人、所属医療機関の名称と件数・金額を公開する
公開方法は自社ウェブサイトで、時期は各社の毎事業年度終了後1年以内です。金額の多寡を問わず公開対象で、閲覧申請を求める2段階方式は避け、印刷制限もかけないとされています。つまり、1件数万円の座長謝金でも、誰でも閲覧・印刷できる形で名前が出ると考えておくのが安全です。
共催の講演会についても整理があります。学会等との共催会合で演者等に払う謝金は、共催費ではなく「C.原稿執筆料等」の「講師謝金」として公開すると明記されています。学会の共催セミナーで演者を務めた場合も、この整理に沿って講師謝金として扱われると読めます。
臨床研究法33条(法律上の義務)
もう1つは法律です。臨床研究法(平成29年法律第16号)33条は、医薬品等製造販売業者に、特定臨床研究の研究資金等の提供に関する情報のほか、研究を実施する者に対する金銭その他の利益の提供に関する情報を、インターネット等で公表するよう義務づけています。
公表する情報の中身は臨床研究法施行規則90条にあります。講演に関係するのは「原稿執筆及び講演その他の業務に対する報酬」の区分です。範囲は、特定臨床研究の実施期間と終了後2年以内に、その研究の統括管理者または研究責任医師に提供したものに限られます。公表項目は、業務を行った統括管理者または研究責任医師の氏名、業務件数、報酬の総額です。時期は施行規則91条で、毎事業年度終了後1年以内、公表期間は公表日から5年間と定められています。
違反した企業に対しては、厚生労働大臣が公表を勧告でき、勧告に従わなければその旨を公表できます(臨床研究法34条)。義務を負うのは企業であって、医師ではありません。ただ、特定臨床研究の責任医師になっている間に同じ企業の講演を受ければ、法律に基づく公表の対象になるという点は押さえておく価値があります。製薬協も解説の中で、2018年4月の法施行を受けて、ガイドラインと法の公表項目の齟齬を解消するために改定したと説明しています。
公開までの時間差に注意する
公開は「事業年度終了後1年以内」です。事業年度の初めに講演した場合、公開されるのは最長でおよそ2年後になります。記憶が薄れたころに自分の名前と金額が出ることになり、学会への申告と食い違うのはこの時間差が一因です。
④学会発表と論文: COIの自己申告を行う
企業の公開とは別に、医師本人がCOI(利益相反)を申告する場面があります。学術集会での発表、論文投稿、診療ガイドラインの策定参加などです。
日本医学会のガイドラインが示す目安
日本医学会「医学研究のCOIマネージメントに関するガイドライン」(2015年3月一部改定)は、分科会がCOI指針を作る際の参考事例を示しています。学術集会での発表者の自己申告項目例には、講演料について次の目安があります。
1つの企業・団体からの年間の講演料が合計50万円以上とする.(日本医学会 COIマネージメントに関するガイドライン 附2)
原稿料も同じく、1つの企業・組織や団体からの年間合計50万円以上が例示されています。研究とは直接無関係な旅行や贈答品は年間5万円以上です。ただしこれらは「項目例」であり、具体的な基準は各分科会が定めます。所属学会の指針と申告書式を必ず確認してください。
注意したいのは集計の単位です。目安は「1つの企業・団体からの年間合計」です。1件ずつは少額でも、同じ企業の座長や講演を年に数回受ければ基準を超えることがあります。逆に、複数の企業から少額ずつなら、各社とも基準未満ということもありえます。企業別の年間集計表を自分で持っておくのが確実です。
自己申告と企業公開は照合されうる
同ガイドラインは、COIマネージメントは基本的に自己申告制だとしたうえで、製薬企業が2014年から研究者ごとの執筆料・講演料の詳細を公開することになったため、研究者の申告内容と異なる可能性があると指摘しています。過少申告も含めて違反者として問題視される場合が想定される、という記述です。
さらに、深刻なCOI状態があり説明責任が果たせない場合の措置として、学会発表や論文発表の差し止め、掲載論文の撤回などを指針にあらかじめ書いておくべきだとしています。どの措置をとるかは各学会の規定次第ですが、自己申告の正確さが問われる構図は押さえておく必要があります。
同ガイドラインは用語も区別しています。「開示」は施設や学術団体の構成員に向けた情報発信、「公開」は社会全体に向けた情報発信で、雑誌掲載論文への記載が一例とされています。論文のCOI記載は社会全体への公開にあたるということです。
⑤翌年3月: 確定申告の要否を判断する
最後が確定申告です。講演料の所得区分と、申告が必要になる線を順に確認します。
所得区分は原則として雑所得
国税庁No.1500は、雑所得の例として「副業に係る所得(原稿料やシェアリングエコノミーに係る所得など)」を挙げ、源泉徴収の項目でも原稿料・講演料に触れています。勤務医が本業の傍らで受ける講演料は、通常この雑所得に入ります。営利を目的とした継続的なものは「業務に係る雑所得」として、総収入金額から必要経費を差し引いて計算します。講演の規模や継続性によっては事業所得とされる余地もありますが、その判断は個別の事情によります。
雑所得の損失は、他の所得と損益通算できません(国税庁No.1500)。講演のための出張費や資料作成費を経費にしても、給与所得から差し引くことはできないということです。
20万円の線は「所得金額」で判断する
国税庁No.1900と所得税法121条1項1号によれば、給与を1か所から受け、その全部が源泉徴収・年末調整の対象になっている人は、給与所得と退職所得以外の所得金額の合計が20万円以下なら、所得税の確定申告は不要です。ただし給与の年間収入金額が2,000万円を超える人は、この特例に関係なく申告が必要です。
ここで比べるのは「所得金額」で、収入金額ではありません。講演料の収入から必要経費を差し引いた額です。また、講演料だけでなく、原稿料、他院での業務委託報酬、その他の雑所得などをすべて合計します。2か所以上から給与を受けている医師は、年末調整されなかった給与の収入金額も合わせて判定します(No.1900の3)。非常勤先の給与がある医師は、講演料が少額でも申告対象になりやすい点に注意が必要です。
数値例で確かめます。前提は、常勤先1か所の給与のみで給与収入は2,000万円以下、講演料は年3回で計30万円、必要経費は5万円とします。所得金額は30万円-5万円=25万円で、20万円を超えるため確定申告が必要です。経費が10万円あれば所得金額は20万円となり、20万円以下に収まります。
申告不要の判定は所得税についての話です。住民税の申告の要否は、お住まいの市区町村の案内で確認してください。手順の全体は医師の副業と確定申告の手順にまとめています。
申告時に用意しておく記録
申告で使うのは、企業から届く支払調書(届かない場合もあります)、振込記録、契約書、経費の領収書です。源泉徴収税額は申告書の「源泉徴収税額」欄で精算されるため、支払調書がなくても、契約額と振込額から源泉徴収額を把握しておく必要があります。前々年分の業務に係る雑所得の収入金額が300万円を超える人は、請求書や領収書などの現金預金取引等関係書類の保存が必要とされています(国税庁No.1500)。
数値例: 年3回の講演を5つの段階で追う
ここまでの流れを1つの数値例で通します。前提は次のとおりです。常勤先1か所の国家公務員の医師で、給与収入は2,000万円以下です。同じ企業から年3回、1回10万円(消費税等の区分なし)の講演謝金を個人あてに受けます。交通費は企業が直接手配し、自分で負担した必要経費は年2万円とします。特定臨床研究の責任医師ではないものとします。
①契約の前には、内閣総理大臣及び所轄庁の長の許可が必要です(国家公務員法104条。実際の申請窓口と手順は所属先の規程による)。②支払時には、1回ごとに10,210円が源泉徴収され、振込額は89,790円です。3回で源泉徴収税額は30,630円、振込額の合計は269,370円になります。
③企業の公開では、製薬協会員会社であれば、翌事業年度中に施設名・所属部科・役職・氏名とともに「講師謝金 3件 30万円」に相当する情報が載ることになります。④学会のCOI申告では、同じ企業からの講演料が年間30万円です。日本医学会ガイドラインの項目例(50万円以上)に当てはめれば申告対象外ですが、所属学会の基準が違えば結論も変わります。
⑤確定申告では、所得金額は30万円-2万円=28万円で20万円を超えるため、申告が必要です。源泉徴収された30,630円は、申告で計算した税額から差し引いて精算します。このように、同じ30万円でも、公開・COI・税金で基準と集計単位がそれぞれ違うことが分かります。
5つのずれが生じやすい場面
ここまでの5つの手続きは、それぞれ別の帳簿で動きます。実務でずれが生じやすいのは次のような場面です。
1つ目は、謝金を所属医療機関経由で受けた場合です。製薬協ガイドラインでは、所属医療機関に対して支払われる場合は個人名を公開しない扱いですが、医療機関を経由して本人に払うだけなら個人名まで公開されます。どちらの契約形態だったかで、公開データの載り方が変わります。
2つ目は、講演会の名称と主催の取り違えです。学会との共催セミナーの演者謝金は、共催費ではなく講師謝金として公開されます。「学会のセミナーだから企業からの報酬ではない」と考えてCOI申告から外すと、公開データとの照合でずれが出ます。
3つ目は、時期のずれです。企業の公開は事業年度単位、学会のCOI申告は学会が定める期間、確定申告は暦年です。同じ講演でも、どの期間に数えるかで集計が変わります。企業の事業年度が暦年と一致しない場合は特に注意が必要です。
4つ目は、交通費の扱いです。企業がチケットを直接手配した分は報酬・料金に含めなくてよいとされていますが、医師が立て替えて実費精算された場合は、原則として報酬・料金に含まれます(国税庁No.2795)。源泉徴収の対象額も変わります。
5つ目は、SNSや一般向けの発信で講演内容に触れる場面です。企業の講演で扱った製品に、自分のSNSで言及すると、広告規制の論点が出てきます。これについては医師のSNS発信と広告規制を参照してください。
まとめ: 講演前に記録の仕組みを作っておく
講演料をめぐる手続きは、勤務先、企業、学会、税務署の4者が別々に動きます。1つでも抜けると、後から公開データとの不一致として表に出ます。そして企業の公開は誰でも見られる形で、最長でおよそ2年後に行われます。
対策は難しくありません。講演を受ける前に勤務先の許可を確認し、企業別・年度別の講演料の表を1枚作っておくことです。そこに契約額、源泉徴収額、振込日、経費を記録すれば、COI申告にも確定申告にもそのまま使えます。本記事で引いた条文と資料は、どれも原文で公開されています。自分のケースでは、それぞれの原文にあたって確認してください。
参考文献
- 所得税法(昭和40年法律第33号)121条・204条・205条(e-Gov法令検索)
- 国税庁 タックスアンサー No.2795「原稿料や講演料等を支払ったとき」、No.2792「源泉徴収が必要な報酬・料金等とは」、No.1500「雑所得」、No.1900「給与所得者で確定申告が必要な人」
- 日本製薬工業協会「企業活動と医療機関等の関係の透明性ガイドラインについて(解説)」2026年4月1日改定
- 臨床研究法(平成29年法律第16号)2条・32条・33条・34条、臨床研究法施行規則(平成30年厚生労働省令第17号)88条〜91条
- 日本医学会 利益相反委員会「医学研究のCOIマネージメントに関するガイドライン」2015年3月一部改定
- 国家公務員法104条、地方公務員法38条、教育公務員特例法17条(e-Gov法令検索)
