定年が見えてきて、老健の施設長の打診や求人を目にする機会が増えた。外来や当直から離れて、落ち着いて長く働ける場所なのかが知りたい。そう考えている先生は少なくないはずです。この記事では、介護老人保健施設(老健)の施設長を、介護保険法と人員基準の省令の条文、厚生労働省の公的統計だけで確かめます。法定の役割、施設内で担う医療の範囲、勤務実態、契約前の確認事項の順に整理し、ご自身に向くかどうかを判定できるところまで進みます。
最初の答え:向くのは「管理責任」を引き受けられる先生です
老健の施設長を「臨床の負担が軽い医師ポスト」と捉えると、判断を誤ります。法律上の施設長は「管理者」です。介護保険法95条1項は「介護老人保健施設の開設者は、都道府県知事の承認を受けた医師に当該介護老人保健施設を管理させなければならない」と定めています。施設長の仕事の中心は、入所者を診ることに加えて、施設そのものを管理することにあります。
一方で、医療行為の範囲は病院より狭く、施設の目的は入所者の在宅復帰の支援に置かれています。急性期の判断を一人で抱え続けたくない先生にとって、制度の設計は合っています。ただし、医師が少人数の施設では夜間の連絡を受ける立場になりやすく、報酬も公的統計で「老健施設長の相場」として示されたものはありません。
判定の軸は次の4つです。管理者責任を引き受けられるか。施設内でできる医療の範囲に納得できるか。夜間・休日の連絡体制を契約で線引きできるか。報酬と業務量を書面で確認できたか。この4つに「はい」と言えるなら、定年後の選択肢として具体的に検討する価値があります。
定年後の働き方全体の選択肢は医師の65歳以降の働き方で整理しています。本記事はその中の一つ、老健の施設長に絞って掘り下げます。
法定の役割①:施設長は「知事の承認を受けた管理者」です
原則は医師、例外は知事の承認
介護保険法95条は2項構成です。1項が先ほどの原則で、2項は「前項の規定にかかわらず、介護老人保健施設の開設者は、都道府県知事の承認を受け、医師以外の者に当該介護老人保健施設を管理させることができる」としています。施設長は原則として医師ですが、知事の承認があれば医師以外も就けます。医師であっても、就任には知事の承認という手続きが要る点が病院の管理者と異なります。
開設そのものも知事の許可制です。同法94条1項は、開設しようとする者は「都道府県知事の許可を受けなければならない」と定めます。同条3項1号は、開設しようとする者が地方公共団体、医療法人、社会福祉法人その他厚生労働大臣が定める者でないときは、許可を与えることができないとしています。施設長として雇われる場合、雇用主はこうした法人で、先生は法人から管理を任される立場になります。
管理者に課される義務の中身
人員と運営の基準は、平成11年厚生省令第40号「介護老人保健施設の人員、施設及び設備並びに運営に関する基準」(以下、基準省令)に定められています。管理者に関わる条文は二つです。
23条は「介護老人保健施設の管理者は、専ら当該介護老人保健施設の職務に従事する常勤の者でなければならない」とし、管理上支障がない場合は他の事業所等の職務に従事できるという但書を置いています。常勤専従が原則で、兼務は例外です。週に数日だけ顔を出す名義的な施設長は、この原則と合いません。
24条1項は「介護老人保健施設の管理者は、当該介護老人保健施設の従業者の管理、業務の実施状況の把握その他の管理を一元的に行わなければならない」と定めます。2項は、従業者に基準を遵守させるために必要な指揮命令を「行うものとする」としています。医師・看護職員・介護職員・リハビリ職・支援相談員まで含めた施設全体の管理が、条文上は施設長に集まる構造です。
さらに介護保険法105条は、医療法15条1項などを老健の管理者に準用しています。医療法15条1項は、病院又は診療所の管理者が、勤務する医師その他の従業者を監督し、管理と運営につき「必要な注意をしなければならない」と定める規定です。病院長と同じ型の監督義務が、読み替えて老健の施設長にもかかると理解しておくのが安全です。
行政との関係で施設長が名指しされる場面
知事は、管理者が「管理者として不適当であると認めるとき」は、開設者に対して期限を定めて管理者の変更を命ずることができます(介護保険法102条1項)。命令の名宛人は開設者ですが、対象は施設長個人です。
また同法100条1項により、知事や市町村長は「介護老人保健施設の管理者若しくは医師その他の従業者」に報告や診療録等の提出を命じ、立入検査をすることができます。運営指導や監査の場で説明を求められるのは、実務上まず施設長です。人員基準を満たさない場合の勧告・命令(103条)や、施設介護サービス費の請求に不正があった場合などの許可の取消しや効力の停止(104条1項6号ほか)は開設者に向けた処分ですが、施設長がその運営を管理していた事実は消えません。
雇われる立場で管理責任を負う構造は、病院・診療所の雇われ院長と共通しています。責任の範囲と契約での線引きは雇われ院長の責任で詳しく扱っています。
法定の役割②:施設内で担う医療の範囲
老健の目的は「在宅復帰の支援」
介護保険法8条28項は、老健を、要介護者に対し施設サービス計画に基づいて「看護、医学的管理の下における介護及び機能訓練その他必要な医療並びに日常生活上の世話を行うことを目的とする施設」と定義しています。対象者は、主として心身の機能の維持回復を図り、居宅で生活できるようにするための支援が必要な者です。基準省令1条の2第1項も、入所者の「居宅における生活への復帰を目指すもの」でなければならないとしています。
同じ介護保険施設でも、介護医療院は8条29項で「主として長期にわたり療養が必要である者」を対象とし、療養上の管理を目的に含めています。医師の配置基準も違います。老健は基準省令2条1項1号で、医師を「常勤換算方法で、入所者の数を百で除して得た数以上」置くこととされています。入所者100人なら常勤換算で1人以上です。介護医療院は平成30年厚生労働省令第5号4条1項1号で、Ⅰ型入所者数を48で除した数とⅡ型入所者数を100で除した数の合計以上、かつ3に満たないときは3とされています。
規模感は令和6年介護サービス施設・事業所調査で確認できます。令和6年10月1日現在、老健は4,214施設、定員は365,939人で、介護医療院は917施設でした。老健で働く医師の実人員は8,428人です。単純に割ると1施設あたり約2.0人ですが、これは非常勤を含む実人員数なので、常勤医師が2人いるという意味ではありません。常勤の医師が施設長1人だけという施設も珍しくないと考えて、面談で確かめてください。
診療の方針と「できないこと」
医師の診療については基準省令15条が方針を定めています。検査、投薬、注射、処置等は入所者の病状に照らして妥当適切に行うとしたうえで、5号で「特殊な療法又は新しい療法等については、別に厚生労働大臣が定めるもののほか行ってはならない」、6号で厚生労働大臣が定める医薬品以外の医薬品を「施用し、又は処方してはならない」と定めています。病院と同じ感覚で治療を選べるわけではありません。
施設内で対応しきれないときの動きは16条にあります。施設の医師は、自ら必要な医療を提供することが困難と認めたときは、協力医療機関その他の病院等への入院の措置を講じ、又は他の医師の対診を求めるなど適切な措置を「講じなければならない」とされています。同時に2項で、不必要に往診を求めたり通院させたりしてはならないとも定めています。施設長の医学的判断の中心は、「施設で診るか、外に出すか」の線引きにあります。
報酬上の位置づけ:所定疾患施設療養費
施設内で治療した場合の介護報酬上の評価に、所定疾患施設療養費があります。厚生労働省「令和6年度介護報酬改定における改定事項について」によれば、令和6年度改定で対象に慢性心不全の増悪が加わりました。対象は肺炎、尿路感染症、帯状疱疹、蜂窩織炎、慢性心不全の増悪のいずれかに該当する入所者に投薬、検査、注射、処置等を行った場合です。単位数は(Ⅰ)239単位/日、(Ⅱ)480単位/日で、改定前から変更はありません。
算定要件は記録と公表に重心があります。(Ⅰ)は診断、診断日、実施した投薬・検査・注射・処置等の内容を診療録に記載すること、(Ⅱ)はさらに診断に至った根拠の記載と、施設の医師が感染症対策に関する研修を受講していることが求められます。どちらも算定開始年度の翌年度以降、前年度の実施状況を公表することが要件です。令和8年6月改定の算定構造の資料でも、(Ⅰ)は1月に1回7日を限度に1日239単位と記載されています。算定構造には、緊急時施設療養費(緊急時治療管理は1月に1回3日を限度に1日518単位)という項目もあります。
これらは施設の収入に直結するため、施設長に算定を期待されることがあります。一方で、算定は診断と記録の質が前提です。入職前に、施設がこの療養費をどの程度算定しているか、記録の運用を誰が担っているかを聞いておくと、期待される役割の輪郭が見えます。
法定の役割③:オンコールと協力医療機関
「常時」の体制は協力医療機関と組む設計
夜間や休日の急変対応について、基準省令は施設長個人に24時間の待機を義務づける形をとっていません。30条1項は、入所者の病状の急変等に備えて、あらかじめ協力医療機関を「定めておかなければならない」とし、その要件を3つ挙げています。医師又は看護職員が相談対応を行う体制を常時確保していること。診療の求めがあった場合に診療を行う体制を常時確保していること。入院を要すると認められた入所者の入院を原則として受け入れる体制を確保していること(この要件は病院に限る)です。
この3要件は令和6年度改定で設けられました。改定事項の資料では、義務付けにかかる期限を3年とすると説明されています。同条2項では、1年に1回以上、協力医療機関との間で急変時の対応を確認し、協力医療機関の名称等を知事に届け出ることも求められます。
それでも施設長に連絡が来る理由
制度上の「常時」は協力医療機関との組み合わせで満たせますが、施設の看護職員がまず連絡するのは、入所者を日頃診ている施設の医師であることが多いのが実情です。常勤医師が施設長1人の施設では、夜間の電話はほぼ施設長に集まります。逆に、協力医療機関が同一法人の病院で当直医が電話を受ける体制なら、施設長の負担はかなり軽くなります。
ここは条文では決まらず、施設ごとの運用で決まる部分です。オンコールの有無、電話のみか来院を伴うか、手当の有無、休日の当番制の有無は、契約前に必ず書面で確認してください。在宅の看取りや夜間往診を担う働き方と比べたい場合は、訪問診療に転職した医師の実際が参考になります。
勤務実態と報酬:公的統計で言えること
「老健施設長の年収」を示す公的統計はありません
最初に断っておくと、老健の施設長に限った報酬を示す公的統計は、本記事の調査では確認できませんでした。厚生労働省の介護事業経営実態調査は老健の職種別給与費を掲載していますが、令和5年度実態調査と令和7年度概況調査の老健の表に載っている職種は、いずれも看護師・准看護師・介護福祉士・介護職員で、医師の給与費は掲載されていません。求人サイトの年収相場は出典の性質が異なるため、本記事では使いません。
賃金構造基本統計調査で見る雇われ医師の水準
参考になるのは、厚生労働省の賃金構造基本統計調査です。本記事では公表済みの最新年である令和7年調査を使います。職種第1表で医師(男女計、産業計、企業規模計)を見ると、平均年齢45.7歳、きまって支給する現金給与額は月1,163.2千円、年間賞与その他特別給与額は1,164.1千円でした。月額を12倍して賞与を足す編集部の計算では、年収換算で約1,512万円です。きまって支給する現金給与額には時間外手当などの超過労働給与も含まれる点に注意してください。
企業規模別では差が出ます。10〜99人規模は平均年齢54.8歳で年収換算約1,832万円、100〜999人規模は平均年齢50.0歳で約1,707万円、1,000人以上規模は平均年齢42.6歳で約1,379万円でした。規模が大きい区分ほど若手が多く含まれるため、この差は年齢構成の影響も受けています。10〜99人規模は賞与が230.3千円と小さく、月額の比重が大きい点も他の区分と異なります。
この数字は病院・診療所などで雇用されている医師全体の値で、老健の施設長の報酬を示すものではありません。ただし、交渉の際の物差しにはなります。管理者としての責任を負うのに、同年代の勤務医の水準を大きく下回る提示なら、業務量や待遇のどこかに理由があるはずです。
施設の経営状態も報酬に響きます
施設長の報酬は施設の収支から払われます。最新の令和7年度介護事業経営概況調査では、新型コロナ・物価高騰対策関連の補助金収入を除く老健の収支差率は、令和5年度決算で−0.6%、令和6年度決算で0.6%でした。令和5年度実態調査では令和4年度決算が−1.1%だったので、持ち直してはいるものの、収入に対して1%に満たない薄い利幅です。報酬額だけでなく、法人の財務状況や過去数年の施設長の交代歴も、聞ける範囲で確認しておくと安心です。
勤務実態:施設長の1日はどう組まれるか
条文と統計から見えるのは枠組みまでで、1日の中身は施設によって大きく異なります。一般的には、入所者の回診と処方、看護職員からの報告対応、入退所の判定会議、施設サービス計画に関する多職種の会議、家族への説明が日常業務の中心になります。これに、運営規程や委員会の運営、職員の勤務体制、行政への届出など、管理者としての業務が重なります。
基準省令は、事故防止のための委員会と研修の定期的な実施(36条1項3号)、虐待防止の措置(36条の2)、勤務体制の確保(26条)などを施設に求めています。これらの多くは施設長が議長や責任者として関わる業務です。臨床の時間が減る分、会議と書類の時間が増えると考えておくと、入職後のずれが小さくなります。
向きにくいのはどんな場合か
反対に、施設長が合いにくい典型も挙げておきます。一つ目は、専門領域の診療を続けたい場合です。基準省令15条は特殊な療法や医薬品の使用に制限を置いており、老健は専門治療を深める場ではありません。専門外来を週に数日続けたいなら、23条の常勤専従の原則と両立するかを先に確かめる必要があります。
二つ目は、職員の管理や会議を負担に感じる場合です。24条は管理を「一元的に」行うことを求めており、人の配置や職員間の調整から逃げられる立場ではありません。病院で部長職や医長職を経験し、多職種の調整に慣れている先生ほど移行は滑らかです。
三つ目は、夜間の連絡を完全に断ちたい場合です。協力医療機関の体制が整っていても、施設の医師が自分一人なら、急変や看取りの判断について連絡が来る可能性は残ります。オンコールを受けない前提なら、常勤医師が複数いる施設か、法人内の病院が夜間を引き受ける施設に絞るのが現実的です。
四つ目は、短期間だけ働くつもりの場合です。施設長が交代するたびに新しい施設長について知事の承認が改めて必要になり、施設にとっても行政手続きの負担になります。半年や1年で辞める前提なら、施設長ではなく非常勤の医師として関わる方が、双方にとって無理がありません。
40代から管理職志向でキャリアを組み直す場合の考え方は、40代医師のセカンドキャリアでも触れています。施設長は臨床医というより、医療を理解した管理職としての働き方です。
契約時の確認事項:書面で残す10項目
ここまでの論点を、契約前に書面で確認する項目に落とします。口頭の説明だけでは、後から「そんな話ではなかった」となりやすいためです。
1つ目は管理者承認の手続きです。介護保険法95条により施設長は知事の承認を受けるため、就任日と承認申請の段取りを確かめます。2つ目は常勤専従の範囲です。基準省令23条の但書で兼務が認められる範囲と、法人内の他施設の業務を頼まれる可能性を聞いておきます。
3つ目は医師の配置人数です。自分以外の常勤・非常勤医師がいるか、休暇時の代診はどうするかを確認します。4つ目は夜間・休日の連絡体制で、オンコールの頻度と手当を条件に入れます。5つ目は協力医療機関の名称と受入れ体制で、基準省令30条1項の3要件をどの医療機関で満たしているかを聞きます。
6つ目は所定疾患施設療養費の算定方針と記録の運用です。7つ目は報酬の内訳で、基本給・管理職手当・賞与の別と、賞与の算定根拠を確認します。8つ目は事故や行政処分の際の責任分担です。施設として加入している賠償責任保険が施設長個人の責任をどこまでカバーするかも聞いてください。
9つ目は退任の手続きです。施設長が辞めると後任の承認手続きが必要になるため、退任の申出期限や後任確保の責任が誰にあるかを決めておきます。10個目は年次有給休暇と、学会・研修日の扱いです。所定疾患施設療養費(Ⅱ)には医師の感染症対策研修の受講が要件として入っているため、研修日の確保は施設側にも利点があります。
なお、個別の契約条項の有効性や責任の範囲は、契約書と事実関係によって結論が変わります。重要な判断の前には、弁護士や社会保険労務士にご相談ください。
まとめ:判定の順番を守れば、施設長は有力な選択肢です
老健の施設長は、介護保険法95条にもとづき知事の承認を受けて施設を管理する管理者です。基準省令23条・24条で常勤専従と一元的な管理が求められ、医療法15条1項の準用により従業者の監督義務も負います。医療の範囲は基準省令15条・16条で枠づけられ、施設の目的は在宅復帰の支援にあります。夜間の「常時」の体制は協力医療機関と組む設計ですが、実際の連絡の集まり方は施設ごとに異なります。
報酬について公的統計で言えるのは、雇われ医師全体の水準までです。令和7年賃金構造基本統計調査の医師の年収換算は約1,512万円で、老健施設長の相場ではない点に注意してください。
判定の順番は、管理責任、医療の範囲、夜間の体制、報酬の4つです。順番を逆にして報酬から入ると、ほかの条件を確かめないまま話が進みがちです。
次の一歩は、関心のある施設に、本記事の10項目を書面で質問することです。回答の丁寧さそのものが、その法人が施設長をどう位置づけているかを示してくれます。
参考資料
- 介護保険法(平成9年法律第123号)8条28項・29項、94条、95条、100条、102条〜105条(e-Gov法令検索)
- 介護老人保健施設の人員、施設及び設備並びに運営に関する基準(平成11年厚生省令第40号)1条の2、2条、15条、16条、23条、24条、26条、30条、36条(e-Gov法令検索)
- 介護医療院の人員、施設及び設備並びに運営に関する基準(平成30年厚生労働省令第5号)4条(e-Gov法令検索)
- 医療法(昭和23年法律第205号)15条(e-Gov法令検索)
- 厚生労働省老健局「令和6年度介護報酬改定における改定事項について」
- 厚生労働省「介護給付費単位数等サービスコード表等の算定構造(令和8年6月改定箇所)」
- 厚生労働省「令和5年度介護事業経営実態調査結果」
- 厚生労働省「令和7年度介護事業経営概況調査結果」
- 厚生労働省「令和6(2024)年介護サービス施設・事業所調査の概況」
- 厚生労働省「令和7年賃金構造基本統計調査」職種第1表(e-Stat)
