医局を離れてしばらく経ち、母校の大学から寄附のお願いが届く。奨学金基金や研究支援の案内を見て、少しまとまった額を出してもよいと考える医師は少なくありません。そのとき迷うのが税金の扱いです。寄附金控除は「所得控除」と「税額控除」の2つの方式があり、寄附先と使い道によって選べるかどうかが変わります。さらに住民税は所得税とは別の仕組みで動きます。
この記事では、国税庁のタックスアンサー、所得税法・租税特別措置法・地方税法の条文、文部科学省の公表資料を実際に読んだうえで、同じ100万円を母校に寄附した場合の手取りへの影響を、限界税率33%と40%の医師で計算して比べます。最後に、確定申告で必要になる書類の集め方まで整理します。内容は2026年10月20日時点で確認できた資料に基づきます。特定の大学への寄附を勧めるものではありません。
先に答え: 33%の医師は税額控除、40%なら同じ、45%は所得控除
結論を先に書きます。税額控除を選べる寄附であれば、所得税の限界税率が40%未満の医師は税額控除のほうが所得税の軽減額が大きくなります。40%ではほぼ同額、45%では所得控除のほうが大きくなります。理由は単純で、税額控除の控除率が40%に固定されているからです。
所得控除方式では、(寄附額−2,000円)を所得から差し引くので、軽減額は「その金額×自分の限界税率」になります。税額控除方式では、(寄附額−2,000円)×40%を所得税額から直接差し引きます(国税庁 タックスアンサーNo.1266)。限界税率が40%を下回るなら税額控除が有利、上回るなら所得控除が有利という構造です。
ただし、税額控除には「所得税額の25%まで」という上限があります。寄附額が大きくなると、この上限に当たって逆転が起きます。また、そもそも税額控除を選べるのは、一定の証明を受けた法人への寄附に限られます。母校が国立大学法人なら、税額控除の対象は修学支援や若手研究者支援の事業に充てられる寄附に限定されます。ここを取り違えると、選べると思っていた方式が選べません。
所得控除方式(寄附金控除)のしくみ
所得税法第78条は、特定寄附金を支出した場合に、その合計額から2,000円を引いた金額を所得から控除すると定めています。控除の対象になる寄附金の額には上限があり、総所得金額・退職所得金額・山林所得金額の合計額の100分の40が限度です(所得税法第78条第1項)。国税庁はこれを「(1)その年に支出した特定寄附金の額の合計額、(2)その年の総所得金額等の40パーセント相当額のいずれか低い金額−2000円」と整理しています(国税庁 タックスアンサーNo.1150)。
大学が関係するのは、特定寄附金のうち「特定公益増進法人」に対する寄附です。所得税法施行令第217条は、その対象として独立行政法人、公益社団法人・公益財団法人、学校の設置を主たる目的とする私立学校法上の学校法人などを列挙しています。私立大学を設置する学校法人への寄附は、その法人の主たる目的である業務に関連するものであれば、ここに入ります。確定申告では、受領証に加えて「特定公益増進法人である旨の証明書の写し」が必要になる類型があります(No.1150)。
国立大学法人への寄附も、大学が発行する受領証で寄附金控除の対象として扱われるのが通常です。ただ、その根拠となる区分は大学の案内や受領証の記載で確かめてください。この記事では、根拠条文を自分で確認できなかった部分を断定しません。
一つ、医師の家庭で特に注意したい除外があります。所得税法第78条第2項は、特定寄附金の定義から「学校の入学に関してするもの」を除いています。子どもの入学に関連する寄附は、名目が何であれ寄附金控除の対象になりません。国税庁も、寄附をした人に特別の利益がおよぶと認められるものは特定寄附金に該当しないと書いています(No.1150)。母校への寄附と子どもの受験時期が重なる場合は、時期と趣旨を分けて考えるのが安全です。
税額控除方式(公益社団法人等寄附金特別控除)のしくみ
租税特別措置法第41条の18の3は、一定の法人への寄附について、所得控除に代えて税額控除を受けられる制度を定めています。国税庁の名称は「公益社団法人等寄附金特別控除」です。計算式は次のとおりです(No.1266の算式を要約)。
- 控除額 =(その年に支払った対象寄附金の合計額−2,000円)×40%
- 100円未満は切り捨て
- 対象寄附金の合計額は総所得金額等の40%が限度
- 控除額はその年の所得税額の25%が限度
対象となる法人は3つの区分に分かれます(No.1266、措置法第41条の18の3第1項)。第1に、公益社団法人・公益財団法人、私立学校法第3条の学校法人、社会福祉法人、更生保護法人への寄附。第2に、国立大学法人・公立大学法人・国立高等専門学校機構・日本学生支援機構への寄附のうち、学生に対する修学の支援のための事業に充てられることが確実なもの。第3に、国立大学法人・大学共同利用機関法人・公立大学法人・国立高等専門学校機構への寄附のうち、学生または不安定な雇用状態にある研究者の研究への助成や能力向上の事業に充てられることが確実なものです。
さらに、どの区分でも「運営組織及び事業活動が適正であること並びに市民から支援を受けていること」について政令の要件を満たす法人に限られます(措置法第41条の18の3第1項各号)。私立大学の学校法人であれば自動的に対象になるわけではなく、所轄庁の証明を受けた法人だけが対象です。
国立大学では「修学支援」と「研究等支援」の基金が鍵
文部科学省は、国立大学法人等の修学支援事業・研究等支援事業に対する個人寄附の税額控除について、対象法人の一覧、通知、申請の手引き、Q&Aを公表しています(文部科学省「国立大学法人等の修学支援事業・研究等支援事業に対する個人からの寄附に係る所得税の税額控除について」)。同省のQ&Aでは、修学支援の対象となる「学生」に大学院生も含まれること、研究等支援事業の「不安定な雇用状態にある研究者」は任期付きで採用されたいわゆるポスドクを指し、教授・准教授・助教・助手・講師に該当しない者であることが示されています(文部科学省 税額控除に関するQ&A、2021年4月1日現在)。
Q&Aには、修学支援事業基金と研究等支援事業基金を他の寄附金財源と区分して執行管理する前提も書かれています。言い換えると、国立大学への寄附で税額控除を選びたいなら、寄附の申込みの段階で、修学支援基金や研究等支援基金を指定する必要があります。病院の設備更新、医学部の一般的な教育研究、学部の周年事業など、修学支援以外の使途を指定した寄附は、第2・第3区分の税額控除の対象にはなりません。その場合は所得控除方式で申告することになります。
同じ100万円を寄附したときの比較(33%と40%)
ここからが本題の計算です。前提を明記します。
- 寄附額: 100万円を1つの対象法人に1回(税額控除の要件を満たす寄附)
- 医師A: 課税される所得金額1,105万円(限界税率33%)。目安として給与収入1,500万円・他の所得控除200万円程度
- 医師B: 課税される所得金額2,105万円(限界税率40%)。目安として給与収入2,500万円・他の所得控除200万円程度
- 所得はいずれも給与所得のみ、所得金額調整控除なし、総所得金額等の40%の上限には当たらない
- 所得税額は国税庁の速算表で計算(国税庁 タックスアンサーNo.2260)
- 復興特別所得税(基準所得税額の2.1%)は最後にまとめて加算
速算表では、課税所得900万円〜1,799.9万円が税率33%・控除額153.6万円、1,800万円〜3,999.9万円が40%・279.6万円です(No.2260)。医師Aの所得税額は1,105万円×33%−153.6万円=211万500円、医師Bは2,105万円×40%−279.6万円=562万4,000円になります。
医師A(33%)の場合。 所得控除方式では、寄附金控除99万8,000円を差し引いた課税所得1,005万2,000円に速算表を当てると、所得税額は178万1,160円です。軽減額は32万9,340円で、税率区分は33%のままです。税額控除方式では、(100万円−2,000円)×40%=39万9,200円です。上限の所得税額25%は52万7,600円(100円未満切り捨て)なので、上限内に収まります。差は税額控除のほうが6万9,860円多いという結果です。復興特別所得税を含めると、所得控除で約33万6,000円、税額控除で約40万8,000円の軽減になります。
医師B(40%)の場合。 所得控除方式の軽減額は99万8,000円×40%=39万9,200円です。税額控除方式も39万9,200円で、完全に同額になります。40%の区分にいる限り、方式を変えても所得税は変わりません。
この計算からわかるのは、税額控除の40%という控除率が、所得控除の限界税率40%と同じ水準に設定されているということです。課税所得4,000万円以上で45%の区分にいる医師なら、所得控除のほうが寄附1円あたり5%分有利です。開業医や、医療法人からの役員報酬が高い医師は、こちらに該当しやすいでしょう。
寄附額が大きいと逆転する: 25%上限の効き方
税額控除には所得税額の25%という上限があります。医師Aが同じ大学に300万円を寄附した場合で確かめてみます。
税額控除方式では、(300万円−2,000円)×40%=119万9,200円ですが、上限は所得税額211万500円の25%で52万7,600円です。控除できるのは52万7,600円にとどまります。
所得控除方式では、寄附金控除299万8,000円を引いた課税所得は805万2,000円です。税率区分が23%(課税所得695万円〜899.9万円、控除額63.6万円)に下がるため、所得税額は121万5,960円となり、軽減額は89万4,540円です。この寄附額では所得控除のほうが36万6,940円多い結果になります。
医師Bでも300万円の場合を見ると、税額控除は119万9,200円で上限140万6,000円の内側に収まり、所得控除の軽減額も119万9,200円で同額です。高所得なほど25%上限が高くなるため、上限に当たりにくくなります。
| 前提 | 寄附額 | 所得控除の軽減額 | 税額控除の軽減額 | 有利な方式 |
|---|---|---|---|---|
| 医師A(33%) | 100万円 | 32万9,340円 | 39万9,200円 | 税額控除 |
| 医師A(33%) | 300万円 | 89万4,540円 | 52万7,600円(上限) | 所得控除 |
| 医師B(40%) | 100万円 | 39万9,200円 | 39万9,200円 | 同じ |
| 医師B(40%) | 300万円 | 119万9,200円 | 119万9,200円 | 同じ |
(表の数値は本文の前提に基づく計算値。復興特別所得税を除く)
実務的には、寄附をする年の課税所得の見込みと寄附額を当てはめ、確定申告書等作成コーナーで両方式を入力して比べるのが確実です。所得控除の場合、寄附によって税率区分をまたぐと限界税率が途中で下がるので、単純な「寄附額×税率」では計算できません。
住民税は別のルートで判定される
所得税で所得控除と税額控除のどちらを選んでも、住民税の扱いは変わりません。住民税には寄附金の所得控除がなく、条例で指定された寄附金についてだけ税額控除が受けられます。
地方税法第37条の2は道府県民税について、所得税法第78条第2項第2号・第3号に掲げる寄附金のうち「住民の福祉の増進に寄与する寄附金として当該道府県の条例で定めるもの」を対象とし、(寄附金の合計額−2,000円)の100分の4(指定都市に住む場合は100分の2)を所得割から控除すると定めています。市町村民税については第314条の7が同じ構造で100分の6(指定都市は100分の8)です。合計で10%、対象となる寄附額の上限は総所得金額等の30%です。
前提の100万円であれば、住所地の都道府県と市区町村の両方がその大学を条例で指定している場合、(100万円−2,000円)×10%=9万9,800円が翌年度の住民税から差し引かれます。どちらか一方だけが指定していれば、その分だけです。指定の有無は自治体ごとに異なるため、住所地の自治体のウェブサイトや大学の寄附案内で確認する必要があります。母校が地元にない医師は、住民税の控除がつかないことも珍しくありません。
医師Aが100万円を税額控除方式で寄附し、住所地の両方の条例指定がある場合の実質負担を試算すると、所得税(復興特別所得税込み)約40万8,000円と住民税9万9,800円の軽減で、手元からの持ち出しは約49万3,000円になります。
ふるさと納税と同じ年に重なるとき
母校の所在地の自治体に寄附する「ふるさと納税」と、大学そのものへの寄附は別物です。ふるさと納税は地方公共団体への寄附で、住民税に「特例分」が上乗せされるため、2,000円を除いたほぼ全額が控除される設計になっています。総務省は、所得税からの控除を(ふるさと納税額−2,000円)×所得税の税率、住民税の基本分を(ふるさと納税額−2,000円)×10%、特例分を(ふるさと納税額−2,000円)×(100%−10%−所得税の税率)と示し、特例分は住民税所得割額の2割が上限としています(総務省 ふるさと納税ポータル「税金の控除について」)。大学への寄附には、この特例分がありません。
同じ年に両方を行う場合の注意点は2つです。
第一に、2,000円の自己負担は寄附ごとではなく、その年の寄附全体で1回です。ただ、税額控除方式の計算では、所得控除の対象になる特定寄附金がある場合、「2,000円」の部分は2,000円からその特定寄附金の合計額を引いた残額になり、総所得金額等の40%の枠も所得控除側の寄附額を先に差し引いた残りで判定されます(No.1266の注1・注2、措置法第41条の18の3第1項)。ふるさと納税の寄附金控除と大学への税額控除が併存すると、枠の配分がこの順序で決まります。
第二に、ふるさと納税のワンストップ特例は、確定申告をすると使えません。大学への寄附で確定申告をする年は、ふるさと納税の分も確定申告に含める必要があります。ふるさと納税の上限額の考え方は、別記事の医師のふるさと納税の上限で整理しています。
手続き: 年末までに揃える書類
税額控除を受けるには、確定申告書に「公益社団法人等寄附金特別控除額の計算明細書」と次の書類を添付します(No.1266)。
第一に、寄附金を受領した法人の名称、寄附金の額、受領した旨、受領年月日に加え、寄附の区分に応じた旨を証する書類です。国立大学の修学支援基金なら「学生に対する修学の支援のための事業に充てられるものである旨」が書かれている必要があります。寄附者の住所・氏名の記載も要ります。通常は大学が発行する領収書(受領証)がこれに当たります。
第二に、その法人が対象法人であることを所轄庁が証する書類の写しです。学校法人などは寄附を支出する日以前5年以内に発行されたものに限られます。国立大学法人などの第2・第3区分では、加えて、その寄附金が制度の対象であることを所轄庁が確認した書類で、寄附を支出する年の1月1日に発行されたものが必要です(No.1266)。このため、寄附した年に大学がこの証明を持っているかは、寄附の申込み前に大学の案内で確かめておくのが確実です。
所得控除方式の場合は、受領証と、類型によって特定公益増進法人である旨の証明書の写しを添付または提示します(No.1150)。いずれの方式でも、証明書の写しは大学が受領証と一緒に送ってくることが多いので、届いたら確定申告まで保管してください。
勤務医で給与所得だけの場合でも、寄附金控除や税額控除を使うには確定申告が必要です。年末調整では処理されません。年収2,000万円を超えてもともと確定申告をしている医師は、その申告書に寄附の欄を加えるだけです。申告の全体像は年収2,000万円を超える医師の確定申告にまとめています。
よくある誤解と確認ポイント
「寄附すれば必ず税額控除が使える」わけではない。 対象は所轄庁の証明を受けた法人で、国立大学では修学支援・研究等支援の基金を指定した寄附に限られます。附属病院や施設整備への寄附は、税額控除ではなく所得控除で申告することになります。
「税額控除のほうが常に得」でもない。 本文の計算のとおり、限界税率40%では差がなく、45%や25%上限に当たる大口寄附では所得控除のほうが有利です。
「節税になるから寄附する」は成り立たない。 最も有利な条件でも、軽減されるのは寄附額の一部です。医師Aの100万円の例で持ち出しは約49万円残ります。寄附は使途に共感できるかで決め、税制は負担を減らす手段として使う、という順序で考えるのが筋です。勤務医の節税策を巡る誤解は勤務医の節税の誤解でも扱っています。
夫婦のどちらの名義で寄附するか。 控除は寄附をした本人の所得税・住民税に対して働きます。夫婦とも医師で所得差がある場合、限界税率が40%未満のほうが税額控除を選ぶと有利になる、という整理ができます。共働き医師世帯の税の考え方は医師夫婦の共働きと税金を参照してください。
まとめ: 寄附する前に3つを確認する
母校への寄附を決めたら、申込みの前に次の3点を確認してください。1つ目は、寄附先が税額控除の対象法人で、国立大学なら修学支援基金や研究等支援基金を指定できるかどうか。2つ目は、自分の限界税率と寄附額から、所得控除と税額控除のどちらが有利か。40%未満で25%上限に当たらない範囲なら税額控除が有利になりやすいです。3つ目は、住所地の都道府県と市区町村がその大学を条例で指定しているかどうか。そのうえで、受領証と証明書の写しを年明けまで保管し、確定申告で方式を選びます。
制度の数字は改正で変わることがあります。2027年分以後は復興特別所得税の税率が変わる予定も国税庁の速算表のページに示されているため、寄附をする年の制度を確定申告書等作成コーナーで確かめてください。迷う場合は、税務署の相談窓口で個別に確認できます。
参考資料
- 国税庁 タックスアンサーNo.1150「一定の寄附金を支払ったとき(寄附金控除)」
- 国税庁 タックスアンサーNo.1266「公益社団法人等に寄附をしたとき」
- 国税庁 タックスアンサーNo.2260「所得税の税率」
- 所得税法第78条、所得税法施行令第217条(e-Gov法令検索)
- 租税特別措置法第41条の18の3(e-Gov法令検索)
- 地方税法第37条の2、第314条の7(e-Gov法令検索)
- 文部科学省「国立大学法人等の修学支援事業・研究等支援事業に対する個人からの寄附に係る所得税の税額控除について」および同Q&A
- 総務省 ふるさと納税ポータル「税金の控除について」
