当直明けの外来、月末に締まらない病棟業務、週末の外勤。ふと勤怠を足し上げると、年960時間のラインが見えてくる。そのとき気になるのは「超えたら違法なのか」「自分に何が起きるのか」の2点だと思います。答えは、あなたの勤務先がどの水準の指定を受けているかで変わります。この記事では、まず公開情報で自院の水準を確かめる手順を示し、そのうえで上限に近づいたときに誰の義務で何が起きるのかを時系列で整理します。
960時間を超えてよいかは、勤務先の「指定」で決まる
先に結論です。2024年4月から、医業に従事する勤務医の時間外・休日労働には、労働基準法141条と同法施行規則に基づく上限がかかっています。上限は次の2段構えです。
- A水準: 年960時間以下。すべての医療機関に適用される原則
- B水準・連携B水準・C-1水準・C-2水準: 年1,860時間以下。ただし都道府県知事の指定を受けた医療機関の、指定された業務に限る
つまり、勤務先が何の指定も受けていなければ、あなたの上限は年960時間です。これを超える36協定はそもそも結べず、協定の範囲を超えて働かせれば使用者の労基法違反になります。反対に、勤務先がB水準などの指定を受け、あなたの業務がその対象に入っていれば、年1,860時間までは適法に延長できます。
ここで混同されやすいのが連携B水準です。連携B水準は、医師の派遣を通じて地域医療を支える医療機関向けの枠で、個々の医療機関で36協定を結べる上限は年960時間のままです。本務先と派遣先の時間を通算して年1,860時間まで認める、という仕組みになっています。「うちは連携Bだから院内で1,860時間まで働ける」という理解は誤りです。
なお、年間の上限とは別に、月の上限も原則100時間未満とされています。ただし後述する面接指導を行えば、月100時間以上とすることも可能な設計です。月の上限はどの水準でも同じ構造で、違いが出るのは年の上限と、健康確保措置が義務か努力義務かという点です。
年俸制だから時間外の概念がない、という説明を受けている方は、上限規制とは別に割増賃金の問題もあります。賃金面の整理は年俸制と残業代の記事で扱っています。
自院の水準を公開情報で確かめる4つの手順
院内の説明が曖昧なとき、医局や事務方に聞く前に自分で確かめる方法があります。特定労務管理対象機関(B・連携B・C-1・C-2の総称)の指定は、医療法113条(B)・118条(連携B)・119条(C-1)・120条(C-2)に基づき都道府県知事が行い、指定したときは公示することとされています(113条6項、他の水準は準用)。多くの都道府県は、医療政策課や医療勤務環境改善支援センターのページで指定医療機関の一覧を公表しています。
手順1: 都道府県の指定一覧を開く。 検索するなら「(都道府県名) 特定労務管理対象機関 指定」で当たります。一覧には医療機関名、指定された水準、指定日が並んでいるのが一般的です。自院の名前がなければ、原則としてA水準の医療機関です。
手順2: 水準の種類を読み取る。 同じ病院がB水準とC-1水準の両方の指定を受けていることもあります。指定は医療機関単位で付くものの、その中身は「どの業務について」の指定です。
手順3: 自分の業務が対象か確かめる。 指定の申請時には、対象となる業務(例: 救急医療、特定の診療科の業務)と対象医師の範囲が医師労働時間短縮計画に書かれます。B水準の病院に勤めていても、あなたの業務が指定対象に入っていなければ上限は960時間です。確認先は院内で周知される医師労働時間短縮計画と、36協定の特別条項です。
手順4: 36協定の数字を確かめる。 最終的に適法な延長の上限を決めるのは、院内で締結・届出された36協定です。指定を受けていても、協定で年1,200時間と定めていれば、その病院での上限は1,200時間です。協定書は労働者に周知する義務があり(労基法106条)、閲覧を求めることは正当な行為です。
評価の経緯を知りたいときは、医療機関勤務環境評価センターの評価結果も参考になります。知事は指定にあたって同センターの評価結果を踏まえることとされ(医療法113条4項)、評価結果は都道府県知事が公表することになっています(同法134条1項)。
上限に近づいたとき、誰の義務で何が起きるか
ここからは時系列です。登場する義務者は2者あり、混同すると交渉の相手を間違えます。1つは医療法上の「管理者」(病院長)で、面接指導や健康確保措置の義務を負います。もう1つは労基法上の「使用者」(法人と、その労務管理権限者)で、36協定の範囲内で働かせる義務と割増賃金の支払義務を負います。
段階1: 月100時間以上になると見込まれた時点
医療法は、時間外・休日労働が月100時間以上となることが見込まれる医師に対し、管理者が面接指導を行う義務を定めています(医療法108条1項、同法施行規則62条)。ここが重要な点で、面接指導はA水準かB・C水準かを問わず義務です。A水準の病院でも、ある月に100時間以上が見込まれれば対象になります。
面接指導は、所定の講習を修了した面接指導実施医師が行います。確認されるのは睡眠の状況や疲労の蓄積などです。実施時期は、B・C水準では月100時間に達するまでの間です。A水準でも原則は同じで、疲労の蓄積が認められない場合に限り、100時間以上となった後に遅滞なく行うことも認められています(厚労省「長時間労働医師への面接指導の実施に向けて」)。
面接指導の結果は、管理者が記録として保存することになっています。自分が対象になったかどうか、いつ面接を受けたか、その後どのような措置が決まったかは、あとから確認できるよう手元にも控えておくと役立ちます。面接指導の案内が届いた時点で、当月の時間外が100時間ラインに乗りつつあるという客観的な合図にもなります。
段階2: 面接指導のあと
管理者は、面接指導を行った医師の意見を聴き、必要と認めるときは労働時間の短縮、宿直の回数の減少その他の適切な措置を講じなければなりません。これも医療法上の義務です(医療法108条4項・5項)。措置の内容は記録として残されます。面接で疲労を訴えたのに何も変わらない場合、その記録の有無を確認することが次の一手になります。
段階3: 月155時間を超えたとき
時間外・休日労働が月155時間を超えた医師については、管理者が労働時間の短縮のために必要な措置を遅滞なく講じなければなりません(医療法108条6項、同法施行規則70条)。厚労省のQ&Aは、これはA・B・連携B・Cのどの水準でも同じで、当直や連続勤務の禁止・制限などが考えられると説明しています。月100時間は「面接の入口」、月155時間は「必ず減らす措置の入口」と覚えると整理しやすいでしょう。
段階4: 年上限を超えたとき
36協定で定めた時間、あるいは水準ごとの法定上限を超えて働かせた場合、使用者に労基法違反が成立します。労基法141条3項は、医師について協定で定めた時間にかかわらず、省令で定める時間を超えて労働させてはならない旨を定めており、違反には同条5項の罰則(6か月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金)があります。罰則の対象は使用者であり、働いた医師本人ではありません。
「960時間を超えたら自分が罰せられるのか」という不安をよく耳にしますが、刑事責任を負うのは働かせた側です。医師個人に生じるのは、健康リスクと、場合によっては院内で勤務調整を求められるという実務上の影響です。
実際の流れとしては、労働基準監督署の臨検で違反が見つかると、まず是正勧告書が交付され、期限を切って是正と報告が求められるのが通常です。一方、医療法上の面接指導や月155時間超の措置を管理者が正当な理由なく怠った場合、都道府県知事は開設者に対して期限を定めて改善を命じることができます(医療法111条)。特定労務管理対象機関の開設者がこの命令に違反したときは、指定の取消事由になります(同法117条1項4号)。労基法と医療法の2本の線で監督が働く点が、医師の上限規制の特徴です。
医師の側から見ると、違反が指摘されたあとに起きやすいのは、勤務シフトの組み替え、外勤の制限、当直回数の調整です。上限を守るための調整が、収入の一部を占めていた外勤の削減という形で現れることもあります。制度の目的は健康確保ですが、生活設計への影響も視野に入れておくと慌てずに済みます。
追加的健康確保措置は、水準で「義務」と「努力義務」が分かれる
面接指導とは別に、追加的健康確保措置として次の2つがあります。
基本形は、始業から24時間以内に9時間の継続した休息を確保する勤務間インターバルです(通常の日勤、15時間の連続勤務時間制限に相当)。宿日直許可のない宿日直に従事する場合は、始業から46時間以内に18時間の休息を確保する形になり、厚労省はこれを連続勤務時間28時間の制限と説明しています。C-1水準が適用される臨床研修医は、46時間の代わりに48時間以内に24時間の休息、つまり連続24時間までと手厚くなっています。やむを得ずこれらが守れなかった場合は、その時間に相当する休息を事後に与える代償休息の仕組みがあります。
これらは、B・連携B・C-1・C-2水準の対象業務に就き、年960時間超が見込まれる医師には管理者の義務(医療法123条、同法施行規則110条)、A水準では年720時間超などが見込まれる医師について努力義務(同法110条、施行規則73条)です。A水準の病院で「インターバルは義務ではない」と説明されるのは、この区分に沿った説明としては正しいことになります。ただし、努力義務だから何もしなくてよいという意味ではなく、取り組むよう努めることが求められています。
宿日直許可を得た宿直は、この連続勤務時間の計算や労働時間の扱いが変わります。許可の有無で時間の数え方がどう変わるかは、宿日直許可の見抜き方で詳しく扱っています。「当直は寝ていたから労働時間ではない」と言われた場合は、まず許可の有無と許可の範囲を確認してください。
外勤・アルバイトの時間は本務先と通算される
年960時間の計算で最も漏れやすいのが、外勤の時間です。労基法38条1項は、事業場を異にする場合でも労働時間を通算すると定めています。医師の上限規制もこの通算を前提に運用され、副業・兼業先での時間外・休日労働も含めて上限を管理する必要があります。
実務では、本務先が医師の自己申告に基づいて副業・兼業先の勤務予定と実績を把握します。面接指導の要否を判断する「月100時間の見込み」も、通算した時間で見ます。外勤を申告しないと、本務先の管理上は余裕があるように見え、面接指導の対象から漏れる可能性があります。これは医師自身の健康を守る仕組みを自分で外してしまうことになります。
連携B水準の病院から派遣されている場合は、先述のとおり個々の病院では960時間以内、通算で1,860時間以内という管理になります。派遣先ごとの時間を本務先に正確に伝えることが、通算の上限を守る前提です。
外勤の組み方と上限の関係はバイト掛け持ちの上限で、健康面の目安となる時間は過労死ラインの基準で整理しています。
960時間を超えそうなとき、医師本人ができること
制度上の義務者は管理者と使用者ですが、動かなければ何も変わらない場面は現実にあります。順序立てて考えると、手を打てる場面は3つあります。
院内で確かめる。 自分の上限(水準と36協定)と、当月までの累計時間を確認します。勤怠システムの記録と自分の手元のメモが食い違っていれば、その時点で事務方に照会します。自己研鑽として労働時間から外されている時間がある場合は、その扱いが上司の指示の有無など厚労省の示す考え方に沿っているかも確認対象です。
面接指導を使う。 月100時間以上の見込みがあるのに面接指導の案内がないなら、管理者側の手続きが漏れている可能性があります。面接指導は医師を守るための制度で、受けることで不利になるものではありません。
労働基準監督署に申告する。 院内で是正されない場合、労基法104条1項により、事業場に法違反がある場合は労働者が労働基準監督署に申告できます。同条2項は、申告を理由とする解雇その他の不利益な取扱いを使用者に禁じており、こちらは罰則付きの義務規定です(119条)。申告前に、勤怠記録、36協定の写しまたは内容のメモ、面接指導の案内の有無を整理しておくと話が早く進みます。
医療法上の面接指導や健康確保措置に関する相談は、都道府県の医療勤務環境改善支援センターも窓口になります。労基署が労基法違反を、都道府県が医療法上の義務を所管するという役割分担です。
36協定の特別条項を読むときの着眼点
医師の36協定は、一般の労働者とは別の様式で届け出ることになっています。院内で協定書を見せてもらったら、確認すべき箇所は4つです。
まず「対象となる医師の範囲」です。一般則の36協定と医師用の36協定が別に締結されている病院では、自分がどちらに入っているかで上限が変わります。次に「延長することができる時間数」で、1か月と1年の欄がそれぞれあります。特別条項に基づく延長時間は、年960時間(A水準)または1,860時間(指定の対象業務)の範囲に収まっていなければなりません。
3つ目は、月100時間以上となる場合に面接指導を行う旨と、その後の措置についての記載です。医師の特別条項では、これらの健康確保措置を協定に書き込むことが求められています。4つ目は、協定の有効期間と締結当事者です。過半数代表者が適正に選ばれていない協定は、効力そのものが争われることがあります。
協定の範囲内であっても、割増賃金の支払義務は別に残ります。上限の枠に収まっていることと、時間外の対価が正しく支払われていることは、別々に確認する項目です。
よくある誤解を4つの場面で確かめる
場面1:「B水準の病院だから、全員1,860時間まで大丈夫」と言われた。 指定は業務単位で、対象外の業務に就く医師はA水準の年960時間です。医師労働時間短縮計画に自分の業務が書かれているかを確認してください。
場面2:「連携Bの指定があるから院内でも1,860時間まで」と説明された。 連携B水準は、1つの医療機関で結べる36協定の上限を年960時間のまま据え置き、派遣先との通算で1,860時間まで認める枠です。院内だけで960時間を超えていれば、協定の上限を超えている可能性があります。
場面3:「A水準なので面接指導の対象外」と言われた。 月100時間以上の時間外・休日労働が見込まれる医師への面接指導は、医療法上、水準を問わない管理者の義務です。A水準の病院でも対象になります。
場面4:「960時間を超えたら医師免許に響く」と心配している。 上限違反の罰則を受けるのは使用者で、医師本人が労基法上の刑事責任を問われる構造ではありません。医師免許の行政処分とも直接の関係はありません。心配すべきは処分よりも、長時間労働そのものが健康に与える影響です。
いずれの場面でも、口頭の説明だけで判断せず、指定一覧・短縮計画・36協定という3つの文書で裏を取るのが確実です。文書の開示を求めること自体は、上司との関係を損なう行為ではなく、自分の働き方を正確に把握するための通常の手続きです。
研修医と専攻医の場合に気をつけること
初期研修医と専攻医は、C-1水準の対象になり得る立場です。C-1水準は、臨床研修や専門研修のプログラムにおいて一定期間集中的に症例経験を積む必要がある医師を対象に、都道府県知事が指定する枠です。研修プログラムには想定される時間外労働の時間数が明示されることになっているため、応募や異動の前に確認できます。
C-1水準が適用される臨床研修医の連続勤務時間は24時間までとされ、他の医師の28時間より短く設定されています。勤務間インターバルも、始業から24時間以内に9時間の確保が基本です。研修中は「勉強だから労働時間ではない」という扱いを受けがちですが、上司の明示または黙示の指示による研鑽は労働時間に当たるというのが厚労省の示す考え方です。自己研鑽と労働時間の線引きは、院内のルールと実態を照らし合わせて確認してください。
転職や異動の前に、次の勤務先の水準を確かめる
上限の話は、今の職場だけでなく次の職場を選ぶときにも使えます。求人票や面談で「当直あり」「救急対応あり」と書かれていても、その病院がどの水準の指定を受けているかまでは書かれていないことがほとんどです。
応募前には、まず都道府県の指定一覧で候補先の名前を探します。B水準やC水準の指定があれば、少なくとも一部の業務で年960時間を超える時間外労働が想定されていることになります。指定がなければ、原則として年960時間以内で勤務体制が組まれているはずです。
面談の場では、次の3点を尋ねると実態が見えやすくなります。配属予定の診療科の医師の年間時間外労働の実績、宿日直許可の有無と許可の範囲、外勤を認める場合の通算の管理方法です。これらは労働条件の中核にあたる情報で、尋ねることは失礼にあたりません。回答が曖昧な場合は、その曖昧さ自体が勤務先の労務管理の水準を示す情報になります。
医局人事で異動先が決まる場合も、事前に指定の有無を調べておくことはできます。異動先がB水準の指定を受けていて自分の業務が対象になるなら、年間の働き方の見通しは大きく変わります。決まってから驚くより、内示の段階で確かめておくほうが準備の時間を確保できます。
上限を超える働き方が常態化しているなら
年960時間の上限を毎年のように意識し続ける働き方は、制度の問題というより勤務先の構造の問題であることが多いものです。B水準の指定は、医療機関が医師労働時間短縮計画を作り、段階的に時間を減らしていくことを前提としています。B水準と連携B水準は2035年度末を目処に解消することが目標とされており、恒久的な枠ではありません(厚労省「医師の時間外労働の上限規制に関するQ&A」)。
つまり、今の病院が1,860時間の枠に依存しているなら、その病院は今後10年足らずのうちに勤務体制を組み替える必要に迫られます。その過程で医局人事や外勤の割り当てが変わる可能性は高く、自分のキャリアをどう置くかを考える材料になります。
まとめ: まず自院の指定を一覧で確かめる
960時間を超えたら何が起きるかは、勤務先の指定と自分の業務で決まります。要点を整理します。
指定のない病院の医師はA水準で、年960時間が上限です。B・C-1・C-2水準の指定対象業務に就く医師は年1,860時間まで延長できます。連携B水準は個々の病院では960時間で、通算して1,860時間という枠です。月100時間以上の見込みがあれば、水準にかかわらず面接指導が管理者の義務になります。連続勤務28時間と勤務間インターバル9時間は、B・C水準の対象医師には義務、A水準では努力義務です。上限を超えて働かせた場合の罰則を受けるのは使用者で、医師本人ではありません。外勤の時間は通算されるので、自己申告が前提になります。
今日できる一歩は、都道府県の指定一覧を開いて自院の名前を探すことです。その数字が分かれば、院内で何を確認し、どこに相談すればよいかが決まります。
参考資料
- 労働基準法(第38条・第104条・第106条・第119条・第141条)e-Gov法令検索
- 労働基準法施行規則(第69条の4・第69条の5・第70条)e-Gov法令検索
- 医療法(第108条・第110条・第111条・第113条・第117条〜第120条・第123条・第134条)e-Gov法令検索
- 医療法施行規則(第62条・第70条・第73条・第110条)e-Gov法令検索
- 厚生労働省「医師の時間外労働の上限規制に関するQ&A」(令和5年6月版)
- 厚生労働省「勤務間インターバル」「長時間労働医師への面接指導の実施に向けて」(いきサポ掲載資料)
- 厚生労働省「副業・兼業」
- 厚生労働省「医師の研鑽に係る労働時間に関する考え方について」(令和元年7月1日基発0701第9号)
