年収1,500万円という数字を見て、「税金と社会保険料でかなり持っていかれるはずだ」と感じている勤務医の方は多いはずです。実際そのとおりですが、額面から手取りに至る計算の手順そのものは、既存記事「勤務医の年収、手取りはいくら残るか」で解説済みです。
この記事で扱うのは計算の手順ではありません。年収1,500万円という水準が持つ、もうひとつの性質です。給与所得控除、社会保険料、所得税、配偶者控除、児童手当、高額療養費——これらの制度にはそれぞれ「金額の効き方が変わる境界線」があります。年収1,500万円は、そのうちの複数にすでに触れているか、通過済みです。国税庁・全国健康保険協会・日本年金機構・こども家庭庁・厚生労働省の一次情報をもとに、その境界線がどこにあり、1,500万円がどの位置にいるのかを一つずつ確認します。
同じ「税金と社会保険料が重い」という感覚でも、その中身は制度ごとに全く違います。ある境界線はもう何年も前に通過していて今さら意識する必要がなく、別の境界線はまさに今その中にいて、また別の境界線は制度改正でなくなったばかりです。この違いを分けずに「1,500万円は重い」とひとまとめにすると、何に対して備えればよいのかが見えなくなります。
結論: 年収1,500万円は「増えても効き方が変わる」水準にいる
先に結論を言うと、年収1,500万円は複数の制度境界線をまたいだ位置にあります。給与所得控除は年収850万円で195万円に頭打ちになっており、1,500万円はその650万円先です。社会保険料は、厚生年金についてはすでに標準報酬月額の上限に達しており、健康保険についても上限に近い水準です。所得税は課税所得ベースで限界税率33%の帯のほぼ中央に位置します。配偶者控除は本人の合計所得金額が1,000万円を超えるとゼロになるため、配偶者の年収を問わず対象外です。児童手当の所得制限は2024年10月に撤廃されたため、この境界線はすでに消えています。高額療養費は、標準報酬月額83万円以上という最も重い区分に、1,500万円よりずっと手前の水準で入っています。
つまり1,500万円という金額には、「稼ぐほど負担が重くなる」局面と「これ以上は増えも減りもしない」局面が同居しています。6つの境界線と、1,500万円がそれぞれとどういう位置関係にあるかを先に一覧にすると、次のとおりです。
| 境界線 | 基準 | 1,500万円との関係 |
|---|---|---|
| 給与所得控除の上限 | 年収850万円で195万円に固定 | 650万円分、通過済み |
| 厚生年金保険料の上限 | 標準報酬月額65万円(年収換算約762万円) | 738万円分、通過済み |
| 高額療養費の最重区分 | 標準報酬月額83万円(年収換算約972万円) | 528万円分、通過済み |
| 健康保険料の上限 | 標準報酬月額139万円(年収換算約1,626万円) | まだ手前(約126万円先) |
| 所得税の限界税率33% | 課税所得900万円〜1,800万円 | 現在その中(課税所得約1,091万円) |
| 配偶者控除 | 合計所得1,000万円超でゼロ | 通過済み(合計所得約1,305万円) |
児童手当については、かつて存在した所得制限そのものが2024年10月の改正で撤廃されているため、この一覧には含めていません。それぞれの根拠と試算の前提は、以下で一つずつ確認します。額面から手取りまでの具体的な計算過程を知りたい方は、勤務医の年収、手取りはいくら残るかをご覧ください。
境界線1: 給与所得控除は850万円で止まっている
給与所得控除は、給与収入から一定額を差し引いて給与所得を計算するための控除です。国税庁の速算表によれば、給与収入850万円超では控除額が195万円(1,950,000円)で固定されます(国税庁 タックスアンサーNo.1410)。850万円に届くまでは、収入が増えるほど控除額も増える設計です。国税庁の計算式を年収帯ごとに当てはめると、次のようになります(令和7年分以降、国税庁 タックスアンサーNo.1410)。
| 給与収入 | 給与所得控除額 |
|---|---|
| 190万円以下 | 65万円(最低保障) |
| 400万円 | 400万円×20%+44万円=124万円 |
| 600万円 | 600万円×20%+44万円=164万円 |
| 850万円 | 850万円×10%+110万円=195万円 |
| 1,500万円 | 195万円(上限、850万円と同額) |
600万円から850万円まで250万円増えると、控除額は164万円から195万円へと31万円増えます。ところが850万円から1,500万円まで650万円増えても、控除額は195万円のまま1円も動きません。年収1,500万円の医師の給与所得控除は、年収850万円の医師と全く同じ金額です。
逆に言えば、850万円を境に、それより上の収入は控除という緩衝材なしに、そのまま課税所得計算のベースへ積み上がっていきます。「年収が上がったのに手取りの伸びが鈍い」という感覚の一因は、この控除の頭打ちにあります。
境界線2: 社会保険料は上限に達し、実効負担率が下がり始めている
社会保険料は、標準報酬月額という等級に基づいて計算されます。この等級には上限があり、上限に達すると、実際の給与がさらに増えても保険料は増えません。医師の年収帯では、この上限が健康保険と厚生年金で別々のタイミングにやってきます。
厚生年金保険料の標準報酬月額の上限は第32等級の65万円で、月額報酬63万5,000円以上でこの等級に固定されます(日本年金機構「保険料額表」)。賞与のない月給ベースで年収に換算すると、およそ762万円で到達する水準です(本記事による概算)。年収1,500万円の医師は、この上限をずっと前に通過しています。厚生年金保険料率は18.3%で、本人負担はその半分の9.15%です(全国健康保険協会「令和8年度保険料額表」)。標準報酬月額65万円に対する本人負担額は月5万9,475円、年換算で71万3,700円が上限であり、年収がいくら上がってもこれ以上は増えません。
健康保険(全国健康保険協会 東京支部)の標準報酬月額の上限は第50級139万円で、報酬月額135万5,000円以上で到達します(全国健康保険協会「令和8年度保険料額表」)。年収換算では約1,626万円に相当し(本記事による概算)、1,500万円はまだこの手前です。本記事の前提(40歳未満・賞与なし・扶養家族なし・東京都・令和8年度の税制と保険料率)で試算すると、年収1,500万円の医師の月給は125万円、標準報酬月額は127万円(第48等級)となり、健康保険料・子ども子育て支援金・厚生年金保険料・雇用保険料の本人負担合計は年額155万6,796円、額面に対する実効負担率は10.38%です。
この実効負担率は、年収が上がるほど下がっていきます。同じ前提で試算すると、年収800万円では116万5,000円で14.6%、1,000万円では126万6,000円で12.7%、1,200万円では136万6,000円で11.4%、1,500万円では155万7,000円で10.4%、2,000万円では165万4,000円で8.3%です。厚生年金がすでに上限に達しているうえ、健康保険も上限に近づいているため、収入が増えても保険料の絶対額はそれほど増えず、割合としては下がり続けます。
なお賞与にも標準賞与額の上限があり、健康保険・介護保険・子ども子育て支援金は毎年4月から翌年3月までの累計で年573万円、厚生年金保険は1回あたり150万円が上限です(全国健康保険協会「令和8年度保険料額表」)。月給に加えて賞与の配分が大きい医師の場合、この賞与側の上限も実効負担率を押し下げる方向に働きます。本記事の試算は賞与を考慮しない前提のため、賞与の配分次第で実際の実効負担率は本記事の数値と異なります。
境界線3: 所得税は限界税率33%の帯のほぼ中央にいる
所得税は超過累進課税で、課税所得の金額帯ごとに税率が変わります。国税庁の速算表は次のとおりです(国税庁 タックスアンサーNo.2260)。
| 課税される所得金額 | 税率 | 控除額 |
|---|---|---|
| 195万円以下 | 5% | 0円 |
| 195万円超330万円以下 | 10% | 9万7,500円 |
| 330万円超695万円以下 | 20% | 42万7,500円 |
| 695万円超900万円以下 | 23% | 63万6,000円 |
| 900万円超1,800万円以下 | 33% | 153万6,000円 |
| 1,800万円超4,000万円以下 | 40% | 279万6,000円 |
| 4,000万円超 | 45% | 479万6,000円 |
900万円から1,800万円という帯は、他の帯に比べて幅が900万円と際立って広く、勤務医の年収帯の多くがこの中に収まります。手前の695万円超900万円以下の帯はわずか205万円、1つ上の1,800万円超4,000万円以下の帯は2,200万円ですが、率が変わる回数という点では33%の帯に長く滞在する医師が最も多くなります。
境界線2の前提と同じ条件で、年収1,500万円の課税所得を試算します。給与所得は給与収入1,500万円から給与所得控除195万円を引いた1,305万円です。基礎控除は、合計所得金額655万円超2,350万円以下の区分に該当するため58万円です(国税庁「令和7年度税制改正による所得税の基礎控除の見直し等について」)。社会保険料控除は境界線2で試算した155万6,796円です。これらを差し引くと課税所得は1,091万3,000円(1,000円未満切り捨て)になり、900万円超1,800万円以下の33%ゾーンに入ります。所得税額は1,091万3,000円×33%-153万6,000円で206万5,290円、復興特別所得税(所得税額の2.1%、令和19年分まで)を加えると210万8,661円です。
課税所得1,091万円は、900万円という下限からはそれほど遠くなく、1,800万円という上限までは十分に距離があります。本記事の前提では、額面年収がおよそ1,300万円を超えたあたりで課税所得900万円のラインを超え、33%ゾーンに入ります(本記事による概算)。年収1,500万円の医師は、このゾーンに入ってまだ日が浅い側にいるということです。年収がさらに増えても、しばらくは33%のまま変わりません。
境界線4: 配偶者控除はすでにゼロになっている
配偶者控除は、納税者本人の合計所得金額に応じて段階的に縮小し、合計所得金額が1,000万円を超えると受けられません(国税庁 タックスアンサーNo.1191)。控除対象配偶者(一般)の控除額は次のとおりです。
| 納税者本人の合計所得金額 | 控除額 |
|---|---|
| 900万円以下 | 38万円 |
| 900万円超950万円以下 | 26万円 |
| 950万円超1,000万円以下 | 13万円 |
| 1,000万円超 | 0円(対象外) |
年収1,500万円の医師の合計所得金額は、境界線3で計算した給与所得1,305万円です。1,000万円を大きく超えているため、配偶者控除は0円です。ここで見落としやすいのは、この判定が配偶者の年収とは無関係だという点です。配偶者が専業主婦・主夫で年収がゼロでも、本人の合計所得が1,000万円を超えていれば控除は受けられません。年収850万円の医師なら合計所得は655万円で満額の38万円が受けられますが、1,500万円の医師にはその選択肢自体がありません。
給与収入ベースで見ると、給与所得控除が195万円で固定される850万円超の年収帯では、給与収入から195万円を引いた金額がそのまま合計所得金額になります。合計所得金額がちょうど1,000万円になるのは、給与収入1,195万円のときです(本記事による概算)。つまり額面年収1,195万円を境に、配偶者控除は段階を踏まずに突然消えます。900万円から950万円、950万円から1,000万円という小刻みな減少幅に比べて、1,000万円を超えた瞬間の変化ははるかに大きく、境界線としての性格が強い部分です。なお、配偶者控除と並ぶ配偶者特別控除にも本人の合計所得金額1,000万円という同じ上限があり、こちらも対象外になります。
境界線5: 児童手当の所得制限は、もう存在しない
児童手当にはかつて、世帯主の所得に応じた上限があり、超えると手当が減額される仕組みがありました。この所得制限は、令和6年10月分から撤廃されています(こども家庭庁「児童手当制度の概要」)。現在の支給対象は高校生年代まで(18歳に達した後の最初の年度末まで)の児童で、所得による制限はありません。手当月額は3歳未満が第1子・第2子15,000円、第3子以降30,000円、3歳から高校生年代までが第1子・第2子10,000円、第3子以降30,000円です(こども家庭庁「児童手当制度の概要」)。支払いは年6回、偶数月にそれぞれ前2か月分がまとまって振り込まれます。
年収1,500万円の医師に子どもが2人(第1子・第2子、いずれも3歳から高校生年代)いる場合、月額10,000円が2人分で20,000円、年額にして24万円が所得を問わず支給されます(本記事による概算)。この改正の影響を最も強く受けるのは、年収の高い世帯です。かつては年収1,500万円クラスの医師世帯だと、児童手当が減額される側に入っていた可能性が高いところでした。この記事の他の境界線がすべて「越えると負担が増える、または恩恵が減る」方向であるのに対し、児童手当だけは「境界線そのものがなくなった」という逆方向の変化です。制度は固定されたものではなく、数年単位で境界線の位置や有無が変わることを示す例といえます。
境界線6: 高額療養費は、もっと手前の水準で最重区分に入っている
高額療養費制度は、医療費の自己負担額に月ごとの上限を設ける制度です。69歳以下の場合、標準報酬月額に応じて5つの区分に分かれます。令和8年8月からの自己負担限度額(月額)は次のとおりです(全国健康保険協会「令和8年8月からの高額療養費制度見直し」、この見直しを含む医療保険制度改正法は令和8年5月29日に成立、厚生労働省)。
| 区分 | 標準報酬月額 | 自己負担限度額(月額) | 年間上限額 |
|---|---|---|---|
| ア | 83万円以上 | 27万300円+(総医療費-90万1,000円)×1% | 168万円 |
| イ | 53万〜79万円 | 17万9,100円+(総医療費-59万7,000円)×1% | 111万円 |
| ウ | 28万〜50万円 | 8万5,800円+(総医療費-28万6,000円)×1% | 53万円 |
| エ | 26万円以下 | 6万1,500円 | 53万円 |
| オ | 低所得者 | 3万6,900円 | 29万円 |
年収1,500万円の医師は、標準報酬月額127万円(境界線2の試算)であるため最も重い区分アに入ります。例えば月の総医療費が100万円かかった場合、区分アの自己負担額は27万300円+(100万円-90万1,000円)×1%で27万1,290円になります。年間の自己負担には168万円という上限額も新設されており、月ごとの上限額まで使い続けた場合でも、それを超えた分は保険者から還付されます。なお、この制度の対象は保険診療の自己負担分に限られ、入院時の食費負担や差額ベッド代等は含まれません(厚生労働省保険局「高額療養費制度を利用される皆さまへ」)。
境界線2で見た健康保険の等級表に照らすと、標準報酬月額83万円(第40等級)は報酬月額81万円以上で到達します。賞与のない月給ベースで年収に換算すると、およそ972万円です(本記事による概算)。年収1,500万円の医師は、この境界線をすでに528万円分通過しています。区分アに入った後は、標準報酬月額がいくら上がっても自己負担限度額の計算式は変わりません。年収972万円の医師と年収1,500万円の医師は、高額療養費に関しては全く同じ算式が適用されます。「稼ぐほど医療費の自己負担も際限なく増える」というイメージを持っている場合、この点は誤解にあたります。区分アと区分イの差額(定額部分で9万1,200円)が、標準報酬月額79万円と83万円という4万円の差だけで生じる点も、境界線の効き方の急さを示しています。
この記事の試算の前提と限界
本記事の試算は、40歳未満(介護保険料の負担なし)・賞与なし(年収を12等分した月給のみ)・扶養家族なし・勤務地は東京都(全国健康保険協会 東京支部の料率を使用)・令和8年度の税制と保険料率、という前提に統一しています。賞与の配分、40歳以上か未満か、扶養家族の有無、居住する都道府県、健康保険組合への加入の有無によって、実際の金額は本記事の数値と異なります。特に賞与の配分比率は、標準報酬月額と標準賞与額のどちらの上限に先に達するかを左右するため、影響が大きい要素です。
課税所得の等級判定や1,000円未満の端数処理は本文で示した式より細かい丸め処理を伴いますが、国税庁・全国健康保険協会・日本年金機構の一次情報にある税率・控除額・標準報酬月額の上限そのものは実測・出典確認済みです。生命保険料控除やiDeCo(個人型確定拠出年金)、ふるさと納税(寄附金控除)など、任意で申告する控除は試算に含めていません。含めれば、本記事で示した所得税額・実効負担率よりも有利な数値になります。
まとめ: 境界線ごとに、増えるか止まるかが違う
年収1,500万円という一つの数字の中には、性質の異なる複数の境界線が同居しています。給与所得控除・厚生年金・高額療養費は、1,500万円よりずっと手前ですでに上限や最重区分に到達しており、これ以上収入が増えても効き方は変わりません。健康保険の標準報酬月額上限は、1,500万円ではまだ届いていない少し先の境界線です。所得税の限界税率33%は、1,500万円が現在まさにその中にいる、幅の広い帯です。配偶者控除は1,000万円という一点を境に、なだらかな減少ではなく完全な消失として効いています。児童手当だけは、制度改正によって境界線そのものが撤廃されました。
この一つひとつを正確に把握しておくと、次に年収がいくら増えたときに何が変わり、何が変わらないのかを見通せます。すでに上限や最重区分を通過している給与所得控除・厚生年金・高額療養費の3つについては、年収がさらに増えても新たな悪化は起きません。反対に、健康保険の標準報酬月額上限のようにまだ手前にある境界線は、収入が増えるにつれてこれから効いてきます。所得税33%のように現在まさにその中にいる境界線は、追加収入のおよそ3分の1が税金として持っていかれる状態がしばらく続くことを意味します。
給与所得控除や高額療養費のように、追加の収入がそのまま課税所得や自己負担の計算に反映される局面では、収入を増やす以外の手段、たとえば経費計上や各種控除の活用による節税の余地を検討する価値があります。具体的な節税策は、勤務医の節税ガイドにまとめています。額面から手取りまでの計算そのものを確認したい方は、重ねて勤務医の年収、手取りはいくら残るかをご覧ください。
