「医局を辞めたら、その後どこで働けるのか」という問いに、この記事は5つの進路(市中病院の常勤、非常勤中心、産業医、開業、医療外)を並べて答えます。比較の軸は「収入が高いか」ではなく、「収入が何で決まるか」「労働時間の上限がどう変わるか」「専門医を維持できるか」「臨床に戻れるか」の4つです。求人票の年収額だけを見て進路を決めると、専門医の更新が止まっていたり、思ったより臨床から戻りにくくなっていたりすることに、数年後になって気づくケースが少なくありません。退局の是非やタイミングはすでに他の記事で扱ったため、ここでは退局後の行き先だけを掘り下げます。根拠は厚生労働省の統計と法令、日本専門医機構の更新基準に限定しました。

結論: 進路は「何で収入が決まるか」で選ぶと失敗しにくい

先に結論を示します。5つの進路は、収入の作られ方によって次のように整理できます。

図1: 退局後の5進路を同じ4軸で並べる

市中病院の常勤と非常勤中心は、働いた時間や引き受けた症例の量に収入が連動します。産業医(専属)は契約単価か固定給で、時間ではなく契約の本数に規定されます。開業は損益差額、つまり収益から費用を引いた残りが収入になるため、経営の巧拙がそのまま反映されます。医療外(製薬・行政・事業会社)は等級や役職に連動し、医師であることそのものへの上乗せはほとんどありません。

この違いが重要なのは、進路によって「臨床に戻れるかどうか」まで変わるからです。時間や症例で収入が決まる進路は、契約を組み替えるだけで元に戻せます。事業の成果や資産に収入が結びつく進路、とりわけ開業は、借入と設備という後戻りしにくい要素を抱え込みます。4つの軸を別々に見るだけでは判断できません。収入だけを見れば開業が有利に映り、労働時間の上限だけを見れば医療外が有利に映りますが、両方を重ねると評価は変わります。この記事では、4軸を一つずつ具体的な数字で確認したうえで、最後に軸を重ねた形で整理し直します。退局そのものの判断基準は医局を辞めたい医師が後悔しないための判断基準で扱っているため、まだ迷っている段階の先生はそちらを先にご覧ください。

医局を辞めた医師は、実際どこで働いているか

「医局を辞めたら医師のキャリアが終わる」という不安は、統計と一致しません。厚生労働省「令和6(2024)年医師・歯科医師・薬剤師統計」によると、届出医師347,772人のうち、病院・診療所などの医療施設に従事する医師は331,092人(95.2%)、介護老人保健施設等の従事者が3,337人(1.0%)です。医療施設にも介護施設にも属さない、つまり製薬・行政・教育研究・産業医などを主たる業務とする医師は9,403人で、全体の2.7%にとどまります。

図2: 医師は主にどこで働いているか(令和6年・届出ベース)

つまり、医局を辞めた医師の大多数は、依然として病院か診療所という「臨床の場」に留まっています。医療外への転身は選択肢としては存在しますが、実際に選ぶ医師は少数派です。この分布を踏まえると、退局後の検討はまず「どの臨床の場に移るか」から始め、医療外は例外的な選択肢として別枠で検討するのが実態に合っています。

医療外を選ぶ医師が少数にとどまる理由は、収入面よりも、失うものの大きさで説明がつきます。臨床の場を離れると、診療実績という専門医更新の必須要素が業務の外に置かれ、当直やオンコールで培ってきた実技の勘も使う機会がなくなります。医師免許そのものは維持されますが、数年後に臨床へ戻ろうとしたときの採用条件は、常勤・非常勤を続けてきた医師と比べて厳しくなりやすいのが実情です。医療外を検討する場合は、収入や労働時間の魅力だけでなく、この「離れている間に何が止まるか」を先に洗い出しておく必要があります。

収入の構造は、進路ごとにまったく別物になる

収入額そのものよりも重要なのは、その収入が何によって決まるかです。中央社会保険医療協議会「第25回医療経済実態調査」(令和6年度)によると、一般病院(全体)に勤務する医師の平均給与は中央値1,700万円(平均値1,485万円)でした。この金額は、当直・時間外を含めた総労働量の対価として積み上がった数字であり、稼働を増減させれば収入も連動して動きます。非常勤中心の働き方も同じ構造で、令和6年賃金構造基本統計調査によると、短時間労働者としての医師の1時間当たり所定内給与額は13,102円です。常勤より時給水準が高く出やすい一方、社会保険や賞与、退職金は原則として付随しません。

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産業医(専属)は、事業場との契約単価か固定給で決まり、診療の量とは切り離されます。1つの事業場に専属する形態が中心のため、複数の契約を積み増して収入を伸ばす余地は限られます。開業は最も特殊で、収益から費用を差し引いた損益差額がそのまま収入になります。同調査によると、一般診療所(医療法人)の院長の給与は中央値2,280万円(平均値2,898万円)で、5進路の中では高い水準です。ただしこの数字は、後述する負債を抱えたうえでの結果であり、単純な時給換算では比較できません。医療外は、給与体系が等級・役職に連動する会社員型に切り替わり、医師特有の手当は基本的になくなります。

非常勤中心という働き方は、時給の高さだけで判断しない

非常勤の時給13,102円は、常勤医の年収を時間換算した数字より高く見えることが多く、これだけを見て「常勤より得だ」と判断したくなります。ただしこの数字は所定内給与のみで、賞与・退職金・社会保険料の会社負担分を含みません。常勤で積み上がるはずだったこれらの部分が、非常勤では原則として発生しない点を差し引いて比較する必要があります。もう一つの論点は、症例の質と量を自分で設計しなければならないことです。常勤であれば施設側の配置によって症例が自然に割り当てられますが、非常勤は自分が選んだ契約の組み合わせでしか症例を積めません。専門医の更新を続けるつもりなら、契約先を選ぶ段階で診療実績の証明に足りる症例が確保できるかを確認しておく必要があります。

産業医に転身する場合、専属と嘱託で条件が変わる

産業医には専属と嘱託の2つの形態があり、労働安全衛生規則13条は、常時1,000人以上の労働者を使用する事業場、または有害業務に常時500人以上を従事させる事業場について、専属の産業医を選任するよう定めています。この規模要件に満たない事業場では嘱託(非常勤)の産業医で足り、複数の事業場と契約を結んで働くことも可能です。専属は1つの事業場に業務が集中するため収入は安定しますが、図1で示したとおり診療実績を別枠で確保する必要が生じます。嘱託を複数掛け持ちする形であれば、非常勤の臨床業務と組み合わせて専門医の更新要件を満たしやすくなります。産業医への転身を検討する場合は、専属か嘱託かを先に決めたほうが、その後の専門医維持の設計がぶれません。求人票に「産業医」とだけ書かれていても、専属と嘱託では働き方も収入の作られ方も別物である点は、応募前に確認しておく価値があります。

5つの数字を並べると、収入の高さと収入の安定性は別物であることがわかります。院長給与の中央値2,280万円は5進路で最も高い一方、損益差額という性質上、患者数や経費の変動をそのまま被る不安定さも併せ持ちます。一般病院医師の中央値1,700万円は、開業ほど高くはないものの、施設からの給与という形で相対的に安定しています。非常勤の時給13,102円は、稼働を増やせば収入も伸ばせる裏返しとして、稼働を止めれば収入もゼロになります。収入の大きさだけでなく、その収入がどれだけ自分でコントロールできるものかという視点を、進路選びの初期段階から持っておく価値があります。

労働時間の上限は、進路が変わると法律ごと切り替わる

同じ体力・同じ働き方のつもりでも、進路によって適用される時間外労働の上限は法律上大きく異なります。労働基準法36条4項が定める一般則は、月45時間・年360時間です。医業に従事する医師には141条による特例があり、A水準・連携B水準では年960時間、指定を受けた病院に勤務するB水準・C水準では年1,860時間まで認められています(厚生労働省労働基準局「医師の時間外労働の上限規制に関するQ&A」)。この特例の対象は「特定医師」、つまり病院・診療所で医業に従事する医師に限られており、産業医としてのみ勤務する医師や、血液センターなど診療以外の業務に従事する医師は対象外とされています。進路を変えるということは、この特例の対象から外れるかどうかの境界をまたぐことでもあります。

図3: 進路が変わると、適用される時間外労働の上限が変わる

産業医(専属)や製薬・行政・事業会社に移ると、医師特例の対象から外れ、一般則の年360時間が適用されます。臨床の現場にいたときより上限は厳しくなりますが、実労働時間そのものも大きく下がるのが通常です。開業は労働者ではなく事業主になるため、そもそもこの上限規制の枠外に出ます。図の下段は、令和4年度厚生労働行政推進調査事業「医師の勤務環境把握に関する研究」(回答11,466人)による実測値です。病院常勤医の週あたり勤務時間は全体で50時間7分、大学病院以外で48時間55分、大学病院で54時間13分でした。年960時間換算の週60時間、年1,860時間換算の週78時間45分と比べると、大学病院の常勤医はすでにB・C水準に近い水準で働いていることがわかります。

長時間労働そのものを理由に退局を考えている場合、この実測値は進路選びの前提を変えます。大学病院以外の病院常勤医でも週48時間55分が平均であり、非常勤中心に切り替えたからといって自動的に労働時間が減るとは限りません。非常勤は契約する日数と時間を自分で決められる点が本質的な利点であり、時給が高いことよりも、労働量の総量を自分で設計できることのほうが、長時間労働からの脱出という目的には直結します。逆に、法律上の上限だけを理由に進路を選ぶと、専属産業医や医療外のように上限は厳しくなっても実労働がさほど減らない組み合わせを選んでしまう可能性があります。

専門医の更新は「自然に積み上がる」進路と「別枠が必要」な進路に分かれる

専門医の維持を続けるかどうかも、進路ごとに事情が変わります。日本専門医機構の更新基準は基本領域ごとに細部が異なりますが、内科専門医を例にとると、更新は①勤務実態の証明、②診療実績の証明、③更新単位の取得の3つで構成されています。診療実績の証明は、実際に患者を診ている実態が前提になる仕組みです。

市中病院の常勤や非常勤中心は、日々の診療そのものが診療実績になるため、更新の要件は業務の中で自然に満たされます。専属産業医は、事業場の従業員の健康管理が主業務になり、診療実績を別枠で確保する必要が生じます。開業は、標榜する診療科の診療を自分の裁量で継続できるため、症例は比較的積みやすい部類に入ります。一方、製薬・行政・事業会社に移ると、業務の中に診療の場そのものがなくなり、専門医の更新は事実上停止に向かいます。

更新は一度きりの手続きではなく、内科専門医の例では5年間の実績を積み上げて判定される仕組みです。更新単位のうち診療実績の証明に相当する部分は必須項目とされており、単位を後からまとめて取り返すことはできません。つまり、更新を止めるかどうかの判断は、5年サイクルの早い段階、少なくとも認定満了日の1年以上前に済ませておく必要があります。更新の停止は、多くの場合いつの間にか決まるのではなく、この判断を先送りしたまま時間切れになった結果として起きます。

開業だけが、進む前に貸借対照表を作る進路になる

5進路のうち、開業だけは「収入の話」で終わりません。同じ第25回医療経済実態調査によると、一般診療所1施設あたり(全体・令和6年度、n=1,808)の資産合計は1億9,874万円(流動資産1億1,094万円、固定資産8,572万円、繰延資産208万円)、負債合計は5,997万円(流動負債2,087万円、固定負債3,910万円、うち長期借入金3,209万円)、資本合計は1億3,877万円でした。

図4: 開業だけが、進む前に貸借対照表を作る進路になる

平均で3,000万円を超える長期借入金は、開業した瞬間に発生し、辞めたいと思った時点で消えるものではありません。市中病院の常勤や非常勤中心であれば、契約を終了すれば翌月から負担がなくなりますが、開業は借入の返済義務が個人に残り続けます。資産合計1億9,874万円に対して資本合計は1億3,877万円ですから、開業資金のおよそ7割は自己資金、残る3割は負債で賄っている計算になります。開業を検討する場合は、院長給与の中央値2,280万円という数字だけでなく、この負債構造を前提に可逆性が下がることを織り込んでおく必要があります。

可逆性で2軸に整理すると、判断はシンプルになる

ここまでの4軸(収入の決まり方・労働時間の上限・専門医の更新・可逆性)を、収入の連動先と臨床への戻りやすさの2軸に圧縮すると、5進路の位置関係がはっきりします。

図5: 2軸で置くと、5進路は「戻れる群」と「戻りにくい群」に割れる

非常勤中心と市中病院の常勤、それに嘱託産業医と非常勤の併用は、収入が時間や契約に連動するため、数年後に判断をやり直せる位置にあります。専属産業医、製薬・行政、そして開業は、収入が事業の成果や資産に連動する側に位置し、判断のやり直しに時間もしくは資金の再調達を要します。どちらが正しいということではなく、今の自分がどちらの群を選んでいるかを自覚したうえで踏み出すかどうかが問われます。

この整理が実務的に役立つのは、複数の進路を同時に検討している段階です。たとえば「非常勤中心で様子を見ながら、いずれ開業も考えたい」という場合、非常勤中心は戻れる群に、開業は戻りにくい群に属することを先に理解しておけば、開業に踏み出す時期だけは慎重に見極める、という優先順位がつけられます。逆に、両方とも戻れる群に属する進路(市中病院の常勤と非常勤中心の間)であれば、迷った時点でまず試してみて、合わなければ組み替えるという動き方が合理的です。

進路選びで起きやすい2つの誤解

ここまでの整理を踏まえると、退局後の進路選びで起きやすい誤解が2つ見えてきます。

1つ目は、「収入が高い進路が良い進路だ」という誤解です。院長給与の中央値2,280万円は5進路の中で高い部類に入りますが、この数字は長期借入金3,209万円を抱えたうえでの結果であり、可逆性を差し出して得ている数字です。収入だけを見て開業を選ぶと、専門医の更新や労働時間の話が置き去りになりがちです。同じことは非常勤の時給13,102円にも言え、額面の高さは社会保険や退職金が付随しないことの裏返しであるという構造を、比較の初期段階で織り込んでおく必要があります。

2つ目は、「産業医や医療外は臨床から完全に離れる選択だ」という誤解です。実際には、専属ではなく嘱託を選ぶ、あるいは産業医と非常勤の臨床を併用するという中間的な進路が存在します。図5で示したとおり、嘱託産業医と非常勤を組み合わせる働き方は、専属や医療外専業に比べて戻れる側に近い位置にあります。極端な二択で考えず、比重を調整できる組み合わせを選択肢に含めることが、後悔を減らす近道です。

どちらの誤解も、進路を単独の数字(年収や労働時間の上限)だけで評価しようとすることから生まれます。この記事で示した4軸は、単独の数字では見えない「その数字を得るために何を差し出しているか」を可視化するための道具です。

進路名からではなく、2つの分岐から選ぶ

最後に、実務的な決め方を示します。「開業がいいか、産業医がいいか」と進路の名前から選ぼうとすると、比較の軸がぶれます。代わりに、次の3つの分岐を順番に通してください。

図6: 進路名から選ばず、2つの分岐から落とす

分岐1は、臨床を主たる業務として続けるかどうかです。続けるなら市中病院の常勤か非常勤中心が軸になり、続けないなら分岐2・3に進みます。ここで「続けない」を選ぶ場合でも、いきなり専業に切り替える必要はなく、非常勤の枠を1つ残したまま比重を移していく進め方のほうが、後戻りの余地を残せます。

分岐2は、借入と設備を自分で持つかどうかです。持たない選択(嘱託産業医との併用など)は診療実績を別枠で確保しやすく、持つ選択(開業)は長期借入金が判断を固定します。開業を選ぶ場合は、資金調達の実行前、つまり金融機関との契約前がこの分岐を通す最後のタイミングになります。契約後に迷いが生じても、借入という形で判断はすでに固定されています。

分岐3は、専門医の更新を続けるかどうかです。前述のとおり更新は5年サイクルで判定されるため、続ける場合は診療実績を確保できる進路(市中病院の常勤・非常勤中心・開業)を、続けない場合は専属産業医や医療外を選ぶ、という対応関係になります。この分岐は専門医の認定満了日から逆算して置くべきもので、退局のタイミングそのものとは別のスケジュールで管理する必要があります。円満な辞め方や具体的な切り出し方は医局を円満に辞める方法で扱っていますので、進路の方向性が固まった後に参照してください。

まとめ: 進路は名前ではなく、4つの軸で選ぶ

医局を辞めた後の進路は、市中病院の常勤、非常勤中心、産業医、開業、医療外の5つに整理できます。どれが正解かは、症例数への欲求、専門医を維持する意志、そして借入を負ってでも収益に賭けるかという3点で変わります。共通して言えるのは、収入額の大小だけで選ぶと、後になって専門医の更新や臨床への復帰で行き詰まりやすいということです。5つの進路を4つの軸で並べ直し、自分がどの群に立っているかを先に把握してから、行き先を決めてください。1つの進路に決め切る必要はなく、非常勤と嘱託産業医を組み合わせるような中間の設計も、戻れる側に位置づけられる有効な選択肢です。

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参考文献

  1. 厚生労働省「令和6(2024)年医師・歯科医師・薬剤師統計の概況」 https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/ishi/24/index.html
  2. 厚生労働省労働基準局「医師の時間外労働の上限規制に関するQ&A」 https://www.mhlw.go.jp/content/001115350.pdf
  3. 中央社会保険医療協議会「第25回医療経済実態調査(医療機関等調査)の概要」 https://www.mhlw.go.jp/content/10808000/001599547.pdf
  4. 厚生労働行政推進調査事業 令和4年度分担研究報告書「医師の勤務環境把握に関する研究」(研究代表者: 小池創一) https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/report_pdf/03%20分担_小池_1.pdf
  5. 厚生労働省「令和6年賃金構造基本統計調査」短時間労働者 職種(小分類)第1表(e-Stat) https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&toukei=00450091&tstat=000001011429&cycle=0&tclass1=000001224440&tclass2=000001225783&tclass3=000001225796
  6. 日本専門医機構「専門医制度に於ける更新基準(内科専門医)」(日本内科学会掲載) https://www.naika.or.jp/wp-content/uploads/2022/07/naikaryouikikoushinkizyun.pdf
  7. e-Gov法令検索・労働安全衛生規則第13条(専属産業医の選任要件) https://laws.e-gov.go.jp/law/347M50002000032