50代になってから転職を考えると、20〜30代の頃とは相談の中身が変わります。求人があるかどうかより先に、退職金や年金にどう効くかを確認しないと、選んだあとに数百万円単位の差が出ることがあります。この記事では、退職所得控除の勤続年数、在職老齢年金の支給停止基準、高年齢者雇用安定法の再雇用ルール、繰下げ受給の増額率という一次資料の数値をもとに、「今の職場に残る」「常勤のまま転職する」「働き方そのものを変える」の3つの分岐で、それぞれ何を確認すればよいかを整理します。年代を横断した市場価値の比較は扱いません。50代に絞って、制度に直結する判断材料だけを並べます。
50代の転職判断は、可否ではなく3つの分岐の選び方
結論を先に言うと、50代だから転職できない・不利になるという話ではありません。50代の転職で変わるのは、可否ではなく「どの分岐を選ぶかで効いてくる制度が違う」という点です。分岐は次の3つに整理できます。
分岐Aは今の職場に残る選択で、退職所得控除の勤続20年超の加算や、現職の定年後再雇用の条件がそのまま効きます。分岐Bは常勤のまま転職する選択で、退職金の勤続年数がリセットされる代わりに、転職先の定年年齢と再雇用条件を選び直せます。分岐Cは当直や外来を減らす、非常勤に切り替えるなど働き方そのものを変える選択で、在職老齢年金の支給停止や繰下げ受給、高年齢雇用継続給付の支給率が判断材料になります。
どの分岐が正しいという話ではなく、自分の勤続年数・定年年齢・体力・年金の受給計画によって、有利な分岐が変わります。まずは自分の現職の勤続年数が20年を超えているかどうかから確認します。
この3分岐の考え方が必要なのは、50代になると退職所得控除・定年後再雇用・在職老齢年金という3つの制度が同時に判断に絡んでくるためです。20〜30代の転職では市場価値や専門性の伸ばし方が主な論点になりますが、50代では同じ「転職するかどうか」という問いの中に、退職金の税務上の扱いや、あと何年公的年金の全額を受け取れずに働くことになるかという、お金と制度の論点が加わります。この記事では、その論点を3つの分岐に整理して、それぞれで確認すべき数字を順番に見ていきます。
先に確認する:退職所得控除は勤続20年を境に増え方が変わる
分岐を選ぶ前に、必ず先に確認しておくべき数字が退職所得控除です。国税庁 No.1420「退職所得」によると、退職所得控除額の計算式は次のとおりです。
- 勤続年数20年以下:40万円×勤続年数(80万円に満たない場合は80万円)
- 勤続年数20年超:800万円+70万円×(勤続年数-20年)
勤続年数に1年未満の端数がある場合は、その端数を1年に切り上げて計算します。この式が意味するのは、勤続20年目までは1年ごとに控除額が40万円ずつ増え、20年を超えた21年目以降は1年ごとに70万円ずつ増えるという増え方の変化です。たとえば勤続20年で退職すると控除額は800万円(40万円×20年)、勤続22年まで残ると控除額は940万円(800万円+70万円×2年)になります。20年を超えてからの2年は、40万円の式のままなら80万円の増加ですが、実際は140万円増えます。退職金の額そのものより、この控除額の差が手取りに直結します。
今の職場の勤続年数が20年に近い医師にとっては、あと1〜2年残るかどうかで退職所得控除の増え方が変わる分岐点にいることになります。転職すれば勤続年数は転職先でゼロからの起算になるため、この加算は使えなくなります。分岐Aと分岐Bのどちらを選ぶかは、まずこの勤続年数の位置で大きく損得が変わると理解しておきます。
勤続年数による差はもう少し極端な例で見るとわかりやすくなります。勤続15年で転職した場合の退職所得控除は600万円(40万円×15年)です。同じ医師が現職に残り勤続25年で退職した場合は、800万円+70万円×5年=1,150万円になります。10年長く勤めた分の差は550万円で、単純な40万円×10年の400万円より150万円多くなります。この150万円の差が、20年を超えた期間だけ1年あたりの加算が70万円に増えることの実質的な効果です。退職金の総額そのものが同じでも、控除額が違えば課税対象になる退職所得(実際の税額計算では控除後の金額をさらに2分の1にした額に課税)が変わり、手取りに直接影響します。転職を検討する際は、退職金規程の金額だけでなく、この控除額の差も含めて比較する必要があります。
分岐A:今の職場に残る場合に効く制度
今の職場に残る場合、退職所得控除の勤続20年超の加算に加えて、定年と再雇用の条件が焼き直しなしでそのまま効きます。ここで確認すべきは、自分の勤務先の定年年齢と、定年後再雇用の上限年齢です。
高年齢者雇用安定法第9条は、定年を65歳未満に定めている事業主に対し、①定年の引上げ、②継続雇用制度の導入、③定年の定めの廃止のいずれかによる65歳までの雇用確保措置を義務づけています。さらに第10条の2では、定年が65歳以上70歳未満の事業主や継続雇用制度を導入している事業主に対し、70歳までの就業確保措置(定年引上げ・65歳以上への継続雇用制度導入・定年廃止・業務委託契約の締結・社会貢献事業への従事機会の提供)を講じる努力義務が課されています。
ただし、この法律が求めているのは「65歳まで働く機会の確保」であって、「定年を65歳にすること」ではありません。実際の定年年齢の分布を見ると、その違いがはっきり表れます。
厚生労働省「令和7年『高年齢者雇用状況等報告』の集計結果」(2025年12月19日公表、報告企業237,739社)によると、定年を60歳としている企業が62.2%と最も多く、65歳としている企業は27.2%、66〜69歳は1.2%、70歳以上は2.5%、定年制そのものを廃止している企業は3.9%です。65歳までの雇用確保措置を実施済みの企業は99.9%にのぼりますが、その内訳の多くは「定年60歳+継続雇用制度」であり、「定年そのものが65歳」の企業はまだ少数派です。
これが何を意味するかというと、定年後に継続雇用(再雇用)に切り替わる場合、賃金体系や当直義務、役職が定年前とは別契約になるケースが大半だということです。今の職場に残る選択をするなら、定年到達後の再雇用契約で、当直義務がどう扱われるかを定年の数年前から確認しておく必要があります。再雇用後の労働条件は、定年前の契約とは別に個別に取り決められるのが一般的で、当直免除は自動的に付与されるものではなく、契約更新のタイミングで交渉して明文化する事項です。
当直免除の交渉は、定年到達の直前に切り出すと通りにくくなります。診療科の当直シフトは半年〜1年単位で組まれていることが多く、直前の申し出は後任の確保が間に合わず断られやすいためです。体力的な負荷を理由に免除を求めるなら、定年到達の1年以上前、遅くとも当直シフトの編成時期の前に、人事や診療科長に希望を伝えます。その際、免除してほしいという要望だけでなく、外来の新患枠を増やす、当直明けの業務調整に協力するなど、当直を外れる代わりに何を引き受けられるかをセットで提示すると、科としての当直体制の穴を埋める道筋が見えるため話が進みやすくなります。再雇用契約書に当直免除の条件を明記してもらい、口頭の約束だけで済ませないことも、再雇用後にトラブルにならないための実務上のポイントです。
分岐B:常勤のまま転職する場合に効く制度
常勤のまま転職する場合、退職所得控除は転職先での勤続年数からゼロで起算し直されます。前の章で見たとおり、20年を超えた分の70万円加算は現職に残らない限り積み上がりません。転職を決める前に、現職を辞めた場合の退職所得控除額と、転職先で新たに積み上げ直す場合の見込みを比べておく必要があります。
50代からの常勤ポストは、20〜30代の求人と探し方が異なります。転職エージェントや採用側が確認する項目は、当直の可否・外来の新患対応力・非常勤の組み合わせに対する柔軟性が中心になります。同じ50代でも当直と外来を問題なくこなせる医師と、当直免除を希望する医師とでは紹介される求人の種類が変わるため、当直の可否を先に自分の中で決め、その条件を採用側に最初に伝えたほうが、条件の合わない求人で選考が長引くのを避けられます。
求人の探し方としては、大規模な求人サイトで検索するよりも、当直なし・日勤常勤といった条件で絞り込める医師専門の転職エージェントを併用したほうが、条件に合う非公開求人に当たりやすくなります。とくに診療所や検診センター、慢性期病棟の常勤枠は、公募より先に地域の医師会経由や、現在の勤務先の関連法人からの紹介で埋まることも珍しくありません。今の勤務先や取引先の医療機関に、体力面を考慮した勤務先を探している旨をさりげなく伝えておくと、公になる前の求人情報が入ってくることがあります。管理職や指導医としての経験がある場合は、常勤の臨床ポストだけでなく、診療科長や医療安全・感染対策の担当といった管理系のポストも選択肢に入れると、当直負荷を抑えたまま常勤としての待遇を維持しやすくなります。
もう一つ確認すべきは、転職先の定年年齢と再雇用の上限年齢です。今の職場の定年まで10年を切っている状態で転職する場合、転職先の定年規程によっては、定年後再雇用の期間がほとんど残らない、あるいは逆に70歳までの就業確保措置(努力義務)が整っている職場を選べることもあります。求人票の給与条件だけでなく、定年年齢と継続雇用の上限年齢を面接時に確認しておくと、転職後にもう一度同じ判断をやり直す事態を避けられます。
50代以降、医師の勤務先の分布は診療所側に大きくシフトします。
厚生労働省「令和6(2024)年医師・歯科医師・薬剤師統計の概況」表3によると、40〜49歳では病院(医育機関附属を除く)が33,139人、診療所は18,478人と病院が上回りますが、50〜59歳では病院31,950人に対し診療所27,109人まで差が縮まり、60〜69歳では病院25,853人に対し診療所31,845人と逆転します。転職市場では、常勤の求人が「病院一本」に限らず、診療所の常勤ポストという選択肢が年代とともに厚くなっていくことも、退職金や当直負荷を踏まえた転職先選びの材料になります。
分岐C:働き方そのものを変える場合に効く制度
当直や常勤にこだわらず、非常勤への切り替えや報酬を抑えた勤務に変える場合、効いてくる制度は年金と雇用保険の給付です。まず確認すべきは在職老齢年金の支給停止基準です。
日本年金機構「在職老齢年金の計算方法」によると、老齢厚生年金の受給権者が厚生年金保険の被保険者として働き続ける場合、基本月額(加給年金額を除いた老齢厚生年金の報酬比例部分の月額)と総報酬月額相当額(その月の標準報酬月額+直近1年間の標準賞与額の合計÷12)の合計額が支給停止調整額を超えると、超過分の一部が支給停止になります。
支給停止調整額は令和8年度(2026年度)は65万円です。合計額が65万円以下であれば老齢厚生年金は全額支給され、老齢基礎年金はもともと支給停止の対象外です。65万円を超える場合は、支給額=基本月額-(基本月額+総報酬月額相当額-65万円)÷2という式で計算します。
たとえば基本月額(老齢厚生年金の報酬比例部分)が20万円、常勤の給与から算出した総報酬月額相当額が55万円の場合、合計は75万円で65万円を10万円超過します。支給停止額は10万円÷2=5万円で、実際に支給される老齢厚生年金は20万円-5万円=15万円になります。総報酬月額相当額が45万円まで下がれば合計は65万円ちょうどとなり、支給停止は発生しません。常勤の給与のまま年金を受給し始めると、この基準に該当しやすくなります。なお標準報酬月額の上限は現在65万円ですが、2027年9月に68万円、2028年9月に71万円、2029年9月に75万円へ段階的に引き上げられる予定で、同じ年収でも総報酬月額相当額は今後上がり、支給停止の対象に入りやすくなる点には注意が要ります。
もう一つの選択肢が、年金の受給開始を遅らせる繰下げ受給です。
日本年金機構「年金の繰下げ受給」によると、増額率は0.7%×(65歳に達した月から繰下げ申出月の前月までの月数)で計算され、75歳まで繰り下げると上限の84%増額になります。ただし、在職支給停止された部分は増額の対象外で、加給年金額や振替加算も増額されません。常勤を続けながら在職老齢年金の支給停止を受けている状態で繰下げを選んでも、停止された分はそのまま増えずに消えるため、繰下げ受給が有利に働くのは、報酬を抑えて支給停止を避けられる働き方に切り替えた場合です。分岐Cで報酬水準を下げる選択と、繰下げ受給の組み合わせは相性がよく、逆に分岐Aや分岐Bで常勤の年収を維持したまま繰下げだけを選ぶと、増額のメリットを取りこぼしやすくなります。
働き方を変えて60歳以降の賃金が下がる場合は、高年齢雇用継続給付も選択肢に入ります。雇用保険の被保険者期間が5年以上あり、60歳以降の賃金が60歳時点と比べて75%未満に低下した状態で働き続ける場合に支給される制度です。支給率は令和7年3月31日以前に60歳に達した人は旧基準(最大15%)が適用されますが、令和7年4月1日以降に60歳に達した人は新基準となり、賃金が60歳時点の64%以下まで下がった場合で最大10%、64〜75%の範囲では低下率に応じて10%未満の支給率になります。60歳到達日がこの基準日の前後どちらかで支給率が変わるため、非常勤への切り替えを検討している場合は自分の60歳到達日を先に確認しておきます。
体力負荷を理由に働き方を変える場合、当直や急性期対応の少ない診療科・勤務形態への移行も選択肢です。健診・人間ドック、産業医業務、外来のみの非常勤、在宅医療の日中往診、保険会社や行政の嘱託医など、当直を前提としない求人は診療所や検診センターを中心に比較的見つけやすく、報酬水準を抑えることで在職老齢年金の支給停止を避けられる副次効果もあります。専門領域によっては、これまでの臨床経験を活かしたまま、当直のある急性期病棟から当直のない慢性期病棟・外来専従へ、同じ法人内で異動する形で負荷を下げられる場合もあります。いきなり非常勤に切り替えるのではなく、まず常勤のまま当直回数を段階的に減らし、体力面と収入面の変化を確かめながら次の段階に進む選び方も現実的です。ただし報酬を大きく下げる決断は、退職金や年金の受給計画全体とセットで考える必要があり、勤続年数を積み増して退職所得控除の加算を狙う分岐Aとは前提が異なります。
3つの分岐を並べて比較する
ここまでの内容を、退職所得控除・定年と再雇用・在職老齢年金・高年齢雇用継続給付・当直と体力負荷の5つの観点で並べ直すと、次のようになります。
同じ年収であっても、選ぶ分岐によって退職所得控除の積み上がり方、定年後に残る勤務年数の前提、在職老齢年金の扱い、当直交渉の余地が変わります。分岐Aは退職所得控除の加算と現職の再雇用規程をそのまま活かせる代わりに、当直免除は既存の規程や交渉力に左右されます。分岐Bは退職金の勤続年数がリセットされる代わりに、転職先の定年年齢や当直条件を契約時に選び直せます。分岐Cは在職老齢年金の支給停止を回避しやすく繰下げ受給とも相性がよい代わりに、高年齢雇用継続給付の要件や退職所得控除の積み上げには不利に働きます。
どれか一つが常に正しいわけではなく、自分の勤続年数が20年の節目にどれだけ近いか、現職の定年後再雇用の条件がどの程度整っているか、当直をあと何年続けられそうかという3点によって、有利な分岐は変わります。迷ったときの優先順位としては、まず勤続年数が20年の節目に近いかどうかを確認します。あと数年で節目を超えるなら分岐Aを軸に検討し、すでに大きく超えているか、現職の定年後再雇用の条件に不安があるなら分岐Bを、当直そのものが体力的に難しくなっているなら年金の受給計画とセットで分岐Cを軸に検討する、という順序で考えると絞り込みやすくなります。転職そのものに踏み切るかどうかを迷う段階での判断基準は、医局を辞めたい医師が後悔しないための判断基準でも整理しているので、あわせて確認してください。
まとめ:分岐を選ぶ前に、勤続年数と定年後の条件を数字で確認する
50代の転職は、可否ではなく分岐の選び方の問題です。今の職場に残るなら退職所得控除の勤続20年超の加算と定年後再雇用の当直条件を、常勤で転職するなら退職金がリセットされる代わりに選び直せる転職先の定年年齢と当直条件を、働き方を変えるなら在職老齢年金の支給停止基準と繰下げ受給・高年齢雇用継続給付の組み合わせを、それぞれ数字で確認してから決めます。
年齢を理由に転職を諦める必要はありません。むしろ50代は、退職所得控除・定年後再雇用・在職老齢年金という3つの制度が同時に効いてくる年代だからこそ、感覚ではなく数字で分岐を比較する価値があります。まずは自分の勤続年数と現職の定年後再雇用規程の2点から確認してください。
具体的な次の一歩としては、現職の勤続年数から退職所得控除額を自分で計算しておくこと、現職の就業規則で定年年齢と再雇用後の当直・給与条件を確認しておくこと、そのうえで50代の当直可否を軸に紹介求人を絞れる転職エージェントに登録して市場に出ている条件を確かめておくことの3つが出発点になります。あわせて、ねんきんネットで自分の年金の受給開始年齢と見込み額を確認しておくと、分岐Cを選んだ場合の在職老齢年金や繰下げ受給の判断材料がそろいます。ここまでを先に済ませておけば、実際に転職活動を始めてから慌てて調べ直すことがなくなり、分岐AからCのどれを選んでも、決断の根拠を数字で説明できるようになります。転職を選ぶ場合の税務面の誤解については、医師・勤務医の節税、5つの誤解を一次情報で正すも参考になります。
出典
- 国税庁 No.1420「退職所得」(https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1420.htm)
- 日本年金機構「在職老齢年金の計算方法」(https://www.nenkin.go.jp/service/jukyu/seido/roureinenkin/zaishoku/20150401-01.html)
- 日本年金機構「年金の繰下げ受給」(https://www.nenkin.go.jp/service/jukyu/seido/roureinenkin/kuriage-kurisage/20140421-02.html)
- 高年齢者雇用安定法 第9条・第10条の2、e-Gov法令検索(https://laws.e-gov.go.jp/api/2/law_data/346AC0000000068)
- 厚生労働省「令和7年『高年齢者雇用状況等報告』の集計結果」(https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_66853.html)
- 厚生労働省「令和6(2024)年医師・歯科医師・薬剤師統計の概況」表3(https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/ishi/24/dl/R06_kekka-1.pdf)
- ハローワークインターネットサービス「高年齢雇用継続給付」(https://www.hellowork.mhlw.go.jp/insurance/insurance_continue.html)
